第22話 再誕と出航
≪【職業】に『見習い死霊術師』が選択されました≫
あれから私は”
その間、ルルイエには”
魔法は、基本的に複雑な儀式や触媒の利用、代償を支払うことによって難易度や消費魔力が軽減され、効果や成功率が高まる。
踊り子風の冥界の使者も言っていたことだが、世界の法則は等価交換。儀式を省いて難易度を高くするか、複雑で長い儀式を経て難易度を低くするか――今回私たちは後者を選択した。
私の死霊術のレベルは低く、失敗するリスクがどうしても高い。だから面倒な儀式を行なって、私たちは少しでも成功率を高めることにしたのだ。
「ルルイエ。報告を」
「報告。ツバキの遺体と刀を祭壇に安置しました。生贄も所定の位置に。魔法陣も問題ありません」
そこまで報告した後、ルルイエは深淵の如き美しい黒目で真っ直ぐに見つめ、力強く断言する。
「準備は整いました。あとはマスターが儀式を始めるだけです」
「それは重畳。ご苦労だった」
「いえ、労いのお言葉はすべてが上手くいった後に」
「……それもそうだな」
すべて上手くいった後にたくさん労ってやろう。ツバキと一緒にな。
私たちは儀式を執り行う”
その部屋は、ロウソクの小さな灯だけが照らす薄暗い密室で、床や壁、天井に至るまでびっしりと複雑怪奇な幾何学模様が描かれていた。鈍い魔力の波動を放つ古代魔法文字。緻密な直線や曲線の魔法陣。血管のように部屋に張り巡らされた魔法陣が、ドクン、ドクンと脈動すて不気味に赤く光る。
空間は、吐き気を催す濃密な血臭で満たされていた。
それもそのはず。魔法陣はすべて血で描かれているのだから。しかも生きている人間の血で、だ。
「…………」
部屋の中央に横たわり、魔法陣の一部と化している裸の女――ツバキを殺した内の一人、『魔炎』のヴァーリンだ。
彼女は焦点が合わない瞳をぼんやりと虚空に向け、ポカーンと口を開けたまま呻くことも無く、ただそこに存在し続けている。
ルルイエによるエプロン教の呪詛、もとい聖句を聞かされた彼女は正気を失い、生きる屍と化してしまったのだ。
精神が壊れた彼女はもうどうしようもない。自分で物を食べることもできず、このまま緩やかな肉体の終焉を待つばかりなので、せっかくならばと復讐も兼ねてその死を有効活用させてもらうことにした。
ツバキを生き返らせるために生贄として死んでくれ。
「ツバキ……寝坊していますよ。早く起きてくださいね」
祭壇に安置されたツバキの遺体。酷い火傷や無残に抉られた胸の傷は綺麗に治っている。骨折の痕もない。まるで眠っているかのような安らかな顔だ。
その胸の上に、ルルイエがツバキの
これで準備はすべて整った。
「さあ始めようか。死者蘇生の儀式を――」
ルルイエが見守る中、私は覚悟を決めて死霊術を発動させる。
「<ツバキ。私の呼びかけに応えよ。いい加減、いつまで寝ている?>」
私は
脈動していた魔法陣が起動し、溢れ出た魔力によってぼんやりと不気味に光り始める。
魔法陣を通じて魔力が祭壇に集められ、ツバキの
「<私もルルイエもお主が目覚めるのを待っているぞ。ルルイエなんか泣いていたくらいだ>」
「――泣いていません!」
外野から抗議の声が上がるが、その声に呼応して徐々に
「<と言いつつも隠れてコソコソ泣いていたから、心配させた分はしっかりと償うんだぞ>」
「マスター……?」
「<おっとマズい。ツバキよ、私がルルイエに叱られる前に起きてくれると助かる。本当に。切実に頼む>」
ルルイエのじっとりと濡れたジト目に焦りを覚える私の前で、『仕方がないなぁ』と言いたげに綺麗な輝きを放つ
これで魂は賦活しただろうか? 次の段階に進んでも大丈夫だろうか?
「<自分で起きる力が無いのならば、私たちが力を貸そう>」
私はツバキの隣に安置されていた彼女の刀を手に取ると、スラリと鞘から抜き放って
持ち主の目覚めに共鳴するかのように、
輝く黒刀を携えて、私は生贄のヴァーリンに歩み寄り、彼女の胸へと切っ先を突き立てる。何の抵抗もなく刀は心臓を貫いた。
ドクンッと刀身が脈打ち、部屋の魔法陣も輝きを増す。
「ア゛ァ……」
心臓を貫かれたヴァーリンは、顔色一つ変えることなく最期に微かに呻いて息を引き取る。そして死んだ瞬間、彼女の体は急速に老化して水分が抜け、ミイラのようにシワシワに干からび、朽ち果てて土塊に還る。
吸い取られた生命力は祭壇へと集約されて、ツバキの肉体に注がれる。
何もしてないのに、ふわりと勝手に
「ツバキ……」
私の存在しない目にはツバキの魂が視えていた。
羊水に揺蕩う赤子のように体を丸めて膝を抱く目を閉じたツバキの姿――
涙が零れそうな想いを懸命に堪え、私は最後の祝詞を唱える。
「<ツバキ!
私の導きによって、ツバキの魂が肉体へと降りていく。
魔法陣の輝きが徐々に薄れ、大気を満たしていた濃密な魔力も消失する。
シンと部屋を満たす静寂。死者蘇生の儀式は終わった。
「終わったのですか……?」
「ああ」
「無事に成功したのですか……?」
「……わからん」
不安そうなルルイエの囁き声に私はそう答えるしかなかった。
手ごたえはあった。上手くいったとは思う。でも、本当に上手くいったという自信も根拠もない。なにせ死者蘇生なんて初めてのことなのだ。情報も少ない。成功したかどうか判断のしようがない。
ツバキが目覚めてくれれば、成功したとわかるのだが……。
「「…………」」
固唾を呑んで見守る私たちの前で、祭壇の上で眠り続けるツバキに変化があった。指がピクッと動いたのだ!
「「っ!?」」
高まる期待、沸き立つ歓喜、そして一抹の不安――私とルルイエは顔を見合わせ、死者蘇生の成功を祈り続ける。
小さな指がピクピクと動き、ギュッと握られる拳。腕が動き、上体が起き、小柄な体躯が祭壇の上に座る。すると、死者蘇生の副作用なのか、髪の毛からスゥーッと色が抜けて新雪のような純白に染まった。
睫毛に縁取られた瞼が震え、恐る恐るといった様子でゆっくりと目が開かれ――
『――ゴブッ!』
まるで『おはよう』と言いたげに片手を上げたツバキが、可愛らしく鳴いた。
深紅に染まった瞳には、明らかに理性の輝きがある。
「ツバキ……? ツバキなのですか? ワタシたちがわかりますか?」
『ゴブッ!』
「あぁ……ツバキィ!」
『ゴフッ!?』
一瞬にして祭壇に移動したルルイエが、蘇ったツバキを強く抱きしめる。
「ツバキ! ツバキですよね!? ああ、よかった! マスター! 死者蘇生は無事に成功しましたよ!」
「ああ、そうみたいだな。まったく、心配させおって。この寝坊助め」
少し遅れて私もツバキに歩み寄り、ルルイエごと固く抱きしめる。
この声、この仕草、この温もり……まさしくツバキのものだ。
『ゴフッ!? ゴ、ゴブブッ!? ゴブー……!』
瞳と髪の色が深紅と白に変わってしまったのは些細な問題だ。むしろ死者蘇生の副作用がそれだけで済んで良かったくらいだ。
復活しても理性や記憶がなくなっていたらどうしようかと気が気じゃなかったぞ。
どうやら記憶もあるようだし、本当に良かった……!
「ツバキ……ツバキ……!」
「おはよう、ツバキ」
『ゴ……ゴブ…………ブッ……!』
息ができなくて私たちの体をバンバン叩いて必死に苦しいアピールをするツバキに気づかず、半ば気絶して再び魂が抜けそうな状態になるまで、私とルルイエはいつまでもいつまでも生き返った彼女の体を抱きしめ続けるのだった。
■■■
操縦室の玉座に似た船長席に悠然と腰掛け、私は
彼女の隣には、キラキラと深紅の瞳を輝かせて、様々な情報や外の光景が映し出される大画面モニターに目を奪われる白髪のゴブリナのツバキが行儀よく座っている。
「システムオールグリーン。いつでも出航できます」
ルルイエの報告に私は威厳を漂わせながら横柄に頷く。
近くの町に襲撃を仕掛けたことで私たちを探して討伐するつもりなのか、ニンゲンたちが停泊していた森の中にやってくるようになり、面倒になった私たちは他の惑星に移ることにしたのだ。
鉱山の鉱石もあらかた取り尽くしたしな。この惑星にもう用はない。
「この惑星ともおさらばか。軽く立ち寄っただけなのに、いろいろあったな」
鉱山で採掘し、ツバキが
惑星に降り立った時はまさかこんなことになるとは思ってもみなかった。濃い時間を過ごした気がする。
「準備はいいか、ルルイエ?」
「はい、マスター」
「ツバキも準備はできたか?」
『ゴブッ!』
「うむ、手をあげて良い返事だ」
もちろん私も準備はできている。
雲一つなく、遥か彼方まで広がる晴れやかな蒼穹。
絶好の出航日和。私たちの旅立ちを祝福しているようで肋骨が高鳴って仕方がない。
あとは船長たる私が号令をかけるのみ。
ルルイエ、ツバキ……共に星の海へと乗り出し、数多の世界の数多の文明に狂気と混沌を振り撒こうではないか! 憧れの幽玄提督閣下のように!
命令を待つ二人の
「”
「ブ・ラジャー!」
『ゴ・ブブー!』
「だからブはいらん――!」
『第1章 骸骨船長と船員 編』 <完結>
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