第17話 冒険者パーティ『ウヴァル』



「あへぇ……いひひっ……くひっ……」


 捕らえた女はヴァーリンという名前らしい。二つ名は『魔炎』。


 得意なことは火属性魔法。好きなものは宝飾品や高価で綺麗で美しいもの。嫌いなものは汚いもの。

 衣も食も性も刹那の快楽を楽しむ享楽主義者。気に入らないことがあったらすぐに手をあげる暴力的な一面もある。


「ふんぐるい……いあいあ! しゅたん……しゅたん……しゅたん……」


 最近ハマっていることは、童貞を虜にさせて手酷く振ること。ショックで歪んだ若い男の顔が堪らず、嗜虐心が満たされるのだとか。


 スリーサイズは、B100・W62・H88。経験人数は数えていない。百を優に超えているのは確実らしい。

 最近の悩みは、胸が垂れてきたことと、ほうれい線が浮き出てきたこと。


 現在は、円形都市アイレムという町で冒険者をしている。


「がしゃんな……きゃはっ……むぐるうなふ…………うひゃひゃっ!」


 パーティ名は『ウヴァル』。パーティメンバーは、捉えどころのない痩身の男『瞬風』のファンシフルと、傲慢で荒っぽい剣士の『震剣』ウィアード。


 ファンシフルは、素早い攻撃と搦め手が得意であり、主に風属性魔法を使う斥候職に就いているという。いつもヘラヘラしている中年男だが、実は狡猾でねちっこく、卑怯な手段もいつものこと。嗜虐趣味あり。金にも目がなく、趣味はスリ。女好きで、特に恋人持ちや人妻に手を出すことが多い。


 剣士ウィアードは、大柄で自尊心プライドの高い自己中心的な男。パワーアタッカーで、衝撃波を放つ剣技を得意としている。体格に見合わず意外と俊敏。短気で怒りっぽい。傲慢で人に指図されることを最も嫌い、気に入らないことがあったらすぐ暴力を振るって従わせる。気に入った女性は力で脅して強姦まがいに襲い、己の欲望の捌け口にしている。


 ヴァーリンは正直、仲間の二人のことはあまり好きではないが、なんだかんだ連携は取れるから、その点は評価しているらしい。ちなみにだが、ベッドの上の評価は最低なんだとか。


「――いろいろと情報が集まったな。よくやったぞ、ルルイエ」


 ヴァーリンを尋問してルルイエが聞き出した情報の一覧を眺めながら、私は満足げに頷く。


「ツバキに火傷を負わせたのがヴァーリン。腕や指を折ったのがファンシフル。剣で胸を貫いたのがウィアード。この三人がツバキの仇です」

「そのうちのヴァーリンはこうして捕らえている。残りは二人だな」

「はい。二人は一番近くの都市アイレムに滞在していると思われます。通いそうな店の場所もヴァーリンから聞き出しました」

「重畳重畳。ファンシフルとウィアードという男の人物像プロフィールもだいたい分かった。確実に息の根を止めてやろう」


 殺されたツバキのために。

 必ず敵を討つからな。待っていてくれ。


「それともう一つ。ツバキの刀とコアを取り戻さなければなりません」

「ああ。わかっている。むしろ復讐よりも優先しなければならない大切なことだ」


 優先順位を間違えてはいけない。まずは刀とコアの奪還。それから復讐だ。


 刀はすでに売っていなければファンシフルかウィアードが持っている可能性が高く、コアは冒険者ギルドなる場所で買い取りをしているという。


 二人とも冒険者ギルドの酒場に入り浸ることがよくあるらしいので、まず最初に向かうのは冒険者ギルドがいいだろう。


「あっひゃっひゃっ! えぷろん……えぷろん……えぷろぉぉおおおおおんっ! いあ! いあ! えぷろんえぷろんえぷろん! あ゛っ! ん゛ああああああああああぁぁぁ……あへぇ~……」


 で、どうしよう。これは触れたほうがいいのかとても悩む。

 本当は知りたくないし、聞きたくないけれど、今聞かなかったらいずれ取り返しのつかないことになる気がする。

 さすがにルルイエの所有者として、念のため、本当に嫌々だが、問いかけねば。


「……ルルイエ」

「はい、なんでしょう、マスター」

「どうしようもないから覚悟して聞くが――どういう尋問をしたらこんなふうな廃人が出来上がるのだ?」


 狂気に呑まれたヴァーリンを指差し、私は尋問を担当したルルイエに問いかける。


「うひっ! うひひっ! ぎゃあああああああっ!」


 涎を垂れ流し、手足を投げ出して椅子にだらしなくもたれかかる女。気の強い美貌は見る影もなく、焦点が合わない目をボーっと虚空に向けて、虚ろに笑い続けている。時折、奇声を上げては小刻みにヒクヒクと痙攣する体。グルグルとせわしなく動き回る眼球は、動きが左右でバラバラだ。


 明らかに正気を失っている。


 凄絶な拷問でもしなければこんな状態にはならないだろう。しかし、体には一切拷問の痕跡は残っていない。精神のみが壊れてしまったかのようだ。


 たった数時間でこのありさまを作り出した張本人は、至極不思議そうに首を傾げ、


「普通の尋問を行ないましたよ。気づいたら勝手にこうなっていました」

「それはそれで恐ろしいのだが!? ……具体的にどのようなことをしたのだ?」

「質問を問いかけ、答えを聞くという至って普通の尋問です」


 うむ。ここまでは普通だな。私が想像していた尋問と同じだ。


「尋問を始めた当初はキーキーとうるさく、つい衝動的に殺してしまいたくなったので、心を落ち着けるためにエプロン教の聖句を唱えました」


 そうかそうか。なるほどな……んっ? エプロン教の聖句……?


「そうしたらすぐに大人しくなって素直に情報を喋ってくれました。涙ながらエプロン教のことを賛辞するので、ワタシも気分が良くなってつい教義や信念も熱く、詳細に、10がい文字ほど説いてあげたら――いつの間にかこのような状態に」

「なるほど。理解した。全部理解した……」


 聖句や教義や信念を聞いただけで気が狂い、精神が破壊され、廃人となる――エプロン教とは邪神を奉じる危険な一派なのだろうか? 聖句ではなく呪詛と言ったほうがよくないか?


 ルルイエのことだから、どうせ息継ぎ無しで淀みなく喋り続けたはずだ。膨大な量の言葉を言い聞かせるとか、洗脳や拷問の類で間違いない。そもそも10がい文字というのが多すぎて想像もつかん。


 まあ、今回はそのおかげであっさりと情報を抜き出せたので役に立ったが……エプロン教とは極力関わらないほうがよさそうだ。


「マスターもお聞きになりますか?」

「全力で遠慮しよう」


 聞いただけで気が狂う呪詛を勧めてこないでくれ! 頼むから!

 私は慌てて話題を元に戻す。


「ルルイエ。首尾のほうは?」

「問題ありません。いつでも可能です」

「そうか」


 私たちは不気味な笑いを漏らす女を置いて尋問室を出て、別の部屋に移動する。


 そこは、透明な黄緑色の液体が満たされた水槽のような筐体カプセルが立ち並ぶ、どこか異質な部屋である。連想するのは人工生命体ホムンクルスを造り出す最先端の実験室だ。


 その筐体カプセルの一つに、まるで羊水に揺蕩う胎児のように、黄緑色の液体の中に浮かぶ小柄な姿があった。


「ツバキ……」


 私は筐体カプセルの表面に触れる。

 今、傷ついたツバキの遺体を培養液の中で修復中なのだ。死者蘇生はできないが、肉体の細胞を培養して綺麗に塞ぐことはできる。

 せめて生前の姿で弔ってやりたいではないか。

 明日くらいには修復を終えて元通りの姿になるという。


「ツバキ。行ってくる。すぐ戻るからな」

「行ってきますね、ツバキ」


 私とルルイエは優しい声でそう語りかけ、ツバキに背を向けた瞬間、昏い光を湛えて混沌たる禍々しい激情を解き放つ。


 ――さあ敵討ちの時間だ。



 ■■■




 冒険者ギルドに併設された夜の賑やかな酒場で、『瞬風』のファンシフルと『震剣』のウィアードは酒を飲んでいた。

 飄々としたファンシフルはいつもの通りだが、ウィアードはお世辞にも機嫌がいいとは言えなかった。


「チッ!」


 激しく舌打ちをしてジョッキをテーブルに叩きつけるように置く。

 勢い余って中に入った酒が飛び散る。それにさえも苛立って、さらにウィアードの不機嫌さが増していく。

 ファンシフルは給仕の女性を品定めつつ、チラリとウィアードに視線を向け、


「そんな不機嫌そうに酒を飲んでも美味しくないでしょ、ウィアードの旦那ぁ」

「黙れファンシフル」

「あれですかい? ゴブリンのコアが安かったからご機嫌斜めなんですかい?」


 ウィアードたちは廃鉱山で倒したゴブリンのコアを意気揚々と冒険者ギルドに売り払ったものの、変異種だと思っていたゴブリンはただ強いだけの一般的なゴブリンで、今日の酒代にもならなかったのだ。

 そのことがウィアードを不機嫌にさせている。


「冒険者ならよくあることじゃねぇですかい。いちいち気にしてたら生きていけねぇですよ」

「うるせェ!」

「おぉっと。怖ぇ怖ぇ」


 怒鳴り声と怯むような眼光にファンシフルは臆した様子はなく、捉えどころなくケラケラとせせら笑いを浮かべている。

 再度舌打ちをして、ウィアードは豪快に酒を呷った。

 チビチビと酒を飲むファンシフルは女性を目で追いながら、


「ゴブリンのコアは安くても、それを遥かに上回るモノが手に入ったじゃねぇですか」

「アダマンタイトの剣か……」


 ウィアードはテーブルに無造作に置かれた短めの剣を手に取り、スラリと鞘から引き抜く。

 吸い込まれそうな紫がかった黒い刃。あまりに鋭くて背筋が凍るような冷たさが襲ってくる。力を入れずとも簡単に斬り裂くことができるだろう。


「それ、本物だったんでしょう?」

「ああ。本物のアダマンタイトだった。なのに武器屋の店主は難癖つけて買い叩こうとしやがった」

「おお。そりゃご愁傷さまで。美術品としても価値がありそうですからねぇ。大都市のオークションに出したら高値が付きそうですぜ」

「貴族もこぞって買うだろうなァ」


 それほど希少金属で作られた剣には価値がある。

 こんな廃れた辺境の町で売るよりも大都市で売ったほうが高く買い取ってくれるに違いない。


「ま、その手のことはヴァーリンのお嬢にお任せしやしょう」

「そうだな。なんだかんだアイツが一番詳しいからな」


 金目のものに目がない彼女は、当然高く売る場所や方法をよく知っている。多く自分の懐に入れようとすることに注意しておけば、彼女は上手く金にしてくれるだろう。


「ちょうど売りてェもんもあったし、ちょうどいい」

「それはウィアードの旦那が闇市で手に入れたっていう例の結晶クリスタルですかい?」

「ああ。たぶん、何かの魔法が込められた魔宝石の原石だろうなァ。運が良かったぜ。言っとくが、テメェには分け前はやらねェよ。オレが手に入れたもんだから、金はオレのもんだ」

「へいへい。わかってやすよ。さすがに個人で手に入れたモンに手は出さねぇですって」


言動が全く信用ならないファンシフルはヒラヒラと片手を振り、


「にしても遅ぇですねぇ、ヴァーリンのお嬢。落としたイヤリングをどこまで探しに行っているんだか。全然帰って来やせんよ」

「どうせどこかの宿だろう。道端で男を捕まえて楽しんでいるはずだ」

「混ぜてくれねぇですかねぇ。帰ってきたところに夜這いを仕掛けるのもありですかねぇ」


 ヴァーリンが約束に遅れたり、すっぽかすことなど日常茶飯事だ。大抵は男関係である。

 なのに他の人が時間に遅れるとガミガミとうるさい。それがヴァーリンという女だ。


「チッ! このまま売り払ってやろうか」

「分け前は増えそうでいいですが、でもそこんところ、ヴァーリンのお嬢はがめつい……おっと、細かいですぜ?」


 今のヴァーリンのお嬢には内緒で、とヘラヘラ笑うファンシフル。彼の言う通り、勝手に売り払ったらヴァーリンがキレるのは確実だ。金のことに関して一番うるさい彼女の癇癪はとても面倒くさい。売り払った金額以上の慰謝料を求めてくるに違いない。

 そんな時、


「お? もしかしてそれってアダマンタイトか!?」


 酔っぱらった冒険者の一人が大声で黒い剣を指さした。その声でウィアードたちに注目が集まり、人が寄ってくる。

『すごーい』『初めて見た』『どこで手に入れたんだ?』『さすがウヴァル! 『震剣』のウィアードだな!』など、数々の称賛の声に、今まで苛立っていたウィアードはすぐに機嫌がよくなっていく。


「話を聞かせて!」

「おう! いいぜェ! 教えてやる!」


 可愛い女性冒険者の言葉に気分を良くした彼は、嘘や誇張にまみれた話を得意げに披露し始める。

 冒険者ギルドの酒場は大盛り上がりだ。

 そんな中、凛とした静かな声が喧騒を突き抜けて明瞭に響き渡った。



「――その話、ワタシにも詳しく聞かせてくれませんか?」



 人垣が割れて、黒髪の絶世の美女が姿を現す。


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