第25話 部室をもらった②

 部室棟は二階建てのアパートのような形をしている。新しいわけでもないが、古いわけでもない。2階に行く手段は外階段だ。男女の笑い声や、ギターの音が耐えず壁の向こう側から聞こえてくる。


 同じ学校のはずなのに、なんだか別世界に来てしまった気がする。言わばここはリア充達の巣。今までは立ち入ることすら許されなかった聖域サンクチュアリ。いかん、震えてきた。


「ほいほい到着」


 山田先生は扉の前に立ち止まると、鍵穴にゆっくりと鍵を差し込んだ。


「いくよー開けるよー」


「わあー!!はやくっ! はやくっ!思いっきり開け放っちゃてください! 」


 佐藤芳佳が今日一番の興奮ぶりを見せた。


「ふっふっふ、じゃあ改めて――――開けるよ」


 そして、先生はゆっくりとドアノブを回し扉を――――――扉を――――――-……。


「……早く……開けてください」


「もー、せっかちなんだから」

 

 文句を言いながらも先生は嬉しそうだ。なるほど、間違いなくこの先生ボケキャラだ。今後も定期的に誰かが突っ込む必要がある。

 

 そして、ようやく、部室の扉は開け放たれた。

 

 顧問を含めて七人が集まるには十分の広さを持った部室がその姿を現した。部室内に備品は一切なく、ガランとしている。 広さも十分だし、なによりこの時間でも日が差し込む。


 佐藤芳佳は勢いよく部屋の中に飛び込んだ。


 自分の力で部活を立ち上げるなんて、一度目の高校生活では考えられなかった。目立たないようにしているくせに、つまらないと思いながら、毎日を冷めた気持ちで送っていた。残ったのは後悔だけ。


 そして今。普通ではありえない二度目の高校生活。状況は変わるものだ。考え深いものがある。


 心なしか、景色がキラキラと輝いている。長くは生きられないが、この世界に来てよかったと心の底から感じる。

 

 と――――-ここで僕はある重大な事実に気付く。今後、この部室が僕たちの聖域サンクチュアリになるかどうかの問題。早期に対処しなくてはいけない問題だ。


「先生」


「何?感動して言葉失っちゃった?」


「なかなかにくさいですね……」


「まあ……そうね」


 そう!臭いのだ!汗臭い匂いだ。その匂いについて詳しい話はしないでおく。というか触れたくない。

 よく見れば、汚れがあちこちにある。そして、キラキラと輝いて見えた景色も、舞い上がったほこりに太陽光が当たって輝いているように見ただけだった。


「くっさーいー!」


 悲鳴と共に佐藤芳佳が窓を開け放つ。


「はっはっは。前の持ち主は男だらけだったなあ。きっとそのにおいだね。すぐに慣れるよ! 」


「とりあえず掃除ですね」


「そうだね。居心地の良い空間を作りなさい。私が顧問って事もあるけど、ちょこちょこ遊びに来るから。テーブル入れたり、椅子入れたり、その辺は自由だから。あと、おおっぴらにやるのはアレだけど、食べたり飲んだりしてもオッケーよ」


「本当ですか!やった!」


 飲食可はありがたい。校内での飲食は禁止されている訳ではないが、さすがに教室内でお菓子やらジュースやらを広げてパーティのようなことは出来ない。

 

「あ、でも火気だけは禁止だからね。それはしっかり守るように」


「わかりました」


 早々に掃除をする必要はあるが、僕はこの部室を早くみんなに見せたいと思った。特に市井さんはどんな反応をするだろう。


「他のみんなを呼んでいいですか?」


「良いけど……ちょっとだけね。実は正式な使用開始日は明日からなのよ」


「あれ?先生、今日から使えるって言ってませんでしたっけ?」


「ハッハッハ。先生ね、勘違いしてたみたいで、本当は明日なのよー。ごめんごめん」


「何してんですか先生……」


「私、結構おっちょこちょいなのよねえ」


「知ってますよー!デートの場所間違えたり、約束の日にちを間違え過ぎて彼氏さんに振られちゃったんですよねっ?」

 

「え?芳佳ちゃん、なんでその事を! 」


「この学校の女子生徒ならみんな知ってることですよ! 」


「そんなあ……」

 

 ヘロヘロとその場に座りこんだ。あっ、その場所は。一応指摘してあげよう。


「先生、その場所埃だらけですよ……」


「えええええええええ。ふぇえええええええ。お尻が真っ白にいいいいい」


「あっ!先生危ないですよ!」

 

 バランスを崩しそうになった先生の腕を、佐藤芳佳がなんとか掴んだものの、二人はそのまま重なるように倒れた。もうめちゃくちゃだ。倒れた二人に手を貸し起き上がらせる。


 なるほど、結婚出来ない理由が少し分かった。


 そして、それ以上に、僕が先に腕を掴んでいたら、いわゆるラッキースケベという状態になっていたことに気付き、今日は悔しくて眠れそうになかった。

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