第8話 由々しき問題

「声をかけるとは思わなかったな。ずっと観察者になるものだと思っていたよ」


 みんなと昼食を食べ終え、立ち寄ったトイレの中で樹木が声をかけてきた。


 相変わらず肩の上に座り、足をブラブラと遊ばせている。昼食中は一度も声をかけて来なかった。


 こういう時、頭の中で会話が出来るのは便利だ。独り言と間違われて、中二病患者と思われる心配もない。


「僕もそう思ってたんだけど。市井さんが悲しそうな顔をしていたから、自然と体が動いてしまった」


 『市井さん』か――ずっと呼び捨てだったのだが、少し仲良くなったせいか、敬称を付けないとなんだか失礼な気がした。


「どうせこの後の校内見学で一ノ木と友達になるんだ。『ひとりぼっちの市井ゆう』を観察しても面白かったんじゃないか?」


 ずいぶんと人間味のない奴だなと思ったが、よくよく考えれば樹木は人間ではない。死神だ。


「まだアニメの世界だっていう感覚がないんだ。生活している分には現実世界と変わらないからな。可哀想な顔を見たらやっぱり助けたくなる。今回は僕の力でなんとかなると思ったから行動した」


「本当か?お気に入りのキャラだから話したかったんだろう?」


「な!?なんで知ってるんだ!?」


「調査したって言ったろう?それに見ていれば分かるよ。しかし、お前の喋り方は私とみんなの前では全然違うな。みんなの前では軽いというか薄っぺらだ」


「……乗りが良いと言って欲しいな」


 確かに嘘くさい喋りである自覚はあった。元々明るくて、乗りがいい性格ではない。仕事をする上で、明るく振舞ったり、場を盛り上げたりする技術が必要だったから覚えただけだった。

 

 上手くやっているつもりではあるが、見透かされる人間には簡単に見透かされてしまう。ある意味その程度の技術だ。友達がいないのも、きっとそういう部分なのかもしれない。


「とりあえず、今後は、市井さん達と積極的に関わるのはあまりないだろうね」


「ん?どうせ同じクラスなんだ。気にせず話しかけに行けばいい。きっと仲の良いグループになる。もしかしたら、市井ゆうと恋愛関係になるかもしれない。作品内の世界だからといって行動に強制力はないんだ。ここはそういう世界だ。未来はお前次第で大いに変わる」


 樹木は不思議そうに言った。未来は決まっていないという言葉に僕は少し心が揺らいだ。


「そうか、そういう未来があるのか………でもそうはならいないさ」


「なぜそう言える?」

 

「僕はこの作品を何度も、何度も、本当に人生の一部と言っていいほど繰り返し見てきた。――彼女達の絆の強さを僕が一番知っている。僕がちょっと関わったからといって、彼女達に影響はない。恋愛関係なんて――それこそない。やっぱり僕は観察者で良いし、そういう立場の人間だ。樹木が思っていた通り、今後も観察者の立場は崩さない。まあモブキャラってことさ」


「ははっ、ずっと観察者か。それでいいなら、そうすればいい」


 樹木は笑っていた。無邪気な笑顔だった。


 だが、どこか悪意がこもったその顔は、僕の浮かれ気分を吹き飛ばすのに十分であった。

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