ぼくの彼女は、お姫さま。

山本田口

第1話 お姫さまがやってきた。

 ぼくの名前は、如月正太。高校二年生の受験を控えた高校生です。

なので、恋愛なんてしている場合ではありません。

そんなぼくに、彼女が出来た。イヤ、彼女ではない。お嫁さんだ。

しかも、ぼくは、婿になるらしい。

そんな彼女というのが、地球からはるか遠い星から来た宇宙人で、星のお姫様だった。受験を控えたぼくは、これからどうなるんだろう……


 ぼくの家族は、父と母と姉がいる。

父さんは、章太郎。売れっ子作家で、いつも自宅で小説を書いている。

ぼくは、余り読んだことはないけど……

母さんは、奈々子。地元の商店街で、小さな本屋さんをしています。

両親揃って、本が好きなのだ。

姉さんは、裕美。有名な国立大学に通っている。弟のぼくから見ても、美人に見える。母さんが美人だからなのかもしれない。ミスなんとかにも選ばれたらしい。

 ウチは、そんな家族四人の生活だ。駅から徒歩10分ほどの住宅街の一軒家に暮らしている。ぼくが小学生のときに、父さんがここに家を建てたのだ。

 駅前にも商店街があり、ぼくが通っている高校も、ウチから歩いて数分のところにある。そんな便利な立地条件なので、生活するには、まったく困らない。

 一つ、言わせてもらえば、父さんがずっとウチにいるので、ちょっと困る。

執筆中は、神経質になるので、余り会いたくないのだ。

 母さんは、仕事で忙しいし、姉ちゃんも大学があるし、結局、父さんの世話は、

ぼくがやっている。

でも、そんなぼくは、来年は受験生だし、勉強しなきゃいけないのだ。

 ウチの前に住んでいた家族は、ぼくが小さいころから家族付き合いしていたけど、

父親の転勤で、つい最近に引っ越してしまった。それから、ずっと空き家の状態だった。

 土曜日ことだ。学校が終わり、いつものように、家族で夕食を済ませて、二階の自分の部屋で勉強をしようとノートを開いたとき、何気なく窓から向かいの家に明かりがついていたのに気がついた。

 そのときは、誰か引っ越してきたのかなと思ったけど、まさか、そこに引っ越してきたのが、星のお姫様とは、このときは、夢にも思わなかった。


 翌日、日曜日なので、ぼくは、ゆっくりとした朝を迎えていた。

遅い朝食を家族で食べて、ぼくは、二階の自分の部屋で。マンガを読んでいた。

姉ちゃんは、リビングでテレビを見て、父さんは、お茶を飲みながら新聞を読んで、

母さんは、食事の後片付けをしている。

 寝転がって、マンガを読んでいたそのときだった。

「パンパカパーン!」

 誰かが言った。えっと思った瞬間、天井から、大量の花吹雪と色とりどりのテープ落ちてきた。

「な、なに、なに……」

 そう思ったときは、すでにぼくは、大量の花吹雪とテープに埋もれていた。

やっとの思いで、山のような花吹雪とテープから顔を出すと、目の前に猫が立っていた。ウチには、犬や猫はもちろん、ペットは飼っていない。何だ、この猫は……

 ぼくは、山のような花吹雪とテープから這い出して、その猫を見た。

「おめでとうございます。正太さまは、姫の婿に選ばれました」

 確かにそう言った。猫が人の言葉を話した。ぼくの空耳か、聞き違いか……

「正太さま、このたびは、誠におめでとうございます」

 そう言って、その猫は、深々と頭を下げてお辞儀をした。

ぼくは、何が起きたのかわからず、その猫を見ていることしか出来ない。

 何しろ、その猫は、二本足で立っている。縞模様のトラネコだ。

それが、二本足で立って、頭にシルクハットを被り、手にはステッキを持っている。

肉球の手で、どうやってステッキを持っているんだ? そんな疑問が頭をよぎる。

「ニャン太夫じいさん、いきなり部屋に飛び込んで、そんなこといったら、正太さまがビックリするでしょ」

「えっ? それもそうニャ」

 今度は、どこから入ってきたのか、水色のネズミのような、タヌキのような、もしかしたら、犬かもしれない不思議な小さな生き物が、ぼくの目の前に来た。

「いきなり、驚かせてごめんなさい」

 そう言って、水色の生き物は、丁寧に頭を下げる。

「いえいえ、どういたしまして」

 なぜか、釣られて、ぼくも頭を下げた。

「おいらは、ポコタンといいます。こちらは、執事のニャン太夫さんです」

「そうですか。ぼくは、如月正太と言います」

「存じているニャ」

 猫がそう言った。

「それより、姫さまの姿が、見えないニャ」

「ダメだよ、ニャン太夫じいさん。地球では、家に入るときは、玄関から入るって、言ったじゃないか」

「そうだった。慌てて、すっかり忘れていたニャ。これは、正太さま、失礼したニャ」

 そう言って、猫は、もう一度、深々と頭を下げた。

その時だった。玄関のチャイムが鳴った。誰かが来たらしい。

「ちょっと、みんな、来てちょうだい。正太、降りてきなさい」」

 母さんに呼ばれて、面倒臭かったけど、ぼくは、思い腰を上げた。

猫と不思議な生き物を残して、ぼくは、部屋を出て、階段を降りた。

すでに、姉ちゃんと父さん、母さんも玄関にいた。

 すると、そこには、一人の可愛い女の子が立っていた。知らない女の子だ。

「初めまして、向かいに越してきました。これから、どうぞ、よろしくお願いします」

 そう言って、丁寧に挨拶して、お辞儀をした。

「ご丁寧、こちらこそ、よろしく」

 母さんが言うので、ぼくたちも揃って挨拶をした。

ぼくは、その女の子に釘付けになってしまった。何しろ、可愛い美少女なのだ。

受験生とはいえ、思春期真っ只中の男子としては、異性にだって興味はある。

 すると、その女の子は、続けてこういった。それは、驚く一言だった。

「キミが、正太くんね」

「えっ……」

 何で、ぼくの名前を知っているんだろう? まだ、自己紹介はしていない。

表札を見たのかと思っていると、続けてこう言ったのだ。

「お父さま、お母さま、お姉さま、正太くんをあたしにください。結婚したいんです」

 ぼくの聞き間違いなら、彼女は、初対面のぼくにプロポーズをしたのだ。

それには、父さんも母さんも、もちろん姉ちゃんも、そして、ぼくも驚いた。

ニッコリ笑っている彼女の前で、ぼくたち四人は、固まってしまった。

父さんも母さんも、目をパチクリさせて、口を開けたままだ。

「あ、あの、今、なんて……」

 辛うじて、声が出たのは、母さんだった。

「正太くんと結婚したいんです。あたしの星で」

 一瞬にして、頭が真っ白になった。何を言ってるんだ、この子は……

ぼくを誰だと思っているんだ。まだ、高校生だぞ。日本では、高校生は結婚できない決まりになっている。

まして、初対面のぼくに、結婚して下さいとは、冗談にも程がある。

「他に、お付き合いをしている方でもいるんですか?」

 イヤ、いない。正直言って、ぼくは、女子からもてない。だから、これまで、付き合うような人はいない。

もちろん、片思い的に、可愛いと思った女の子は、いるにいるが、告白なんてしたことはない。

「どうなのよ?」

 姉ちゃんが、肘でぼくを突いて聞いた。

「い、イヤ、そんな人は、いないけど……」

「よかった。それじゃ、あたしと結婚できるわね」

「あぁ、イヤ、それは……」

 ぼくは、下を向いて小さな声で言った。

そんなことを、彼女に面と向かっては言えない。何しろ、飛びっきりの可愛い女の子なのだ。

今まで、見てきたどの女の子より可愛い。テレビのアイドルなんてもんじゃない。

学校で一番人気がある、女の子よりも可愛い。

 きれいな黒髪が、肩まだ伸びて、それをツインテールにして赤いリボンをしている。ピンクのワンピースから伸びる白くて細い腕と足が、目から離れない。

丸くきれいな瞳と、小さな鼻と口。薄いピンク色の唇で、その笑顔は最高だった。

「と、とにかく、そういうことは、あなただけで決めるもんじゃないし、親御さんとも話をしてからじゃないと」

 母さんが、引きつったような顔で言った。すると、彼女は、さらにこう言った。

「あたしの父と母は、王と女王なので、地球にはいません」

 もう、わけがわからない。ぼくたちは、ただ、立っていることしかできなかった。

そこに、さっきの猫と不思議な生き物が、階段から降りてきた。

「姫さま!」

「ニャン太夫にポコタン、どこに行ってたの?」

「正太さまに、いち早く、ムコ殿に選ばれたことをお知らせしようと……」

「勝手に、人のウチに入っちゃダメでしょ」

「すみません……」

「ごめんなさい」

 猫と不思議な生き物は、揃って、ぼくたちに頭を下げる。

「すみません。あたしの執事とペットが、勝手なことをして。あたしからも、お詫びします」

 そう言って、彼女も深くお辞儀をした。その謙虚な姿勢に、ぼくたち四人も揃って頭を下げた。

「あの、それで、ウチの正太が、なんと……」

 父さんが、恐る恐る聞き返した。

「ですから、正太さまが、こちらの姫さまのムコ殿に選ばれたニャ。ついては、マール星にお迎えして、正式に、結婚の儀を行い、次期王にしたいと、こう申し上げているニャ」

 ぼくたち四人は、その話を聞いても、すぐには理解できない。

日本語を話す猫と不思議な生き物に、とびっきりの可愛い女の子を前にして、ムコとか、次期王とか、突然言われても、理解できるほど、ぼくたちは、頭が良くない。

「その様子じゃ、わからないみたいね」

 彼女は、ぼくたちを見て、小さく笑った。

「と、とにかく、立ち話もなんだから、ウチに入ってもらったらどうかな」

「そ、そうね。どうぞ、お上がり下さい」

 父さんと母さんがそう言って、彼女たちをウチに上げようとした。

「どうぞ、上がって」

 姉ちゃんまで、そんなことを言っている。しかし、いいのか、この人たちをウチに上げたりして……

もしも、侵略宇宙人とかだったりしたら、どうするんだ?

ウチにあげた途端に、ぼくたちを殺そうとしたらどうするんだ?

「これはこれは、失礼いたします。姫さま、ポコタン、お言葉に甘えて、お邪魔するニャ」

「それじゃ、お邪魔します」

「失礼します」

 そう言って、一人と二匹は、ウチに入ってきた。

ぼくは、そんな生き物たちの後姿を見ていた。

「正太、お前の話だろ。こっちにきなさい」

 ボーっとしているぼくを父さんが呼ぶので、慌ててリビングに入った。

テーブルを挟んで、お互いに向かい合う形になる。

といっても、ウチのリビングは狭い。四人掛けのテーブルに、ぼくたち四人と、彼女たち三人が向かい合うことは、とても無理だった。

 しかし、そこは、なんてことはなかった。

父さんと母さん、姉ちゃんが座り、向かい合うようにして、ぼくと彼女が座った。

椅子が一つ足らないので、隣の父さんたちの部屋から椅子を持ってきた。

猫と不思議な生き物は、テーブルの上に飛び乗った。

 猫の大きさは、二本足で立っても、50センチくらいで、不思議な生き物は、30センチくらいしかないのでテーブルに立っても、目線がそれほど合わないことがない。

「それでは、改めて。我々は、地球より一万光年離れた遠い星の、マール星から来たニャ」

 いきなり、そこからか…… 最初から、話がついていけない。

「こちらにおわす、姫さまは、マール星の次期女王になられる方ニャ」

「女王ですって!」

 姉ちゃんが、ビックリして声を上げた。

「左様。姫さまのお父上はマール星の王様。お母上は、王女様であらせられるニャ」

 マジかよ。本物のお姫様じゃん。それが、どうして、ぼくなんかを……

「姫さまは、次期女王として、ムコを迎えねばならないニャ。そこで、ムコ探しの旅に出たニャ」

「ムコ探しですって? その、マール星とやらには、いないんですか?」

「残念ながら、姫さまに合うムコ殿は、いないニャ」

 猫が、いかにも残念なそうな顔で言った。猫にも表情があるらしい。

「そこで、私とポコタンと姫さまでムコ探しにあらゆる星を巡り歩いたニャ」

「あの、ちなみに、どのくらいですか?」

 母さんが。恐る恐る聞いてみた。

「ざっと、150年ほどニャ。星の数は、もう、数え切れないニャ」

「ひゃ、150年だって……」

 ぼくたちは、目の前の可愛い女の子に目が釘付けになった。

こんなに可愛くて若い女の子なのに・・・ それじゃ、いったい、今、いくつなんだ?

「ちょっと、えっと…… ニャンダ、なんだっけ?」

「ニャン太夫ニャ。姫さまの執事をしているニャ」

「ニャン太夫さん、それじゃ、お姫さまって、いくつなの?」

 誰もが思っている疑問だ。でも、それを言う勇気は、ぼくにはない。姉ちゃんが聞いてくれてよかった。

「マール星の年齢だと、250歳ニャ」

「250歳……」

 ビックリするぼくたちの家族に引き換え、彼女本人は、ニッコリ微笑んでいる。

「でも、地球年齢に直すと、16歳くらいだから、正太さんと同じくらいだよ」

 不思議な生き物が言うと、なぜかホッとした。

「えっと、キミは、なんて言ったっけ?」

「ポコタンと言います。姫のペットで、子供の頃からずっといっしょに暮らしてきました」

「それはわかったけど、キミは、ウサギか、犬か、それともタヌキか……」

 父さんが、その不思議な生き物をじっと見詰めている。

「ぼくは、マール星に生息する動物の一種で、姫が拾って、育ててくれたんです」

 そう言うと、ポコタンは、彼女の腕の中にスッポリ入った。

彼女は、そのポコタンを縫いぐるみでも抱くように、優しく抱きしめて笑いあった。

「あの、それで、そちらの姫さまの、お名前は?」

 今度は、母さんが聞いた。そういえば、まだ、彼女の名前を聞いていない。

「あたしは、姫です。回りのみんなもそう呼ぶし、実際、あたしの母は女王だし、今は、姫の身分だから」

「イヤ、そういうことじゃなくて、あなたの名前よ。ホントの名前と言うか、正式なと言うか……」

 母さんが続けて聞いた。そうだよ。いくらなんでも、姫とは呼べない。

「それでは、お聞かせするニャ」

 ニャン太夫と名乗る猫は、そう言うと、一つ咳払いをして、口を開いた。

「姫さまの正式なお名前は、マリー・アルベルト・スタインベック・ディフォルト・マリア二世というニャ。長くて覚えられないし、どう呼んだらいいかわからないので、星のみんなは、姫さまと呼んでいるニャ」

 確かに、長い。しかも、一度聞いても覚えられない。呆気に取られるぼくたち家族をよそに、彼女は、終始笑顔でぼくを見ている。隣にいるぼくは、顔が赤くなって、とても彼女を見ることが出来ない。

 そこまで話が進むと、なんとなく沈黙が続いた。何をどう話していいのかわからない。

「それで、正太くんは、あたしと結婚するのは、イヤ?」

「えっ、それは、その……」

 ぼくは、彼女の顔が近く見えて、とても言葉にならなかった。

こんな可愛い彼女と結婚するなんて、まだ、付き合ってもいないのに、ぼくには、実感がわかない。

「あのね、さっきも言ったけど、正太は、まだ、16歳なの。だから、まだ、結婚はできないのよ。あなたは、250歳だからいいかもしれないけど……」

「そこは、16歳と言いなさい」

 母さんが言うのを、父さんが横から言葉を遮った。

「要するに、まだ、キミも正太も若い過ぎる。子供同士で結婚なんて、無理に決まってるだろ」

「そうよ、子供のおママごとじゃないんだから」

 母さんがそう言って、やんわりと反対する。

「それじゃ、結婚は、できないと言うんですね」

 彼女の口調が、少し強くなった。なんだか、悲しそうな顔だ。

「そうじゃないのよ。まだ、早いって言ってるの。まだ、高校生なのよ。卒業してからでも、遅くないでしょ」

「卒業って?」

 彼女は、卒業の意味がわからないのか、不思議そうな顔をしている。

「姫さま、お耳を拝借するニャ」

 テーブルの上のニャン太夫さんが、彼女の耳元でなにか囁いた。

「わかりました。では、正太くんが卒業するまで、待ちます」

 彼女は、きっぱりと言った。それには、母さんも何も言えなくなってしまった。

「あたしたちは、マール星から150年もかけて地球にきました。それなら、正太くんが卒業するまでの一年くらいどうってことはありません。あたしは、正太くんが卒業するまで、待ちます」

 そこまで、宣言されると、誰も何も言えない。だけど、それとこれとは、別の問題な気もする。

だって、それは、ぼくの一生の問題だからだ。高校を卒業すると同時に、結婚なんて……

「とにかくだ、そういうことなら、仕方がないな。その間に気が変ることもあるだろうし、他にいい男が出来るかもしれないし、一年の間には、キミにもいろいろあるだろう。だから、そのときになっても、気が変ってなければ、また、考えようじゃないか」

「そうね。今は、あなたたちは、ちゃんとお付き合いして、お互いを知ることから始めるのが、いいんじゃないかしら」

 ウチの両親は、コロッと態度を変えて、ぼくの一年後のことを認めてしまった。

「さすが、正太さまの御両親さまは、話がわかるニャ。姫さま、お喜び下さい。御両親さまは、正太さまのことをお認めになられましたにゃ」

 ニャン太夫さんが、肉球の手をポンと打って笑った。

「それでは、話もまとまったので、失礼するニャ。本日は、お邪魔したニャ」

 そう言うと、彼女たちは、席を立った。ぼくとしては、よくわからないうちに、話し合いが終わった。

「正太くん、また、明日ね」

 彼女は、そう言うと、父さんたちにも丁寧にお辞儀をした。

「何もお構いできなくて……」

 母さんもそう言いながら、挨拶した。

「ほら、正太も挨拶しなさい」

 そう言われて、ぼくも同じようにお辞儀をした。だけど、なんだか釈然としない。

「正太くん、バイバイ」

「うん、バイバイ」

 玄関先で手を振る彼女に合わせるように、ぼくも手を振って見せた。

みんなが帰ると、ぼくは、ホッと息をした。なんだか、騒々しかったな。

しかも、話の内容が、ぶっ飛んでいて、いまだに頭の中が整理できないままだ。

「あぁ~ぁ、あたしより、弟のが先に結婚するなんて、思わなかったわ」

 姉ちゃんがそう言いながら、リビングのいつもの席に座った。

まだ、結婚すると、決まったわけじゃない。ぼくの気持ちは、どうなるんだ……

「よし、そうと決まったら、正太の話を次の小説にしよう。なんだか、ワクワクしてきたぞ」

 父さんは、そう言うと、書斎に入っていった。ぼくのことを小説のネタにするつもりらしい。息子としては、とても迷惑だ。

「よかったわね。正太も女の子にもてるのね。しかも、お姫さまなんて」

 母さんは、そう言うと、笑いながら後片付けを始めた。

「あたしも、早く結婚したいなぁ」

 姉ちゃんもそう言って、二階の自分の部屋に上がっていった。

ぼくだけが取り残されたような感じがして、変な気持ちだ。

それにしても、帰り際に『また、明日ね』と言った。明日、何があるんだろう……

ぼくは、そう思いながら、二階の自分の部屋に戻った。

 そして、ドアを開けて、あることを忘れていることに気がついた。

「これ、どうすんだよ?」

 部屋の真ん中に、山のようにたまったままの、花吹雪と紙テープがあった。

「ぼくが、片付けるのか?」

呆然と立ち竦んでいると、突然、部屋のドアが開いた。

「正太さま!」

「あ~、びっくりした。いきなり入ってくるなよ」

 突然現れた、水色の生き物。確か、ポコタンとか言ったな。ぼくは、胸を押さえた。心臓が、ドキドキしているのがわかる。

「それを片付けにきたんです」

「そういうこと・・・頼むよ」

 そう言うと、ポコタンは、大きな耳をピクピク動かすと、山のようなテープと花吹雪が耳の中に吸い込まれていった。

「えっ! どういうこと?」

 まさか、ポコタンの耳って、掃除機になってるのか?

「おいらの耳は、収納ボックスになってるんだ。何でも吸い込めるんだよ」

 そういうことなのか。それにしても、宇宙人てすごい。

「と、とにかく、ありがとう」

「いいえ、お礼を言われるまでもありません。ニャン太夫さんが忘れていったのが悪いんです。年を取ったので、最近ボケてるんですよねぇ」

 宇宙人でも、年を取るとボケたりするのか? ぼくの頭の中に、また一つ、不思議ワードが出来た。

「それじゃ、失礼します」

 そう言うと、また、ペコリと頭を下げて、窓から出て行った。

ぼくは、慌てて、窓の外を見たけど、真っ暗で何も見えなかった。

 この日のことは、きっと、忘れることが出来ないだろう。

ベッドに入っても、なかなか寝られなかった。あの可愛い女の子は、ホントにお姫様なんだろうか?

彼女の顔を思い浮かべると、なんだか明日が楽しみになってきた。


 翌日、いつものように起きて、母さんと二人で朝食を食べる。

ウチは、父さんの職業柄、家族揃っての食事というのがない。

姉ちゃんも大学に行くようになって、すれ違いのが多い。

 昨日のことを思い出したけど、母さんは、何も言わない。

もしかして、夢だったのかもしれない。ぼくは、そう思いながら、朝食を食べた。

 その後、制服に着替えて、かばんを持って、いつものように家を出た。

学校までは、歩いて10分程度だ。登校していると、クラスの友だちもいっしょになる。

「おはよう」

 朝の挨拶を交わして、今日の授業のことや、昨日見たテレビのことなどを話す。

教室に入ると、すでにほとんどのクラスメートが、自分の席に座って、仲のいい友達同士でおしゃべりしていて騒がしい。いつもの光景だった。

 チャイムが鳴って、担任の先生が教室に入ってきた。

ぼくの担任は、五代裕作と言う、数学を担当している男の若い先生だ。

大学を出た手の新人教師なのだ。ウチの学校には、おじさんの怖い先生が多い中で、

五代先生は、どちらかといえば、年が近いせいか、お兄さん的な感じで、女子からも人気があった。

「起立、礼」

「おはようございます」

 学級委員長の声で、朝の挨拶をする。五代先生は、欠席している生徒がいないか確認するように教室を見回すと、今日の伝達事項を言った。

「今日は、みんなといっしょに勉強することになった、転校生を紹介する」

 すると、教室のドアが開いて、一人の生徒が入ってきた。

「あーっ!」

 ぼくは、その生徒を見て、思わず声が出てしまった。

「こら、そこ、静かにしろ」

「すみません」

 ぼくは、謝って席に座り直した。ぼくは、まだ、夢を見ているのだろうか……

「紹介します。新しく、このクラスに入った、丸星姫子さん。みんな、仲良くしてやるんだぞ」

「初めまして。丸星姫子です。よろしくお願いします」

 そう言って、丁寧に自己紹介をすると、お辞儀をした。

そして、顔を上げると、ニコッと笑った。教室を見渡し、ぼくを見つけると、軽く手を振ったのだ。

「マジか……」

 転校生は、間違いなく、星のお姫さまだ。それじゃ、昨日のことは、やっぱり夢じゃなかったんだ。

「それじゃ、キミの席は……」

「あの、正太くんの隣がいいです」

「そうか、丁度空いてるしな。そこに座って」

 ぼくの隣が、ちょうど空席になっている。ちなみに、ぼくは、窓際の一番後ろの席なのだ。彼女は、空いている席に座ると、ぼくを見て笑った。

「よかった。正太くんの隣で」

 そういわれても、ぼくは、すぐに返事が出来なかった。

てゆーか、クラス全員が、ぼくの方を振り向いている。

その目は、なぜ、ぼくが、こんな可愛い子を知っているのかという目だ。

 彼女は、当たり前のように、かばんから教科書やノートなどを出して並べ始めた。

一時間目は、国語の授業だ。転校初日から用意万端だ。

教科書やノートなどは、どうやって用意したのか、気になって見ていると、

ぼくの視線に気がついた彼女は、ぼくを見て首を傾げて小さく笑った。

その顔が、とても可愛くて、つい目をそらしてしまう。

「なに?」

 彼女が小さく呟いた。

「イヤ、別に……」

 そういうのが、精一杯だ。ぼくは、つくづく女の子に弱い。イヤ、それは、ぼくだけではない。こんな可愛い子に話しかけられたら、男子なら照れるに決まってる。

「あたし、こう見えて、頭いいのよ」

 それはそうだろ。頭が良くないと、お姫さまにはなれないし、大人になったら女王になるんだ。頭が悪かったら、星を滅ぼしちゃうから責任重大だ。

 一時間目の授業のチャイムがなって、国語の女の先生が入ってきた、

「それじゃ、昨日の続きから始めるから、ページを開いて下さい」

 そうは言っても、彼女は、今日が初めてなんだから、昨日のページと言われてもわからないだろう、

「32ページだよ」

 ぼくは、こっそり教えた。すると、彼女は、ニコッと笑ってページを開きながら言った。

「ありがと。正太くんて、優しいのね」

 そんなこと言われて、顔が熱くなるのが、自分でもわかった。なんだか、恥ずかしいぞ。

「えーと、今日から、このクラスに転校生がいるらしいわね」

 先生が言うと、彼女が手を上げて立ち上がった。

「ハイ、あたしです。丸星姫子です。よろしくお願いします」

「それじゃ、最初だから、わからないと思うけど、今日は、内容を聞いているだけでいいわ」

 先生は、そう言って、教科書を読み始めた。

今は、源氏物語を勉強している途中だ。そんな話、宇宙人にわかるのか?

 そんなぼくの心配など、気にする素振りもなく、彼女は、ノートにペンを走らせている。

やっぱり、頭がいいんだなと、感心しながら気になって、ノートをチラッと覗いた。

すると、そこには、まったく読めない文字らしい暗号みたいなものが書いてあった。

 なんだそれ…… もしかして、宇宙語? マール星の文字なのか?

「なんて書いてあるか、わかる?」

 彼女は、ぼくにこっそり聞いた。ぼくは、首を横に振るしかない。

「正太くんのことが、好きって書いてあるのよ」

「えっ!」

 ぼくは、声を詰まらせて、窒息寸前になった。そんなこと、面と向かって女の子から言われたのは、初めてだ、

自分でもわかるくらい、みるみるうちに顔が赤くなっていく。

「正太くんて、正直なのね」

 彼女は、そう言って、また、笑顔になった。

もしかして、彼女は、ぼくをからかっているだけかもしれない。

恥ずかしがっているぼくを見て楽しんでいるだけなのか?

 第一、こんなぼくを好きなんて言ってくれる女の子がいるわけがない。

成績だって普通だし、運動だって得意なわけではない。もちろん、顔だって、お世辞にもイケメンとはいえない。

クラブ活動もしてない、ただの帰宅部だ。もっとも、それには、父さんの世話があるから、放課後はそれなりに忙しいから、入っていないだけだけど……

 子供の頃から、友だちは、女子より男子のが多かった。いっしょに遊んだのも、男子ばかりで女子とはほとんど接点はない。だからといって、別に嫌われているわけではない。女子とも普通に会話はする。だけど、好意を持たれたり、告白されたり、付き合うとかデートなど今まで、ただの一度もない。これは、絶対、悪い夢か、冗談に決まってる。

 そんなことを思っていると、先生の話は、耳に入ってこなかった。

あっという間に、国語の授業が終わってしまった。まずい、何もノートに書いてないぞ。

 そして、2時間目までの10分の休憩時間になった。

ホッとしていると、クラスの友だちが、彼女の周りに集まってきた。

「丸星って、珍しい名前だね」

「どこから転校してきたの?」

「姫子ちゃんて呼んでもいい?」

「お家は、近くなの?」

「すごく可愛いけど、もしかして、芸能人だったりする?」

 男子も女子に混じって、転校生の彼女は質問攻めになった。

でも、彼女は、まったくたじろぐようなことはなく、終始笑顔を崩すことなく、丁寧にひとつひとつの質問に答えていく。それを横で聞いていると、度胸がいいと言うか、場慣れしている言うか。さすがお姫様だなと、ヘンなところで感心してしまった。

「ウチは、正太くんのウチの前なのよ」

「えーっ!」

「ホントに?」

「マジかよ」

 回りから驚きの声が上がった。そして、そこにいた全員が、ぼくの方に目を向けた。

「ホントなの、如月くん?」

「正太、すごいな」

 ぼくは、一人おろおろして、どこを見ていいかわからず、言葉も出てこなかった。

「正太くんは、すごく優しくて、カッコいいのよ」

 彼女は、ぼくの方を見てビックリするようなことを言った。

今度は、彼女を取り巻いている友だちが、ぼくの方に集まってきた。

「どういうことか、説明してもらおうか」

「如月くん、丸星さんとは、どういう関係なの?」

「あ、イヤ、それは、その……」

 どう言っていいのかわからず、口篭っていると、彼女が言った。

「正太くんは、私のお婿さんになる人なの」

「えーーーっ!」

 それを聞いた友だちがビックリして、大きな声を上げた。当然だろう。驚くのも無理はない。ぼくだって、昨日聞いたときは、ビックリしたんだから。

「お婿さんって、お前、彼女と結婚するのか?」

「イヤ、だから、それは……」

「そうよ」

 彼女は、ぼくの言葉を遮って、はっきり言ってしまった。

まずい…… これは、まずいぞ。この学校でのぼくの立場が怪しくなる。

「イヤイヤ、それは、冗談。彼女は、ウチの前に引っ越してきただけで、昨日、初めて知り合ったばかりなの」

 ぼくは、そう言うと、彼女の手を持って、逃げるように教室から出て行った。

そのまま、彼女を連れて、誰もいない階段の踊り場に行った。

「あのさ、あんなこと、みんなの前で言っちゃダメだよ」

「どうして? ホントのことよ」

「でもね、ぼくたちは、まだ、高校生だし、恋愛は微妙な話だから、言わない方がいいんだよ」

「そうなの?」

 そう言って、彼女は、指を頬に当てて首をかしげた。その仕草が、最高に可愛い。

イヤ、今は、そんなことを感じている場合ではない。

「だから、学校では、結婚とか、好きとか、言わないでほしいんだ」

「ふぅ~ん、正太くんがそう言うなら、もう、言わないわ」

「わかってくれて、ありがとう」

「それと、宇宙からやってきた、星のお姫様ってことも秘密だよ」

「地球人て、ヘンなところに気を使うのね」

 彼女は、不思議そうな顔をした。でも、話をわかってくれたみたいで、まずは、一安心だ。

「なんか、いろいろ言って、ごめん」

 ぼくは、素直に謝った。初めて来た地球の星のことは、わかるわけがない。

しかも、いきなり学校と言う場所に来た事だって、理解しろという方が無理だ。

まして、お姫様だから、そこまで気が回らないに決まってる。

「そんなことないわ。あたしは、正太くんと出会えて、地球に来たかいがあったもの」

 なんて優しい子なんだろう…… ぼくは、なんだか感動してしまった。

そんな時に、2時間目のチャイムが鳴った。

「いけない。授業が始まる。教室に戻るよ」

 ぼくは、そう言って、踊り場を後にした。彼女もぼくの後についてくる。

教室に入ると、早速、ぼくたち二人に注目が集まる。

クラスの友だちは、いきなり教室を飛び出したぼくたちに聞きたいことがあるらしい。ぼくも、説明したいことがある。でも、2時間目が始まったので、それは出来なくなった。

 なんとなくホッとした。今は、いい訳がまとまらない。2時間目の英語の先生には悪いけどこの時間の間にみんなを納得させる言い訳を考えないといけない。授業どころではない。

 だけど、どの言い訳も上手くまとまらない。そんなときに限って、授業が早く終わる。チャイムが鳴って、三時間目までの10分休憩が始まる。

 予想通り、先生が教室を出て行くと同時に、クラスの友だちがぼくたちの回りに集まった。

圧倒されるけど、ここは、ぼくが男らしく、ちゃんと納得がいく説明をしなきゃいけない。自信はないけど……

「あの、あのさ、彼女は、昨日、ぼくの前に引っ越してきて、初めて会っただけなんだ」

「その割には、仲よさそうじゃん」

「お婿さんて、どういうことか、説明して欲しいわね」

 女子の追及は厳しい。もう、タジタジって感じだ。口篭っていると、彼女が助け舟を出してくれた。

「正太くんが言ったことは、ホントなのよ。お婿さんになれるといいなって、思っただけで、特に意味はないのよ。ヘンなこといって、ごめんなさい」

 彼女は、集まったみんなの前で、真面目な顔をして丁寧に頭を下げて見せた。

まずいぞ。お姫さまに頭を下げさせるなんて、男として、絶対にやってはいけないことだ。

「そういうことだから、みんなを誤解させるようなこといって、ごめん」

 ぼくは、彼女よりも深く頭を下げて見せた。

みんなは、さらに追求しようと思ったらしいが、顔を上げた彼女の少し悲しそうな顔を見ると、それ以上のことは言わなかった。

「まぁ、いいわ。でも、これから、このクラスの一人になったんだから、これからは仲良くしてね」

 学級委員長が、みんなを代表して、話をまとめてくれた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 悲しそうな顔から、一転、微笑を浮かべて言った彼女に、ぼくは、心の底からほっとしたのと同時にものすごく申し訳ない気持ちになった。

 結局、何とかこの話は、みんなを納得できたようだ。

三時間目が始まると、みんなは席について、授業が始まった。

 ぼくもホッとして、授業を真面目に聞くことにした。

しかし、ある問題が、不意に頭に浮かんだ。それは、次は、お昼休みで、ランチタイムだ。

ウチの学校は、給食ではなく、各自、ウチで作った弁当を持参する。

持ってこなかった生徒は、購買でパンやおにぎりを買うしかない。

彼女は、このことを知っているのだろうか? もし、持ってきてなかったら、なにか買うしかない。

だけど、お金は持っているのか? お姫様なんだから、お金くらいは持っているだろう。

むしろ、大金持ちに決まってる。お金の心配はしなくてもいいだろう。

 ぼくは、ドキドキしながら昼休みを待った。

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