異世界の魔王、現代の陰キャに転移する。〜カーストトップのS級天使様を助けたらやたら付きまとわれて困っている〜

猫宮うたい

第1話 魔王、こしゃくな妹ができる


「魔王ヴォルディウス! お前を倒し、この地に平和を取り戻す!」

「邪魔をするな勇者よ! 世界を統べるのはこの俺だ!」


 ここは、神々や魔族が存在する神話の世界。


 大陸史における最も重要な戦い、魔界大戦。種族の命運をかけた戦いは、今まさに佳境を迎えていた。強大な魔力と神聖力がぶつかりあい、天地を分かつほどの衝撃が生まれた。


 その一瞬、あたりを強烈な閃光が包み込む。


 その光は魔王の身体からだを包み込んだ。そして……。





「う、ううぅ……ぐうぅ」


 目が覚めた俺の目に飛び込んできたのは異様な光景だった。


(ここは……どこだ? 魔王城……じゃないな。何やら記憶があいまいだ……)


 牢獄のように狭い部屋は、たくさんの見知らぬ物で溢れている。音を立てて軋むベッドから起き上がり、部屋の中を見回してみる。


(確か決戦場で勇者たちと戦っていたはずだが……)


 その時、部屋の隅に置いてある鏡に目を奪われる。そこにはなんとも間の抜けた人間の姿が映っていた。


「うお! む?……誰だ! え!?」


 その時、自分の口から発せられた声を聞き違和感を覚えた。


「な、なんだこの声は!? あー、あー! 声が変わったのか? いや……」


 おそるおそる鏡に近づいていくと、気弱そうな顔と細身な肉体がはっきりと見えてくる。


「──これは鏡だな……ということは、この顔が俺の顔なのか? いったいなんなのだ? この姿は!」


 この少年は一体誰だ!? 俺の身体は、魔王ヴォルディウスの洗練されたたくましい肉体は、いったいどこへいってしまったのか。


「なぜ俺が人間の姿に……しかも、まだ子供のようだが……」


 異様な状況に息がつまりそうになった俺は部屋の窓を開けて、外を見た。


 そこに広がっていたのは見たこともないような建築物。そして静かな夜のとばりがどこまでも広がっていた。



 すうぅぅ、はああぁぁ……。



 思わず息を呑み、深呼吸する。魔界の瘴気とは違う清潔な空気だ。


「ここは……いったい……どこだ……」


 魔界でもない、俺の知る人間界とも違う。まったくの別世界が眼前に広がっていた。


 信じられないが、元いた世界とはまったくの別の世界に来たようだ。そしてこのひ弱そうな身体である。



「くそっ!」



 焦燥感に駆られ、窓枠に足をかけて空へ舞い上がろうとするも、体が浮かばないことに気づいた。


「む……浮遊ができない。おそらく大気の成分が違うからか……」


 俺は空へ発つのはあきらめて、素直に扉から出ることにした。


 部屋の外は狭い廊下が左右に伸びている。階下へと続く階段を降りていると、甘い香りが鼻をつく。人の気配のある扉の前に立ち耳をすますと、何やら女の鼻唄が聞こえる。


『ふんふふんふーん♪』


 いったい、この扉の向こうにいる人間は何者なのか。気配からして人間の女であると思われる。


 俺はゆっくりと扉を引いていく。扉の隙間からは鼻孔を刺激する心地よい香りが漏れてくる。



「えっ? えっ?」



 扉を開けながら目に飛び込んできたもの、それは……、



 一糸まとわぬ少女の姿だった。



 その少女は俺と目があった瞬間、目を見開いて口をわなわなと震わせていく。


「ひゃっ、ぇ、ぃ、ぃゃ……」


 少女が甲高い声を小さく漏らす。


 濡れた髪、ほっそりと華奢な肉体はほんのりとしたピンク色に染まっている。その僅かな胸の膨らみからは彼女が年端も行かぬ子供だとい──。



「ギャアアアアァァァ!!」



 耳をつんざく悲鳴と共に、一瞬で間合いを詰めてくる彼女。



「いきなり開けんなあああぁぁ!!!!」



 俺の顔面に小さな拳が飛んでくる。


 ドガッ!


「ぶへっ!!!」


 思いっきりグーパンを食らった俺は、廊下に吹き飛ばされた。


「イテテテ、なぜ人間のパンチごときでこんなダメージを……」


 上を見上げると、フワフワとした大きな布でその裸体を覆い隠した少女が、俺を見下ろしていた。



「ハルにぃ!! なに勝手に開けてんの!? 変態! チカン! エロにぃ!」



 エロ? エロだと? あの体のどこにエロスがあるというのか。かつて共闘したサキュバスの誘惑に比べれば、人間の子供の裸など何も感じない。


「なんだと? おい、勘違いをするな。この俺が子供の体に欲情などするものか」


 俺がボソッとつぶやいたのを聞くなり、少女は右足を高く振り上げる。その柔らかな足の先、カカトを俺の頭上目掛けて振り下ろしてくる。


 その刹那、彼女の両足の境目の奥がうっすらと目に入り──。



 ゴガンッ!!!



 星が落ちたような衝撃が頭を襲う。


「アタシは子供じゃないっ!」


「あ、ががががっ……」


 バタンッ!


 少女が扉を閉めるのと同時に、俺は廊下に崩れ落ちた。




「ハルにぃ、いつまで寝てんの。死んだ?」


 ゴンッ! ゴンッ!


 頭に軽い衝撃が繰り返され、目を覚ます。


「ぐううぅ、イツツ……」


 ズキズキする頭を抑えながら立ち上がると、そばに先ほどの少女が立っていた。


「うわっ! さっきのっ!」


 俺は思わず飛び退いた。魔王であるこの俺に二度も攻撃を仕掛け、更には意識を奪うなど、こいつは只者ではない。


 先ほどとは違い、服を着ている彼女は眉間にシワを寄せている。


「よかった、生きてた? さっきはちょっと……思いっきり脳天に入れちゃったから……でも、あれはハルにぃが100悪いんだからね」


 彼女はつっけんどんな言い方をしながらもチラチラと俺の顔色をうかがっている。


「ぐっ、まさか人間の子供ごときに遅れをとるとはな。 ところで、貴様はいったい……名を名乗れ!」


 俺よりも頭一つ分低い背丈の少女は目をパチクリさせている。


「え? なに? 頭おかしくなった? やっぱりカカト落としはまずかったかぁ……」


「こら、口をつつしめ! 人間の子供ごときが俺を愚弄ぐろうするとは──」


「うっわ、キッモ。なにその喋り方?? ハルにぃ、今度は何のアニメにハマってんの?」


 ツヤのある黒髪を顎のラインで切りそろえている少女はこの馴れ馴れしさからすると、少年の家族だろう。


「ハルにぃというのがこの少年の名前なのか? 貴様と俺はいったいどういう関係だ?」


 俺の言葉を聞いた少女の顔面はみるみるうちに蒼白になる。


「ご、ごめん……マジでやり過ぎたかな?……。アタシのことわからないの? 何も覚えてないの?」


 警戒している俺に対して、彼女は距離を詰めて触れようとしてくる。


「こ、こら人間! 俺に気安く触るな!」


 俺は少女の手を跳ねのけるように慌てて一歩後ずさる。


「……? アタシは……妹の楓夏ふうかだよ? 忘れちゃった?」


「妹のフウカ。そうか。この少年の妹か。いいか、よく聞け。俺は魔王ヴォルディウスだ。どうやら何かのきっかけでこの少年と入れ替わってしまったらしいのだ。何か事情を知ってるか?」



「……」



「は……?」



 フウカという少女は口をあんぐりと開けて、俺の目を見返していた。


「ぎゃああああ!……ハルにぃの頭が、逝ったああああああぁぁぁぁ!」




「ハルにぃ。自分のことどこまで覚えてるの?」


「……えーっと、フウカだっけ? 俺の年齢はいくつだ?」


 翌朝、俺たちはテーブルに向かい合って食事をしていた。昨日はあれから急激な睡魔に襲われ朝まで寝てしまった。


「今アタシの名前忘れてなかった?……ハルにぃは16歳じゃん、高校生!」


「じゅ、16歳だと! はあぁ〜、赤子同然じゃないか。どうりで体も細いわけだ」


「とにかく、食べたら学校行ってよね!」


「学校? 学校など下級魔族がいくところだろうが。俺は魔界の王だぞ」


「な・に・言ってんの! ハルにぃは子供でしょ!? 学校行くの!」


 このフウカという少女にはなぜか頭が上がらない俺は、しぶしぶこの少年の通う学校とやらへ行くことになった。


「はいこれ着て! 制服っ! あとカバンッ!」


何もわからない俺の代わりに彼女はテキパキと身支度をしてくれた。




「とりあえず、あとはこの地図見ながら行ってね! アタシはこっちだから。じゃあね!」


 別れ道でフウカはそう言うと、チラチラと振り返りながら走り去っていく。


 彼女から渡されたスマホという道具の中には、この地域の地図が表示されている。そこには目的地までの経路までもが示されている。この世界にはなんとも便利な道具があるようだ。


「しかし、空を飛べないというのは不自由なものだな。下級魔族の頃に戻った気分だ」


 しばらく歩いていると、だんだんとこの人間の体にも慣れてきた。


 空を見上げると、どこまでも青空が澄み渡っている。人間の乗り物だろう大きな何かが遙か上空を飛んでいるのが見える。遠くの方には魔王城よりも高い建造物がいくつも立ち並んでいる。


「ふーむ、この世界の文明はかなり進んでいるな。建造物や乗り物なども俺のいた世界とはまるで違うようだ」


 一人になり冷静になった俺は、グルグルと考えを巡らせていた。


「マズい……。勇者たちとの戦いはいったいどうなったのだろう。あの決戦場を突破されると魔王城にまでいっきに攻め込まれてしまう。なんとしても戻る方法を探さねば──」


 俺は、魔界にいた時の記憶に思いを馳せながら、学校を目指した。




──────あとがき──────


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