第12話 雪の孤島
頭が痛い…、今が朝なのはわかる、夢ではないのもわかる、ここがどこかもわかる。何で頭が痛いのかもわかる。
これが二日酔いという奴か…。勇者のせいにするわけではないけど、やっぱり原因は勇者にあるような気がする。
窓からの日差しが目覚まし時計がわりになってしまっている。雨とか曇りだったらまだまだ寝てただろう。というか頭の痛みで起きたような気がする。
ベッドの心地よさが疲れた体を癒して……。
いやそうじゃない! 俺は昨日の夜に酔って帰ってきてそのままティーナちゃんの腕の中で寝落ちしたんじゃなかったか⁉
そうだよ、しかもあの時、俺は帰らない、碁ッドと勝負するってちゃんと言った。
それにしてもまだ頭が痛いし…。
「赤星様? お目覚めでしょうか?」
ティーナちゃんの声だ。昨日の夜のこと思い出すといろんな意味で恥ずかしい。
起きていることを知らせると静かに入って来た。
「あの……、ご気分の方はいかがでしょうか……?」
体調を心配してくれてる。きっと二日酔いになってるんじゃないかと心配してくれてるんだ。昨日は俺が寝落ちしてしまった後城内の侍女仲間が数人がかりでこの部屋まで運んでくれたらしい。そうとも知らず俺は堂々と二日酔いとは情けない。
「あの…、やっぱり無理です…よね? 囲碁を打てる状態ではありません…よね?」
心配の仕方に少し違和感を感じる。碁を打てるかどうかとはいったいどういう事だ?
「まあ、頭は痛いけど、碁を打てなくもないけど、どういう事?」
「あの…、今日なんです…、碁の対局日が…、マルリタ様の手紙に記してあったのは今日の午後13時何ですが……」
「えええ⁉ 痛たたたた…」
き、今日⁉ 今日の昼の13時だって⁉ 寝耳に水状態の俺にマルリタさんからの手紙をあらためて見せてくれた。確かにあさってのお昼13時丁度と書いてある。手紙が届いた日から数えて今日がそのあさっての日だ。しかも13時ちょうどってあと数時間しかないぞ…。
「どうしましょう…? その様子では対局に支障が…、マルリタ様の所に伝書鳩で日時の変更を申請しましょうか…?」
「日時の変更?」
ばさばさと一羽の鳩が窓辺にとまった。なるほど早そうな鳩だ。返事もそのまま持って帰れるというわけか。迂闊だった。もともと帰るつもりでいたから対局日時のことは頭から離れていた。
「…いや、変更はしない、今日の昼13時の対局には行くよ」
「え? しかし…」
今の俺はよほどだらしない顔をしてるんだろう、髪もぼさぼさなのがわかる。目の下にもクマが出ているのかもしれない。
せめて対局が明日だったらどんなにありがたいか、だが現実には対局は今日なんだ。
「大丈夫、数時間もあればいくらか回復するよ。だから予定通り対局に行く」
碁のプロとしてそんな変更申請なんてできない。どんな理由であれ対局場に行かなかったらその時点で不戦敗だ。体調不良、ましてや二日酔いで行けませんなんて言ったら引退勧告ものだ。
「それにさ、なんか逃げたと思われるのもくやしいじゃん? 1日引き延ばして対策を練ってるとか思われるのもやだし」
「そうですか…、赤星様がそう仰るのならそのようにいたします。万全な効果とはいきませんが朝食後にハーブティーをお持ちします。二日酔いの改善になるかと」
「それはありがたいね」
一昨日のぎくしゃくした状態はどこかへ行ってしまったみたいだ。こうやって普通に会話することが出来る。二日酔いのおかげ、そうなると勇者のおかげということになるのか? ということは勇者にも借りが出来てしまったことになるのか。
まあいいか、その方が存分に対局に望める気がする。
そういえば対局場はどこだったっけ? どこか違う場所だったような…。タイトル戦も知らない土地に行ったりするのが楽しみの一つだったりするし、ましてや知らない世界での知らない土地ということでちょっとわくわく感もある。
「ティーナちゃん、対局はどこでやるんだっけ?」
「マルリタ様の手紙にはホワイティアイランドと記されていました。赤星様は寒いところは大丈夫でしょうか…?」
「ホワイトティアイランド?」
いかにも寒そうな名前だな、正直寒いところは苦手だ。好きな季節は夏で嫌いなのは冬という両極端な性格だから。寒いところでの対局と言っても碁は室内でやるものだし建物の中に入ってしまえば特に気にはならないだろう。
「ホワイティアイランドは文字通り雪原の島で町などはなく、冒険者の方ですらほとんど踏み入れることはない本当に普通の孤島なのですが…」
「へー、それはそれで中々乙なもののような気が…って…、町もないって、じゃあ外で⁉ 野外対局⁉ 雪上で⁉」
「おそらくはそういうことかと…」
碁ッドめ…、まさかそう来るとは…。確か中ボスがどうのって書いてあったな、あっちはモンスターでこっちは生身の人間。しかも対局相手はスノーゴーレムって名前だったような気がする。絶対雪に強いキャラでしょ? ある意味反則だよ。
どんな手を使っても勝つつもりらしいな。
「どういたしましょう…、私は今から防寒着などを用意しておきます。赤星様は出発までここで休まれますか?」
「ああ、そうだね、出発までそうする。けどさ、どうやって行くの? 飛行機とかチャーターして?」
「いえ、ホワイティアイランドまではイザベルがご案内いたします」
イザベルちゃん? 俺の知らない子かな? この城には何人いるんだろ?
イザベルちゃんが案内するのはわかったけど移動手段はなんだろう、まさかまた馬車って事はないだろうけど。
「じゃあ、この部屋で待ってればイザベルちゃんが迎えに来てくれるのかな?」
「はい、そのように申し付けておきます」
移動手段に触れてなかったことが気になるが、後でわかることだしまあいいか。おおまかな打ち合わせの後にティーナちゃんは朝食を持ってきてくれて食後にはハーブティーを持ってきてくれた。飲んでみると……、に、苦い! ハーブティーというのを初めて飲んだけどこういう味なのか?
しかし苦いけどクールミントのような爽快感が鼻から抜けていくと二日酔いの頭痛も和らいだ。
どうしよう、時間まで仮眠を取るか、それとも棋譜ならべでもやるか…。
迷ったが棋譜ならべをすることにした。記憶している棋譜を碁盤に並べる。ウオーミングアップくらいにはなるだろう。
しばらくするとティーナちゃんが防寒着を持ってきてくれた。これはドワーフの職人達が拵えたらしく防寒、防風、防雪に優れているらしい。
「すごいドワーフという種族は何でも作れるんだな」
皮で出来ているような感じのコートのような防寒着はフードも付いてる。何皮か気になるな。着てみると軽くていい。部屋だから防寒着としてどれくらいの効果があるのかはまだわからないが。
「たいよう様? 準備はよろしいでしょうか?」
コンコンとノックする音がした。イザベルちゃんという子だろう。もうそんな時間らしい。どんな子か楽しみにドアを開けてみると……。
「あ、君は……」
「おひさしぶりでーす、たいよう様」
敬礼をするように挨拶してくれた。しかもイザベルちゃんとは初対面じゃなかった。最初にこの城に来た時に、ティーナちゃんに俺の部屋のメイクを頼まれてた子だ。改めてみるとこの子もかわいい。
「どうしたんですか、たいよう様? イザベルの顔じっと見て」
「い、いや何でもないよ……?」
金髪のボブカットで人懐っこそうだ。妹キャラという奴か?
「えっと、それでは参りましょうか! いざ、ホワイティアイランドへ!」
「お、おおおう?」
グーにした右手を勢いよく挙げて気合を入れるもんだから俺もつられて挙げてしまった。
ティーナちゃんと比べてだいぶキャラが違うな? しかしこれから対局しに行くんだからこの元気満点さは俺にとっても励みになる。よし、俺も気合入れていくか!
「そうだそうだ、一つ確認しておきたいことがあるんですが、たいよう様は高いところは苦手ですか?」
「高いところ?」
別に俺は高所恐怖症というわけではない、どっちかと言うと好きかも。タワー関係にはいくつか登ったし、あの見晴らしは最高だった。外国にある足元がスケルトンになってる観光スポットもいつかは行ってみたいと思ってるくらいだ。
「まあ高いところは平気かな?」
「本当ですか⁉ それを聞いて安心しましたあ! うふふ」
小悪魔的な笑顔が気になったけどかわいかったから気にするのはよそう。
ティーナちゃんは今日も王妃様と同行の予定があるのでもう出かけてしまったらしい。それで代わりにイザベルちゃんが付添なのかと思ったが、実は他にも理由があるのを俺は知ることになる。
「それじゃあ、たいよう様、行きましょっか? 防寒着着といてくださいね?」
そう言うとなぜかずんずんと部屋の奥に進んでいく、何で玄関じゃないんだ? 不思議に思っていると今度は窓を勢いよく全開にしてテラスに出た。
増々よくわからない。どういう事?
「たいよう様、さあ、手を!」
エスコートするように手を差し出してきたイザベルちゃん。この展開は似ている、あれだ。ティーナちゃんが俺を転生呪文をかけた時。
それと、壮行会に行った時のティーナちゃんが俺を馬車に乗ってくれと言った時に似ている。しかし馬車はない、そもそもここは二階だ。
二階、差し出された手、まさか…、もしかして…。イザベルちゃんは引きつった俺の顔を見るなり強引に手を握りなにかを唱え始めた。
そしてまたしても俺の体が浮き上がる……
「うあああああああ、落ちるううううううう⁉」
そのまさかだった。唱えていたのは飛空系の呪文だろう……、イザベルちゃんが『高いところは苦手ですか?』と聞いたのも合点がいった。まさかこういう事だとは。高いところとかそういうレベルじゃない、城があんなに小さく見えている、そういう高さなのに足がついていないなんて。手を離したら一巻の終わりだ!
「ちょちょちょちょ、ちょっと待った! もう少しゆっくり飛べないの⁉」
飛んでることに疑問を持っていない、異世界慣れしてる自分がこわい。それにしても全然寒くない、この高さ、この速さなら体感温度はかなりの寒さのはずだ。ドワーフの職人たちが作ったという子の防寒着最高!
感心してる場合じゃない、いつの間にか腕にしがみつくような感じになってしまっている。
「たいよう様は空を生身で飛ぶのは初めてですか? 時間があれば寄り道とかアクロバット飛行とかできたのですけど、残念ながらそんな余裕はなさそうです。このスピードのまま一気に行きますので絶対に手を離さないでくださいね?」
「離すものか、絶対に耐えて見せる!」
何の罰ゲームだ? とりあえず意識はしっかり持っておこう。気を失ったらそれまでだ。ティーナちゃんが淹れてくれたハーブティーのおかげかもしれないけど、意識ははっきりしている。もしかして最初からこうなることをしってて…? ひどいよティーナちゃん…。
いやいや原因は俺にあるんだ甘んじてこの現実を受け入れよう。
「たいよう様、ちなみになんですけどあそこに見えるのが旧魔王城、今は碁ッドの城なんです、見えますか?」
「ごめん見えない……」
そんな余裕はない、足がついてない状態がそう言った余裕を奪い取っていくから。
その後もイザベルちゃんは、あれは、あれはと言ってたけどスルーするよりなかった。
「たいよう様、見えてきました。あれがホワイティアイランドですよ?」
ホワイティアイランドという言葉には反応で来た。対局の地。碁に関することなら集中力はなんとか働く。拷問にも似た移動もようやく終わりだ。
顔が寒い⁉ それにいつの間にか雪が降ってる。スピードを落として空中で停止した。ようやく周囲が見渡せる。
ホバリングでいるここはホワイティアイランドの上空らしい。どうやら周囲は海の小さい島のようだ。
「着地しますので足元に注意してくださいね?」
そのままゆっくりと下降していくとイザベルちゃんはふわりと着地したが俺はグシャッという感じで雪に埋もれた。ともあれ、ようやく足をつけることが出来た。足はがくがくしてるけど一安心だ。
しかし本当にここでいいのか? あたり一面雪景色だ。雪も降ってるから遠くの方までは確認できない。相手の中ボス、スノーゴーレムだったかな? そいつはもう来てるのか?
「イザベルちゃん今何時? 俺時計とか持ってないんだけど」
「ちょっと待ってくださいね、今12時40分ですね」
「20分前か、遅刻じゃなくてよかった」
遅刻じゃなくても対局しなかったら遅刻になってしまう。誰もいないし何もない。場所違うんじゃないのかと思ってしまう。
「たいよう様ごめんなさい、一つ言いにくいことがあるのですが、イザベルが案内できるのはここまでなんです」
「へ?」
言いにくいと言いつつ結構あっさり言った気もするけどいったいどういう事?
「ティーナ様が王妃様の外出に同行してるのでティーナ様のお城での仕事をイザベルがやらないといけないんです」
「そうなんだ、それじゃあ仕方ないね…ってちょっと待った⁉ こんなところに一人で放り出されても困るよ⁉」
「大丈夫です、後でちゃんと迎えに来ますから。そうだ忘れないうちに、たいよう様に渡すものがあるんです。このリュックの中にお食事が入ってます。ティーナ様に言われました。それと冒険者様の記録によるとここから少し歩いたところにコテージがあるそうです。多分そこが待ち合わせ場所じゃないでしょうか?」
言葉の感じから早く城に戻りたそうに見える。この子結構Sっ気が強いぞ。俺を放置プレイにしようとしている。
「それじゃあたいよう様、終わりそうな頃に迎えにきますね」
そっけなく言うと事もなげに飛んで行ってしまった。まじかよ…、本当に迎えに来てくれるのか心配になって来た。
とりあえず渡されたリュックをしょって防寒着の着崩れを整える。仕方ないと思い、この防寒着がなかったらあっという間に体中の熱が持ってかれそうな景色の中をとりあえず歩くことにした。
少し歩けばコテージがあるというけど本当かよ。地平線ならぬ雪平線しか見えないというのに。しかし帰ろうにも帰れないから信じていくしかない。
歩くこと数分、ぼんやりとだが建物らしき影が見えてきた。
「あれか⁉ コテージか⁉」
砂漠でオアシスを見つけた気になった。あそこに行けば誰かいる。違うな、いるとしてもスノーゴーレムだろ?
何でもいい、とりあえず室内に入りたい。ロープレでいうとゴーレムってのはでかい奴だよな? コテージに入りきれないんじゃないのか?
素朴な疑問を抱きつつもコテージの前にやって来た。思ってたよりもしっかりとした木造のコテージだった。
外観の安心感のある雰囲気とは裏腹に人の気配を感じられない。
「呼び鈴のようなものはないな」
よく見るとドアの前に紙が貼ってあるのに気付いた。
中ボス戦 第一局目対局場 ホワイティアイランドコテージ
対局者
赤星 太陽
スノーゴーレム
コミ 六目半 互先
持ち時間各40分
秒読みなし、先に持ち時間を使い切った方が負けとする
尚、先にコテージに着いた者が黒番、後に着いた者が白番とする
では両者の健闘を祈る
老魔導士
「どうやらここで間違いないようだが……、ルールが40分先に使い切った方が負けって、アマチュアの大会と同じじゃないか」
少し拍子抜けした気分だ。持ち時間三時間くらいを予想していたから。この対局はあっという間に終わってしまいそうだ。
ここが対局場なら遠慮なく入れる。中はちょうどいい気温に保たれていた。驚いたことにデジタル時計のような数字が宙に浮かび上がっていて12時45分を示している。開始まであと15分ある。
リュックの中に食事が入っていると言っていたのを思い出したので開始までに食べておくことにした。サンドイッチといちご、そして水筒のような入れ物にはホットコーヒーが入っていた。元の世界のような昼食でほっとする。
「うまい、やっぱりシンプルな食事が一番いい気がする」
浮かび上がっている数字は12時59分になった。開始まであと1分。
その時奥の部屋にお進みくださいという声が聞こえてきた。
「うわ、どこから聞こえてきたんだ?」
言われた通り進んでいくと一転して和室のような部屋があり、中央には足つき碁盤と碁石が置いてあった。
なるほど、ここで待てと言いたいんだな。座ったと同時に俺の左側に40の数字が浮かび上がった。どうやら持ち時間を示しているらしい。前の対局者のところにも同じように40の数字が浮かび上がった。
間もなく開始時刻の午後1時になったが、対局相手はまだ現れない。相手側の時計が1秒ずつカウントされていく。
「どうなってんだ?」
まさかこのまま時間切れで俺の勝ちとか? それはそれでラッキーだけど。
「す、すいません…」
あれ? 今誰か来たような……。
「すいません、どなたかいらっしゃいますでしょうか…?」
やっぱりだ、気のせいじゃない。誰か来た、対局相手か? それとも誰かが道に迷ったとか。もしそうだったら大変だ、命に係わる。
すぐに玄関に行ってドアを開けた。するとそこにいたのは、一人の美しい女性だった。俺より一つか二つ年上みたいだ。艶のある美しい黒髪に雪のように白い肌。驚いたことに日本の着物のようなものを着ている。冒険者には見えないし、対局者であるゴーレムじゃないだろう。ゴーレムのサイズじゃない普通の人間と同じだ。じゃ一体誰だ?
「あの、どちら様でしょうか?」
「もしかしてあなたが赤星さんですか? わたしは本日対局することになってるスノーゴーレムという者ですが…」
「まじで…?」
一瞬固まってしまった。この人ゴーレムなの?
「あの早く入ってください、ドアの張り紙見ましたよね? もう対局時間すぎてますので持ち時間どんどん減っていってますよ?」
正直何が何だかわからないがとりあえず対局を始めるように促した。
スノーゴーレムさんの持ち時間は5分ほど減っていた。
「遅れてしまってすみません…、わたしが白番ですね…、ではよろしくおねがいします。」
「こちらこそよろしくお願いします」
これじゃお見合いだ。本当に中ボスなの? 中ボスって事はそこそこ強いんでしょ?
こんな時こそ、シースルーアイ発動!
……………? ちょっと待ってくれ、アマ初段? 棋力レベルⅭだって?
アマ初段では相手にならないぞ? 9子置けば何とか…、でもハンデなしの互先と張り紙に書いてあったし…。
とにかく打ってみよう、俺は右上隅の星に打った。スノーゴーレムさんも同様に反対側の星に、そのあとお互い星に打ち隅は星になった。
「自己紹介と言いますか…、わたしは老魔導士様の魔力で造られた雪のゴーレムなんです…」
「へー、そういうことか。俺はてっきりもっとでかいのを想像してたからさ」
話をしながらも一手一手進めている。俺が打った手にスノーゴーレムさんは無難な手、定石をうっている。確かに初段くらいはあると思う。しかし定石で対応できるのは序盤まで、序盤までならプロもアマも差はない。本当に実力がわかるのは中盤からだ。
俺が相手の星に小ゲイマがかりを打った手に対してスノーゴーレムさんはケイマに受け、その後俺は二線にスベリを打ち、スノーゴーレムさんは隅の3三に受けて俺は二間にヒラキを打った。この五手が定石の一つであり最初に覚える定石でもあるだろう。
この手順でお互一回ずつ行った。持ち時間の消費もお互い妥当なところ。
今のプロならこういう普通の打ち方はしない。俺はスノーゴーレムさんを見極めるために打ったんだ。そしてここまでの14手で確信した、スノーゴーレムさんは定石に頼りすぎている。
15手目に俺は隅の3三に打った。序盤での3三は奇手だ。
「……え? そ、そんな手を? わたし…、困ってしまいます……」
思った通りスノーゴーレムさんは応手に困り動揺を隠せないでいるようだった。
序盤での3三は一昔前なら悪手とされてきた手だ。3三の実利はそんなに大きくはない。3三の実利よりも代わりに相手に築かせた厚みの方が有効とされている。
棋士によっては弟子が序盤で3三に打とうものなら破門することもあったという。
「……困りましたわ……、わたし…、まだそういう経験がなくて……」
スノーゴーレムさんはもじもじと体が揺れている。わかりやすく動揺しているみたいだ。
「……赤星さん、そんないやらしい手を打つなんて……、恥ずかしいです……、体が熱くなってしまいます……」
「え? 恥ずかしいってどういう事?」
「わたしの体は雪をもとに作られていますので熱に弱いのです……。火照った体ではよくないのです、あの…、熱を冷ますために着物を脱いでもいいでしょうか……?」
「ええ⁉ き、着物を脱ぐって、裸になっちゃうじゃん⁉」
今度は俺がわかりやすく動揺している。攻守逆転してしまった……。
続
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