異形道中膝栗毛
地酒九合
プロローグ
プロローグⅠ•始まりの出会い
「安くならないか?」
この言葉を聞くたびに頭痛がする。
俺は求められる以上のものを作ってる自信も、無茶な要求を実現させてきた誇りもある。
しかしコイツはなんなのだ?会うたびに開口一番これだ。最近、コンサルタント会社も導入して値下げの声はさらに多くなった。
「うちは規定の料金以上の請求もいたしませんし、逆に値下げもしませんよ。先生」
「そうか、実はきみの会社より低くやってくれるところが見つかってね。今日で契約を切らせてもらってもいいかな?」
この業界の常だ。契約は一方的で仕事は両方向から攻め立てられる。
常にオーダーメイド、一品ものを作り続けて行く俺たち職人は、それを捌くこの男たちに寄って辛酸を舐めさせられる。
(感謝されるものを、か。親父、俺はもう折れそうだよ)
景気の坂が急転直下の大下落を見せる直前に会社を起こした親父は、その煽りをモロに受けた。会社は傾き、社員は引き抜かれ、それでも残った社員で一丸となって守った。俺が生まれても親父は仕事していたくらいだ。
そんな親父は働いて、働いて、死んだ。持病の悪化であったが、過労死と言っても過言ないだろう。親父はそれくらい会社と社員を愛していた。お袋はそんな親父を愛していた。でも俺は親父が嫌いだった。
親父は俺に「搾取する側になれ」と、かなりの無茶を言ってきた。金に物を言わせて人を転がし、俺の人生を滅茶苦茶にした。そんな人をどうやって好きになれと言うのか。
しかし、俺に残ったのは業界の中途半端な知識と指先の器用さだけだった。俺は結局大っ嫌いな親父と同じ道を選び、会社を継いだ。
子供の頃から聞いた、親父の口から漏れる呪詛の通り、取引先は概ね最悪の人種ばかりだった。一時的にそちら側に身を置いて勉強していた身としては「そう言うだろうな」っと思うものもあったが。
俺たち職人を守る法は団体の圧力で捻じ曲げられ、さらには有名無実のとなった文言の粗を突き、ひたすら安く買い叩く。そんな奴らばかりだった。
「どうかな?」
恫喝のつもりなのか、俺に期待した目を向けるこの男もそういった人間の一人だ。私利私欲を肥やすために、少しでも安く仕入れようとする。これが俺と同じ二代目で親父と懇意にやってきた先生の息子なのだから笑いがとまらない。
あの優しい人から何を学んだのだろう?
「……わかりました。先生、今までありがとうございました」
俺は拒絶の言葉を残し、席を立った。
ここにはもう来ない、そうと思うと少し物悲しい気分になる。俺はわざと足跡を残しながら、子供の頃からよく通った扉を潜った。
帰り道は雪深く、足を取られかねない悪路であった。
外れた天気予報に悪態をつきながら帰社の道をいく。環状道路を抜け、山の中に分け入っていく。
親父はなんでこんな辺鄙なところに会社を作ったのだろう。春になれば熊も猪も出るような山道だ。途中からアスファルトも消え、剥き出しの地面に雪が深く積もっている。途切れ途切れのガードレールを目印にようやく目的地、会社兼自宅に到着した。
「ただいま」
その声に応える人はもういない。みんなを引っ張った親父も、親父を信奉していたお袋も、会社を支えた社員も、誰もいない。ただ一人、俺は工場の電源をつけ、黙々と作業を行う。
出かけている間に3Dプリンターで出力したモデルに人力で調整を行う。進み続ける技術でも調整は人の手でなければできないのだ。最終的に金属に置き換え、最終調整を行い、完成品を梱包し、取引先に発送する。何年もやってきた仕事、事務員さんが辞めて梱包も俺の仕事になった。この広い、二階建ての建物で今、動いているのは俺だけだ。ふと涙が溢れた。
––––さみしい
孤独とはかくも辛い物だったのか。俺のヘマを怒鳴る親父も、それを諌める熟練の職人さんも、笑い声が絶えない事務員さんも、もう誰一人としていない。
振り返って作業場を見ても、物置き場となった物言わぬ作業台が並ぶだけだ。俺は裾で目を擦り、作業に戻った。
誰も過ぎた時を戻すことなど不可能なのだ。
しばらく後、作業を終え、自宅に移り、何もせずにいた。人は疲れると何もできなるのだ。
多忙に耽り、趣味の事ができなくなって、もう何年が経っただろうか。二階の自室に何年も入っていない、道具のメンテナンスすらできていない状況だった。きっともう使い物にはなるまい。
掃除も儘ならず、埃の積もった床を何もせず眺め、時間が来たら寝る。そんな毎日だった。ただ抜け殻のように、じっとしている。
すると玄関のベルがなった。
あまりのことに驚き、体が飛び上がる。手放していた意識を全力で立て直し、玄関へ向かった。この山奥の工場にやってくる人間など、碌な物ではない。気構えを改に、意を決して扉を開けた。
「どなたですか?」
●
ココは壊れた金属の茶器を抱え、暗い道を泣きながら歩いていた。
あわてん坊の相棒が壊してしまったこの金属の茶器。これを直せる人を探す為だった。しかし、屋敷から少し離れた街に降りようとして迷ってしまったのだ。一応メイド長と執事には了承を得て屋敷を出たが、それでもここまで遅くなればなんと言われるかわからない。もしかしたら預かったお金を持ち逃げしたと思われるかもしれない。
不安からか、さまざまな怖いことが頭の中に浮かび、その度に足を急かす。しかし、雪に覆われた獣道はもはや道とは言えず、元の道に戻ることも叶わなかった。ココはそれでも泣きながら歩き続けた。彼女の責任感と子供ならではの行動力がそうさせたのだ。鼻を啜り、涙を飲んで歩いた先にようやく、よくやく人の明かりを見つけた。もはや人のそばなら誰でもよかったココは一目散に駆け抜け、玄関についていたベルを引いたのだ。
「■■■■■?」
男の人の声だった。しかし言葉の主の姿を見て、ココは声を上げた。
その人には全身に毛がなく、また顔が真っ平だったのだ。
自分と全く違う。
あまりのことに怯えて震えていると、向こうも驚いた顔をしている。お互いがしばらく扉を挟んで固まった。しばし時が経ち、先に立ち直ったのは男性だった。手を差し出しココに声をかける。
「■======」
聞き取れる、それが言葉なのだと理解できるが、まるで意味がわからない。しかし、手を差し伸べて、扉を開けてくれたのだ。ココは怖かったが、差し出されたその手を見てまた声を出した。毛がなく、爪もないその手は、だが確かによく見た人と同じで、指先を黒く染めた職人の手だったからだ。
ココはとりあえず、信用することにした。おずおずと入る扉の奥は、とても暖かかった。少し暑い気がしたが、きっと毛がないこの人にはとても寒いのだろう。ココは茶器を抱えて案内されるままに奥へ進んだ。そこはしっかりとした応接間で、黒いソファーが並んでいた。おそらく男の人と思われる、毛のない人はガラスの筒に黄色い液体を注ぎ、ココの前に出してくれた。茶器を机に置き、それを受け取る。なんだかすっぱい匂いがする不思議な液体だった。
これで何をすればいいのだろう?
毛のない人と筒を交互に見ていると、毛のない人は机の上の壊れた茶器を持ち上げていた。それを持っていかれたら困る、机の上に筒を置き、持ってココは持っていかないで欲しいと泣いて頼んだ。しかし、毛のない人はココを無視して、茶器破片の全てを持ってどこかに行ってしまった。
扉が閉じ、鍵がかけられ、ココは絶望した。
悪い人だったんだ!
ココは泣いて扉を叩こうとしたら、けたたましい音がなり、それを止めさせた。だがココはそれが聞いたことがある音だと思い出した。金属に何かを擦りつける音だ。あまりの不快な大音に耳を震えてうずくまったココはこの家に来たことを後悔していた。
––––神様、どうか助けてください!
その祈りは、音が止み、扉が再び開くまで続いた。扉を開けた毛のない人はそっと机の上に持っているものを置いた。それはなんと美しい茶器がであった。ココが驚いて立ち上がり、それを受け取って、声割れた部分を見てみたが、継ぎ目が分からない。
こういう金属を治す時は継ぎ接ぎが見えて見栄えが悪くなってしまう物だが、手の中の茶器にはそれが無く、表面をつるりと光らせていた。
ココが驚いていると、男の人はガラスの筒の黄色い液体を器に移し替えてくれた。そして、もう一つそれを用意して、顔の下の方にある穴に流し込んだのだ。
そこでココは理解した。
あの穴は多分口で、この黄色いものは飲み物なのだと。
口が尖っていないからあの形が飲みやすいのだと。そして、器に移してくれたこれは、自分の分なのだと。ココは意を決して、黄色い液体を口にした。
甘い、そして酸っぱい。
嫌いじゃない、むしろ好きな味だ。ココはあまりの美味しさに、ついつい舌が動き、最後まで一気に飲んでしまった。毛のない人がココを見て、多分、嬉しそうに笑っていた。少し恥ずかしかったココはここで預かったお金の事を思い出し、毛のない人に袋ごと手渡した。袋から取り出した金色の硬貨を、毛のない人はしげしげと見て、何か考えている様子だった。しばらく考えた後袋からコインを何枚か取り出して、残りをココに返した。ココは受け取った意思表示だと思い、お礼を述べた。
そうしているうちに雪が止んでいた。
––––帰るのは今しかない。
ココはそう考えると、茶器を抱えて玄関に向かおうとした。しかし、毛のない人が肩を掴んで止めた。何事かと思っていると、毛のない人が首を横に振っていた。再び悪い予感がしたが、今度は信じてみることにした。
一旦部屋を出た毛のない人は、大きな箱を持ってきた。直った茶器をその箱にいれ、何か柔らかいもので周囲を包んで、袋に入れてくれた。これなら大きな茶器でもココも持ちやすかった。
ココは改めてお礼を言い、白い地面を踏み、空いた手を大きく振りながら外に出る。しばらく歩いて後ろを振り向くと、鬱蒼と茂った森が視界を封じ、さっきまでいた建物は見えなくなっていた。
●
朝いつもの時間に起きて、いつも通り歯を磨き、顔を洗って、俺は昨日起こった出来事を思い出していた。
「いや、おかしいよ。なんで玄関開けたらケモメイドが鳴き付いてくるの?」
もちろん外はいつも通りの風景だ。水道もガスもいつも通り、当たり前だが電気もつく。しかし、客間の机の上には御代としてもらったの硬貨が残されている。
どうやら現実に起こったことのようだと俺の脳に言い聞かせていた。
改めて硬貨を見る。携帯端末を片手に調べるが、やはり現行のものも、古いものにも似たようなものはない。硬貨といより小さなメダルと言っていいような綺麗な円の硬貨は、どこか500円玉に似ていた。つまり高い鋳造技術の産物だ。
「都市伝説、いや、怪談かな?」
どうやらうちはマヨイガよろしく、あの犬メイドさんを助ける役割を持ったようだ。彼女は壊れたなんか食器見たいのを抱えていたから預かって、レーザーと金ロウで止めて、磨いただけなのだが大層驚いた様子だった。それがおかしくてついつい笑顔になったってしまった。
「さて、いいことしたんだから今日くらいはいいこと起これよな、っと」
そう言って、工場の電源を入れる。
●
「今日今朝未明、〇〇県〇〇市、■■の山中で火事がありました。消防の発表では、爆発のような音の後炎が上がったのを見た、との通報があり、消防が駆けつけたところ、建物に火の手が上がっており、消化活動の末、火は消し止められましたが、株式会社■■の住居兼事務所の二階建ての建物が全焼する結果となりました。現場は同社の所有地内で、住んでいた男性の安斎・はじめさんの行方がわからなくなっております。また、現場からは身元不明の遺体が一人見つかっており、行方不明の男性との関係性を調べており……」
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