魔女とヒノの旅路

森林梢

第1話 質と量①

「マーちゃん! 見て見て! あそこ!」

「いや、だから、私、見えないんだって」

「そうだった! 忘れてた!」

ヒノの甲高い声が、左の鼓膜を震わせる。

きっと、満面の笑みで、馬車の窓から身を乗り出しているのだろう。

……その姿を、私は見ることが出来ない。

目を開けられない私は、恩人の顔さえも知らないのだ。

「お、落ちるぅ! マーちゃん! 助けてぇ!」

「えっ! ちょ、ちょっと待って! 左側だよね!? えっと、これかな? えい!」

足らしきものを引っぱって、ヒノを馬車の中へ戻す。

細くて、滑らかで、骨ばっていた。

本人いわく『サラサラの黒髪が似合う、ナイスバディのエレガントレディ』らしい。

勿論、嘘だ。見なくても分かる。

身長や身体つきからして、十四~五歳くらいだろう。貧乳だ。私よりも小さい。

ただし、髪は本人の言う通り、さらさらの長髪。髪色に関しても、おそらく嘘は言っていない。

……それが、私の知るヒノの全て。

無事、馬車の中ほどまで戻ってきた足首を放す。

すると、何事もなかったかのようにヒノは笑った。

「あははっ! びっくりした!」

「こっちの台詞だよ……」

本当にびっくりした。心臓が止まるかと思った。

反省していない様子の彼女を軽く注意する。

「お願いだから、あんまり驚かせないで。何かあった時、私じゃ守り切れないから」

「大丈夫! 自分の身は自分で守るから! マーちゃんのことも守るよ!」

「はいはい、ありがとう。でも無茶はしないでね」

「分かってるって!」

嘘だ。絶対に分かってない。

その証拠に、ヒノはまた窓の方へ近づいている。それくらいは音で分かる。

彼女が嬉しそうに叫んだ。

「そんなことより、あれ見て! 画家さんがいるよ! イーゼル立てて、何か描いてるよ!」

「……ほう」

それは、【魔女】という異名を持つ画家の私にとって、聞き捨てならない情報だった。


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