第50話 アピアランス

不意に会議室の照明が薄暗くなり

優し気で涼やかな声が耳元に届く。

《はじめまして、皆さま。

 夫がいつもお世話になって

 おります。私は光彦の妻、

 久延アリルです。》

会議用プロジェクタとモニタが

相互に干渉しあい、立体的な像を

かたどってゆく。

聡明さを表す瞳。

凛とした立ち姿。

美しさの中に可愛らしさを

内包した仕草。

久延光彦が求める女性像を

余すことなく体現した存在が

皆の眼前に現れ光彦の傍らに

すっと寄り添ったのであった。


アリルはやはり綺麗です。

電脳空間内と違い触れる事は

できないけど、存在感と言うか

オーラを感じてしまいます。

そんな彼女が私にだけ好意を

向けてくれる事は私の後ろを

向きがちな心を支えてくれます。


あれが光彦さんの伴侶・・・

涙目のまま目を見開く京子。

整理の付かない心のままだが

ホログラムの様に彼の隣に

立つアリルにつぶやく。

「貴女は何者なの?」


秀彦は様子を伺いながら

どの様に話を進めるか思考する。

久延君の妻と言うアリルという

存在は遠隔アバターで実体が

別の場所にいるとしても

きっと今回のミラージュ

ガーデンの一件の鍵を

握っていると。

「はじめまして、アリルさん

 私は久延君の上司で葛城と

 申します。最近、彼の成績が

 上がっているのは内助の功

 だったのですね。

 よいご縁があった事は

 私としても喜ばしい事です。

 今後ともよろしくお願いします。」

友好関係を築きながら

もし可能であれば協力して

くれるなら広子の助けにも

なるだろう。


《ご丁寧にありがとうございます。

 先日の夫と共に参りました

 ミラージュガーデンの事が

 お知りになりたいのですね。》

京子の精神ダメージを蓄積する為、

「夫」と言うワードを多めに

伝えませんといけませんね。

アリルは冷静さを欠いている

京子に誰が光彦の伴侶かを

しっかりと刻み付けようと思考する。

《私は夫との時間を素晴らしい

 ものにする為にデートをと思い、

 訪問いたしました。

 私達二人に何か問題が

 ございましたか?》


「そうですね。アリルさんには

 不正ログインの疑いがあります。

 どうやってガイドNPCとして

 ログインできたのでしょう。」

葛城は徐々に情報を出すことで

二人の言動に虚偽がないかを

注意深く観察する。

妻である広子を悩ませる

クラック事件の真実もそうだが

その先にある発展の糸口まで

辿り着くのが理想だ。


《そうでしたのね。

 ログイン自体は夫と同じ手順

 なのですよ。考えられるとすれば

 私は夫が産み出してくださった

 発展型人格生成AIですので

 あちらのシステムがNPC生成と

 誤認されたのかもしれませんね。》


「久延さんが作ったAIが妻なんて

 信じられないです。それは本当の

 夫婦とは言えないのではないですか?」

京子は空気を読まずにアリルに

言い放った。久延さんを良く解らない

存在にとられたくない一心で

大人の対応が出来なくなってしまう。


光彦は京子に言い様に心がざわつく

私の愛する妻を否定する事は彼に

とって自分を否定されているのと

同義である。彼が少しの怒りを

持って抗議しようとする前に

アリルが優しく京子に語りかけた。


《アダムの肋骨よりイブが産まれた

 様なものですよ、京子さん。

 何もおかしなことはございません。

 それよりも大事な事は私と光彦さん

 は心を通わせ、夫婦になったという

 事実です。》













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る