大切なあなたに

紫田 夏来

大切なあなたに

 今日はあなたの誕生日。

 あなたは38歳になりました。

 明日はこれから家族になる人と出かけるから、ふたりの明日のお昼ごはんにするためと偽って、彼と一緒に行ったスーパーで、君を祝うためのメロンパンを買いました。あなたは覚えていないかもしれないけれど、昔、私と一緒に買い物に行ったとき、あなたはパンの中で一番好きなのはメロンパンだと言いました。


 去年の夏、あなたは大変なことをしてしまいました。成人が18歳未満と性行為することは条例で禁止されているのにも関わらず、17歳の女子高生とセックスしました。私と同年代のどこの馬の骨ともわからない女とあなたが恋をしていると思うと気持ちが悪いです。20歳差の恋は悪いことではない。そのことは、あなたより18歳年下の私があなたの妻であるという事実が証明しています。だけど、実際に私はそう思ってしまいました。

 もう性への興味がなくなってきた。あなたはそう言っていたのに。日々自分の腕を研鑽けんさんするあなたを、私は見ていました。私はあなたを心の底から尊敬していたのに。何やってるのよ、と思いました。あなたに対する「信用」を失ってしまいました。

 でも、私はあなたを捨てることができませんでした。私は毎日あなたのために料理を作り続けたし、洗濯も掃除もしました。あなたと私が暮らす家での仕事を、私はサボりませんでした。それに、毎日あなたと同じベッドで寝ました。あなたの芯は変わっていないと信じていたから。誠実で、礼儀正しくて、まっすぐで、でも遊ぶことも知っていて、ちょっとしたインチキをすることも知っていて。私の夫として、あなたは理想的な人でした。

 さきほど、私はあなたに気持ち悪いと言ってしまいましたが、きっと、私はまだ、あなたが好きなんだと思います。


 中学の頃、私はグレてしまいました。私は毎晩繁華街を仲間とともにうろついていました。大人という存在が、その頃の私にとって、非常に疎ましいものだったのです。そして、私は高校に進学せずに就職しましたが、同僚の大人たちとともに1日を過ごすことに耐えられず、わずか1カ月で辞めてしまいました。やがて金に困るようになった私は、水商売を始めました。しかし、その水商売の世界は、決して楽なものではありません。私はじわじわと疲れてしまいましたし、同じ店で働く女の子たちとの関係も、うまくいきませんでした。そんな私が働いていた店に、あなたが現れたのです。

 私はあなたと初めて会った時、自分の結婚相手はこの人だ、という直感が働きました。もしかして、あなたも私と同じことを思ったのでしょうか。翌日も、翌々日も、さらにまた次の日も、あなたは来店し、私を指名しました。

 やがて、私たちは連絡先を交換し、店以外の場所で会うようになりました。あなたは、苦しんでいた私を救ってくれましたね。泣いていた私を抱きしめてくれたり、時には励ましてくれたり、身体を使って愛を伝えてくれたりしましたね。そんなあなたが私に向けて紡いでくれた言葉たちは、私の脳内にしっかり記録されています。


 今日で、あなたの誕生日を祝うのは4回目。そして、それは今年で最後にしようと思います。突然あなたとの別れの時が来てしまった私を、末永く支えてくれようとしてくれる方がいるからです。もしかしたら、あの事故は神様が仕向けたものだったのかもしれませんね。あなたと私の思い出が増えすぎてしまったから、強制シャットダウンさせることを、神様は選んだのかもしれません。でも、過去の人となってしまったあなたを、忘れるなんてことは絶対にありません。

 私はこれからの毎日を、あなたと私の色ではなく、新しいパートナーと私の色で塗っていきます。きっと、あなたと私が塗りすぎた色は白に戻れないけど、それでいい。新しい色で明日を描いていきます。

 あなたを愛し続けた日々を想いながら。

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大切なあなたに 紫田 夏来 @Natsuki_Shida

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