けれど、人は絶望には勝てない
昨日、母ちゃんの訃報が届いた。俺は会社を休み、新幹線で実家まで急いだ。上司に「君はいつも忙しそうだね」と、嫌味を言われた。周りの視線も冷たい。
親父が死んだ時、母ちゃんは泣かなかった。俺が家を出たときも母ちゃんは止めなかった。でも、たまに電話はかけてきた。今度はいつ帰る?やお金は足りてる?など、いつも心配ばかり。小さいころ、母ちゃんと二人の生活はギリギリだった。母ちゃんはパートで家にいない。俺が寝た時間に帰って来て、俺が起きる前に仕事に出る。だから、母ちゃんと喋ることは少なかった。けれど、母ちゃんがいつも俺のために作ってくれる、オレンジジュースを固めた氷のお菓子は大好きだった。
18歳で上京して、今年で35歳。忙しない都会の生活にも慣れていた。仕事を詰める毎日であったため、もう何年も実家に帰っていない。電話ぐらい、かければよかったな。
そして、実家に到着した。緊張しながら、母の姉に案内されて、自分の家に帰る。部屋の中はあの頃のままだった。幼稚園の頃の俺の写真、俺が母の日に描いた家族の絵。数ページしかないアルバムをめくりながら、俺は母親との思い出に浸っていった。子供の頃の写真や家族の楽しいひと時が蘇り、俺の心は温かさに包まれていく。
喉が乾いて、俺は冷蔵庫の中を開けた。中には野菜や麦茶、ヨーグルトなど母親らしいラインナップだった。ふと、冷凍庫の方も見る。中にはオレンジ色の氷が製氷皿に詰まっている。俺が好きだったお菓子だ。
俺は学生の頃から特別になれないことは知っていた。俺より才能あるやつらも、俺より努力してきた奴らもみんなすごい。彼女すらできたことがないから、このまま誰にも愛されずに死んで行くのかなって思った時期もあった。
でも、違った。
ごめんよ。母ちゃん。早く嫁もらえるような息子になれなくてごめん。30過ぎても会社で怒られるような息子でごめん。孫の顔見せれなくてごめん。家出たきり、ろくに帰らなくてごめん。なんの親孝行もできなくてごめん。
旅行に連れてってやりたかった。もっと良いところに引っ越して欲しかった。もっと良いもの食わして、もっと良い生活を送れるような息子になりたかったのに。ごめんよ。ごめんよ。
結局俺はダメな人間だ。
俺が床に膝をついて泣いていると、冷蔵庫に止められた磁石が剥がれ、紙切れが落ちてきた。俺に宛てた手紙だった。
仕事、頑張りなよ。真面目に働くあんたが好きだよ。PS、体には気をつけて あんたの母ちゃんより。
色んな感情でいっぱいになった。
母ちゃん...。ありがとう。産んでくれてありがとう。大切にしてくれてありがとう。味方でいてくれてありがとう。
俺は氷を食べた。金がなかったから、スーパーで一番安いオレンジジュースだ。でも、この世で一番大好きな味だった。
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