卒業を待つ彼らは、夜を過ごす
田中ヤスイチ
プロローグ
流れ星に三回、願い事を唱えることができれば叶うという迷信を今から信じようと思う。そんな子どもじみた迷信に今はすがりたい気分なのだ。
『卒業式が来ませんように』
『卒業式が来ませんように』
『卒業式が来ませんように』
目をぐっと強く瞑り、両手をぎゅっと強く組み、唱えた。
流れ星が流れたかどうかは知らない。だが、こんなに静かで、星が煌々と輝く夜なのだ。きっと流れていたはずだ。
中学校を卒業したくない。
まだ、やりたいことがある。あの子達とやらなければならないことがあるのだ。
『あの子達とまだ生活できますように』
『あの子達とまだ生活できますように』
『あの子達とまだ生活できますように』
念押しをしよう。別の言葉でも願い事を唱えようと思う。
今日は、卒業式二日前、三月六日の夜。卒業式は明後日、三月八日。その日になれば、中学校を卒業する。あの子達ともお別れだ。
時計がカチカチと音を立てている。あともう少しで、短針と長針が12の位置でぴったりと重なる。丸時計の下側、6の真上には、液晶画面があり、日付と時刻をデジタルで表示している。それもあと少しで変わるだろう。
二階にある自室の窓を少し開ける。夜風が差し込み、机の上に積まれていたプリント類が数枚、空中に舞う。それらが重力に負け床へ落ちていく様子を目で追う。音もたてずに床に落ちたプリントの文面を読むことができる。
【学級通信 三月号~卒業おめでとう~】
題名だけ鉛筆で手書きしたものをスキャンして、貼り付けているのだろう。印刷が粗く、文字もワープロのものと比べると汚い。
気付くと時計は、長針が短針を追い越してしまっている。液晶画面にも0が多く並んでいる。
『明日が来ませんように』
『明日が来ませんように』
『明日が来ませんように』
願うために、閉じていた目を開いたとき、夜空に一筋の細い、細い光が消えていったような気がした。
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