第46話 真犯人
「と言うわけで、今度のボレアスの尋問は私が行うことにしたから。貴方は適当に休暇でも取りなさい。これは命令よ」
王宮に戻るなり、セレナはメルトラの部屋に押しかけると、開口一番にそんな命令をメルトラに言い渡した。
何がというわけでなのかを知る由もないメルトラは、当然のことながら困惑し口をパクパクさせていたが、元々反論など一切受け付けるつもりもなかったのだろう。
一方的に休暇届けを叩きつけたセレナは、メルトラから捜査資料を強奪すると。
翌日、意気揚々とそのまま僕を連れてボレアスの尋問に向かった。
ボレアスは現在、王都地下に存在する大空洞の監獄に収監されている。
元々は魔王の襲撃の際に逃げ込む用の地下壕として使われていたその場所は、現在はその堅牢さと侵入の難しさから、現在死刑囚のような凶悪な犯罪者を閉じ込めておくための監獄として使われている。
薄暗くて不気味……そしてすごく寒いこの監獄は、迷宮よりもよっぽど怖い場所であり、そんな場所の最深部……何重にも鍵がかけられた巨大な牢屋の前に僕とセレナは到着をする。
「セレナ様、王の足様……罪人は現在、魔術による拘束呪文による全身の拘束に加え、オリハルコン製の手枷を二重にかけた上、足には左右100キロずつの鉄球をつけた足枷を装着し、その上で全身を牛革のベルトで固定して磔刑状態にし、目隠し、くつわにより一切の行動を取れない状態にしてあります。本日は尋問につき、外すのはくつわと目隠しのみとなりますが。相手はご存知の通り一筋縄ではいかない相手。万が一がございますのでくれぐれもご注意を……」
「ご苦労様……後は私に任せてちょうだい」
看守の説明に対し、セレナは短く了承の意を伝えると。
看守は牢屋の鍵を開け、部屋の中の松明に火を灯す。
すると明かりに照らされた暗闇の中から、全身を拘束されたボレアスが現れた。
「……よぉ、お二人さん。お見舞いとは随分とお優しいことですねぇ」
くつわと目隠しを外されたボレアスは、まるで昼寝から目覚めた後のような気軽さでそんな軽口を叩いてくる。
当然、尋問を受けると言うことはわかっているのだろうが、その表情は余裕に溢れていた。
「なるほどね、その余裕。既に事件から一週間が経過しても、なんの情報も得られないわけね。メルトラが疲れ切った顔してたわよ?」
言葉とは裏腹にセレナは予想通りと言った様子でボレアスの軽口に対しそう返すと。
ボレアスは屈託なく「そりゃいい気味ですね」と笑った。
あいも変わらずこちらを小馬鹿にするような態度に、セレナは少し肩をすくめると
牢屋の前に座って持っていた羊皮紙を開く。
昨日メルトラから没収していた捜査資料だ。
「もう一度聞くけれど、依頼主の情報を吐く気になったかしら?」
にこりと笑ってセレナはボレアスにそう問いかけると。
ボレアスはため息を一つ付いて。
「もう一度言いますが、依頼主は売らねーです。腐っても冒険者ですんでね」
悪態をつくようにそうかえした。
「まぁそうよね。貴方変な所で頑固ですもの……そして、同じぐらい甘ちゃんよね。私を笑えない程度には……」
暗殺未遂の時、甘ちゃんとボレアスに言われたことをセレナは根に持っていたようだ。
「何が言いたいんです?」
「貴方、一回目と二回目の暗殺の時、フリークに王子の身代わりになるよう頼んだそうね。そんなに王子様を殺したく無かったのかしら?」
セレナの質問に、ボレアスは何か警戒をするように一瞬だけ眉を顰めた。
「……確かにおっしゃる通りですよ。依頼主には王子も殺せって言われてましたが、俺にだって良心はありますからね。子供を殺すってのは大人のやることじゃありませんから」
「そう、でも王子様がいなくても王様の暗殺は可能だったのではないかしら?遠方にいる依頼主を騙すなら、お得意の口八丁で誤魔化せば良いだけだもの……だけど貴方は変わりを立てた、そうせざるを得なかった理由があったんじゃないかしら?」
にやりとセレナは不敵な笑みを浮かべると、ボレアスは表情を強ばらせて言葉に詰まるが。
「なるほどね、依頼主は王宮にいて、俺の仕事を監視していたって言いたいんですね? でも残念、それはハズレですよ。俺がフリークを王子の身代わりにしたのは、邪魔だから殺してやろうと思っただけです。文字も読めねーくせに、運だけで金持ちになりやがって。一人じゃ何もできねーくせに欲しいものは何もかも手に入れていくこいつが気に食わなかったんですよ。だからあわよくば王子の代わりに死んでもらおうと、計画に巻き込んだだけなんですよ」
怒りを吐露するように僕へと暴言を並べるボレアス。
追放をされた時よりも激しい言葉をボレアスは投げかけてきたのだが。
その言葉はまったく痛く無かった。
「……苦しい言い訳ね。貴方は迫真の演技のつもりなんでしょうけれども、森のゴブリンでもそんな三文芝居に騙される奴はいないわよ」
「っ‼︎」
そう、ボレアスの言葉には全く心がこもっていなかったのだ。
ただ暴言と恨みの単語を並べただけの空っぽの言葉。
そもそも子供の頃から一緒にいるのだ。
ボレアスがただ気に食わないという理由だけで、人を殺すような人間じゃないことは、僕もセレナも……仲が悪いメルトラでさえも知っていることだ。
「というかそもそも、王様と王妃様を殺そうとした時、僕だけ逃がそうとしてくれたよね?僕が気に食わなくて死んで欲しいって思ってるなら……そんなこと言わないでしょ」
「うぐっ……」
どうやら図星のようで、ボレアスはあからさまに「しまった」という表情を作る。
そんなボレアスの様子にセレナは呆れたようなため息を漏らすと。
「はぁ……本当、計画を立てるのは上手いけれど、今回のことといい、遺書の時といい、予想外のことが起こるとてんでだめね貴方は。今の反応で何となく分かったわ。貴方……本当はそもそも暗殺の実行犯ですらないんでしょう?」
そんなことを言ったのであった。
「え? どう言うこと?」
「思えば最初から変な話だったのよ。ボレアスは冒険者の中でも群を抜いた暗殺の達人よ。わざわざ王妃に罪を着せたり噂流したりなんてしなくても、誰にも気づかれず事故に見せかけて王を殺すなんて簡単だったはず。だって言うのに、変な噂流したりわざわざ暗殺に失敗をして見せたり……魔法なんて使えないはずなのに召喚術で王を暗殺しようとしたり……何でこんな回りくどいことしてるんだろうってずっと気になってはいたけれど、全部ボレアスが関係していないって考えると納得できるわね」
「ボレアスのせいじゃない?」
「そう、遺書を作っていた所で気付くべきだったわ……いや、気付かれないように無理やり乗り込んで暗殺者を演じたのね……本当、話をややこしくして。勘弁して欲しいわ」
一人納得したようにため息を漏らすセレナだが、僕にはてんで話が飲み込めない。
「えっとセレナ、つまりはどう言うこと?」
「要するに、ボレアスは暗殺を計画していたんじゃないの。暗殺から王と王子を守りつつ、暗殺しようとしていた奴まで庇ってたのよ」
「え?」
セレナの突拍子もない言葉に僕は思わずキョトンとしてしまう。
「おいおいセレナさん、病気で頭までおかしくなっちまいましたか?何だって俺がそんなことしなきゃならないんですよ」
「残念ながら頭は嫌ってほどに冴えてるわ。だからこそ今なら貴方が何をしてきたのかは手を取るようにわかる」
「ハッタリだ……」
「まぁ、聞きなさいよ……王宮に入った貴方は、偶然か暗殺者に直接教えられたのか知らないけれど、何らかの方法で王と王子の暗殺計画を知った。本来なら、その時点で暗殺者をお縄にするのが貴方の仕事だけど、不幸なことにその暗殺者は貴方の大切な人だった」
「お、憶測にすぎない話ですね」
呆れたような口調を作ってはいたが、その声は僕でもわかるほど震えていた。
「憶測で的外れなら、もう少し話しても良いわよね?まぁ、止められても勝手に喋るんだけれども」
「ちっ……」
「暗殺を計画する思い人に対し、貴方は必死に説得を試みたけれど、貴方の大切な人は暗殺を止めるつもりはなかった。しかもその計画も半ば自暴自棄じみたもので……計画が達成できたらすぐに捕まるようなお粗末なものだった。大切な人を止めることもできず、かといってその人を王殺しの大罪人にはしたくない。悩んだ末に貴方は、暗殺の手助けをするふりをしつつ、暗殺を止める事にした……そう考えると、辻褄が合うんじゃないかしら?」
セレナの言葉に、僕はなるほどと頷く。
王妃様が王様と王子様の暗殺を企てていると言う噂を流したのも、本当の犯人に疑いの目が向きにくくするのと同時に、万が一計画が失敗しても王妃様のせいだと言うことにできる……でも。
「だとすると、ボレアスが僕に王子様の影武者を依頼したのは……」
「えぇ……ボレアスは貴方のことを信じていたのよ。貴方ならきっと、暗殺計画を止めることができるって。そして貴方は、彼の期待に見事答えてみせた」
視線を向けると、ボレアスは舌打ちをしながら項垂れる。
「ボレアス……」
「違いますよ……そんなんじゃねーですよ。俺は、こいつの事なんて……パーティーから追い出せて、ずっと、せいせいしてたんです……」
否定をする言葉はもはや懇願に近く、それでもセレナは淡々と話を続けた。
「計画は順調だった……オークションでも、黒の森でも、フリークの活躍で王と王子は窮地を脱し……貴方はその全ての犯行が王妃のせいであるかのように嘯いた。最終的に犯人を説得するつもりだったのか、それとも王様を自分が殺して罪を被るつもりだったのかは、私は探偵じゃないから推測なんてできないけれど……貴方は見事に、加害者と被害者を守るなんていうヤジロベエみたいな計画を実行してのけていた」
「でも、王妃様が自殺を偽装したせいで、真犯人がバレるのは時間の問題になったんだね」
「そう言うことね。王妃という隠れ蓑を失ったら、犯人の正体がバレるのは時間の問題。貴方は王妃の自殺の狙いをすぐに看破した。もしかしたら、本当は王妃の自殺が偽装で、犯人を炙り出すための罠だったって気づいてたのね?」
「そ、そうなの?」
「えぇ。取り調べの時フリークにわざと遺書を見させたのは、あからさまに隠蔽工作をしましたよっていうアピール。貴方はそうすることで王妃の張った罠に自分から嵌っていったの。後はフリークの情報から王と王妃からの嫌疑が自分に向いた所で襲いかかり、隣の部屋から颯爽登場した私に現行犯で捕まることで、全部の事件が全て自分のせいだと思わせるように仕向けた……わざわざ私の部屋の隣に王妃を移動させたり、騎士団を使って遺書の目撃者であるフリークも同行するように仕向けさせたりと、本当回りくどいことしたわね」
突きつけられるセレナの推理に、ボレアスはもはや反論をする気力すらを失ったのか。
項垂れながらセレナの話を聞いている。
だが。
「さて、そうすると最後の謎ね……一体、貴方が大罪人の汚名を被ったとしても、守りたかった人間は誰だったのか? まぁここまで来れば答えは簡単ね……アルゴニールの牙を使って人狼騒ぎを起こした魔法使いで、ボレアスが守りたいと思っている大切な人間」
「やめろ……頼む」
導き出された答えをボレアスは泣きそうな声で止めようとするが。
「そんなの、メルトラしかいないわ」
セレナは容赦なく、真犯人こたえをボレアスに叩きつけたのであった。
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