第36話 再会

「おぉ、お若いの。久しいの、息災であったか?」


 王宮の中でサイモンと再会を果たしたのは、夏も終わりに近づいた八月の暮れの日であった。


「サイモン‼︎」


「おお!? おいおい。こんなところでいきなり抱きつくでないお若いの」


 王宮の中で再会をした僕は思わず嬉しくてサイモンに抱きつくと、サイモンはどこか気恥ずかしそうにそう言って僕を引き剥がす。


「本当に久しぶり‼︎ 今までどこにいたの? お礼をしたくてずっと君を探してたんだよ?」


 そう、迷宮の地図を描くようになってから、僕は助けてくれたお礼がしたくて何度かサイモンの教会を訪ねていた。


 だけどいつもサイモンは留守にしていて、結局この日が銀の風を追放されて以来初めての再会となった。


「ほっほっほ、実はあの後すぐに王都に引っ越してなぁ。 いつでも来いなんて言っておいて無責任なことしてすまんかったのぉ」


 笑いながらサイモンはそういうが、僕は首をふる。


「とんでもない! サイモンのおかげで、僕は凄い助かったんだよ! 例えば……」


「知っておるよ、お前さんは知らんだろうが、町中じゃお前さんは人気者なんじゃぞ? 迷宮を描く芸術の才で莫大な富と名声を得ながらも、それに飽き足らず王の窮地を救い騎士の称号を得た万能の天才。酒場の吟遊詩人たちの間じゃ、今度は国でも救うんじゃないかってもっぱらの噂じゃぞ?」


「そ、そんなことになってたんだ……」


 宮廷で住み込みで働くようになってからと言うもの、外に出ることがなくなったため知らなかったが、どうやら僕の知らない間で僕は更なる有名人になってしまっていたらしい。


 何となく誰が吹聴して回ったのか想像がついたので、あとでお説教しに行こう。


「ふっふっふ、冬の川に今にも飛び込みそうだった若者が、今じゃ自信に溢れた良い顔をしておる。いやぁよかったよかった」


「サイモンのおかげさ……本当に感謝してるよ。随分お礼をいうのが遅くなっちゃったけど……あの日僕を助けてくれて、本当にありがとう」


 感謝の言葉をサイモンに告げると、サイモンは一瞬バツの悪そうな表情をみせ。


「……ワシはただ、お前さんにくだらない話をして、雑草のスープを飲ませただけじゃよ。感謝なんてされる資格なんぞない。 ただ、お前さんがサイコロを振るのを諦めなかっただけの話じゃ」


「それでも、あの日僕に声をかけてくれなかったら。僕はあのまま川に飛び込んでたよ。僕にチャンスをくれたのはサイモンだもの。感謝を受け取ってくれないと、僕は相当な薄情者になっちゃうよ」


「……そうか。 うん、そう言われてしまったら受け取るほかないのぉ。ありがたく頂戴するよ、お若いの」


 気恥ずかしそうに頬を掻きながらサイモンはそう言うと、頬を赤くする。


「うんうん、どうぞご遠慮なく」


「やれやれ、その様子じゃ。もう心配はいらなそうじゃの」


「うん、おかげさまでね……それで、サイモンはどうしてここに?」


「ワシみたいなボロ雑巾がこんな場所に気軽に散歩に来れるわけなかろう? 当然、仕事の話じゃよ。ほら、近々でっかい祭りがあるじゃろ?」


「祭り?」


 王都に来てからまだ日が浅いということもあるが、そんなおっきなお祭りがあるなんて初耳だ。


「なんじゃ知らんのか? 半月後の満月の日に、この国は創立100年を迎えるんじゃが、

 それを祝った国をあげて祭りを行うんじゃ……王様を背中に乗っけてるって言うのに、何も聞いとらんのか?」


「王様の足になるの、狩りの時だけだし……それ以外はずっと絵を描くので部屋に篭りっきりだから」


「むぅ、仕事じゃからしょうがないが、少しは社会の流れとかを知っておいても損はないぞお若いの……」


「そ、そうかな……」


「まぁ、いつでも自然体って言うのがお主のいいところなのかもしれないが……。まぁいいとにかくその祭りの準備に人手が足りないらしくてのぉ、国王様がワシら貧困層の物乞いを労働力として雇ってくれるって話になってな。物乞いたちの代表として、こうしてワシが話をしに来たんじゃよ……国の人間は気を抜くとすぅぐ報酬をケチろうとするからのぉ……読み書きができることだけが取り柄の落ちぶれ神父にゃ、もってこいの仕事じゃろ?」


「へぇ、サイモンは今そんなことやってるんだ。凄いね」


 僕を助けてくれたあの日から何も変わっていないサイモンに僕は少しだけ嬉しくなる。

 きっと彼はあの時から、いやもっと前から苦しんでる人や辛い思いをしている人を救ってきたのだろう。


 僕なんてこれだけお金があると言うのに、生まれてこの方、今でも助けられてばっかりなのに。


 そう考えると、少しだけ気後れしちゃうな……。


「……やーやー、サイモン。 わざわざ王城まで出向いてもらっちまってすんませんねぇ」


 と、そんなことを考えていると、宮廷の奥からひらひらと手を振りながらボレアスが現れる。


「ボレアス? どうしてここに?」


「あらら、これはまた珍しい組み合わせじゃないですか。サイモン、いつ知り合ったんです?」


「なぁに、少し前に不味いスープをご馳走した……それだけの仲じゃよ」


「あー、成る程成る程そういうことですか……頭が上がりませんね本当に」


 今の話だけでボレアスは何かを察したように頷いて、肩をすくめた。


「さて、と。迎えも来たことじゃし、仕事をしないとのぉ……お若いの、ワシはこれで失礼するぞ」


「あ、う、うん。会えて良かったよ」


「ワシもじゃよ。フリーク」


 優しい笑顔を見せながら、ボレアスに案内をされるように王宮の奥へと歩いていくサイモンを見送りつつ。


 僕はふと、サイモンの言った言葉を反芻する。


「おっきな……お祭りかあ」


 おっきなお祭り……と言えばおいしいものや面白いものが沢山町中に溢れ出す行事である。


「……そーだ」


 僕は頭に浮かんだ「いいアイデア」に口元を緩めると。


 自分のアトリエがある方向から回れ右をし、セレナの部屋へと気がつけば駆け出しているのであった。


 ◇

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