第34話 王の足
王様の指示通り、僕は何も考えずにまっすぐ東に向かって走る。
考えることは障害物に当たらないことと、できるだけ早く走ること、それだけ。
言うことだけを聞くと言うのは得意だ。
余計なことを考えなくていいし、何よりバカでもできる。
「お、おおぉ……なんという速さだ、これなら‼︎」
【WOOOOOOOOOOOO‼︎】
東にまっすぐ走ると、人狼の群れの内二匹が僕たちに向かって飛びかかってくる。
「そのまま右の狼に向かって跳べ‼︎」
「────ッはい‼︎」
大口を開ける狼に向かって、僕はまっすぐにジャンプする。
すっごい怖いけど、言われた通りにそうすると。
「ぬううええりゃあああぁ‼︎」
王様は人狼の一体の胸を槍で突き刺す。
【ギャヒイイイィ‼︎?】
「まだまだぁ‼︎」
王様は胸を貫いた狼から槍を引き抜くと、すれ違ったもう一方の人狼の後頭部を背後から槍で貫く。
「すごい……」
それを全て、僕がジャンプをしてから着地をするまでの刹那にやってのけたのだ。
王様の槍の技術は相当なものだとわかる。
「よし、包囲が崩れた‼︎ そのまま東に向かってまっすぐ走れ‼︎」
「は、はい‼︎」
王様に言われるまま、僕は全速力で森をまっすぐ走る。
【WOOOOOOOOOOOO‼︎】
包囲を突破した僕たちを、人狼たちは慌てて追いかけてくる。
当然、普通の人よりも足腰が丈夫だからと言って、人狼よりも早く走れるわけでもない僕はジリジリと距離を詰められてしまう。
だが。
「よぉし、いい感じにバラけて来たな……よし、そこのでかい木の影に隠れろ‼︎」
「う、うん‼︎」
王様の指示通り僕は大きな木の幹の裏側に回り込むと、先頭を走っていた人狼が二匹僕たちに気づかずに通り抜けていき。
「どりゃあぁ‼︎」
【ギャッ‼︎?】
【ギヒィッ?】
王様はすかさず背後から二匹の人狼へ向けて槍を放ち。
心臓を貫いて絶命させる。
「いよっし‼︎ 見たか‼︎? はっはははは、兵は詭道なりとなぁ‼︎ 良い、実に血沸き肉踊る狩りである‼︎」
「王様、すごい楽しそうですねぇ‼︎?」
「あったりまえだ‼︎ ワシは今走っておる。走って魔物と戦っているのだ‼︎ ふ、ふふふ、この時を、どれだけ望んだか‼楽しくないわけないだろう‼︎ 願わくば永遠にこうして魔物と矛を交えたいものよ‼︎」
「それは、流石に僕の体力がもたないんで勘弁して欲しいんだけど……」
「わかっとるわい。ワシとてまだ死ぬつもりもないわ……なぁに、ともに魔物を殲滅し、見事王城へと凱旋するぞ我が戦友ともよ‼︎ お前がワシの足となるのだ‼︎」
王様はそういうと、追いついてきた人狼の首を槍で跳ねて高らかに笑う。
「それは、別に構わないけれど……まだ向こうから結構な数の人狼が追いかけてきてるけれど……大丈夫?」
「なぁに、もう包囲は崩したし、機動力のある人狼は先に始末した。魔物といえどやはりそれぞれ個体差はあるようだな。見てみろ、包囲を解かれて焦ったのか綺麗に一直線に並んで向かってくるぞ? あの獣ども」
楽しそうに王様はそう言って、迫り来る狼の群れに槍を向ける。
確かに、結構な距離を走ったからと言うのもあるのだろう。
追いかけてくる人狼の群れは、僕たちに追いつこうと必死になるあまり、足の速い順にバラバラに追いかけてくる
「所詮は兵法を知らぬ獣よな。足並み乱れた烏合の衆なぞ恐るるに足らん……突撃するぞ、我に続けえぇ‼︎」
「いや、僕が突っ込むんだけどね‼︎」
「うるさい‼︎ 突撃いいいいいいいぃ‼︎」
楽しそうに槍を掲げて叫ぶ王様の言われるまま、僕は全力疾走で人狼の群れへと突撃する。
今思えば自殺行為であったし怖かったが……だけどやっぱりボレアスの言うことは正しかった。
何故なら本当に王様の言うことに頷いて指示に従ったおかげで、無事に無傷で全ての人狼を撃退することができたからだ。
◇
「ぜぇ、はぁ、どうじゃ魔物め……目にもの見せてやったわい」
「はぁ、ひぃ、はぁ。 す、すごいや王様……本当に全部倒しちゃうなんて」
「当然だ、ワシはリナルド家当主エドワード:リナルドじゃぞ‼︎ ぬははははは‼︎」
最後の人狼を倒した僕と王様は、糸が切れたようにその場に倒れる。
王様をうっかり落としてしまう形になったが。
王様はそのことを怒るわけでもなく、心底嬉しそうに笑っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……そ、そうだ、これからどうしましょう王……いや、お父様」
なんだか今更であったが、僕は慌てて王子様の真似を続けようとするが。
王様はそんな僕に破顔すると。
「芝居はもうよせ。息子にあんな脚力があるわけない……大方バカ息子に頼まれて代わりに参加したって口だろう? とんだ災難に付き合わせて悪かったが、おかげで命を一つ拾った。感謝するぞ……名前も知らぬ立派な騎士よ」
「いや、その、僕騎士じゃなくてただの絵描きなんだけど」
「どっちでもええわい。お前の足に助けられたのは紛れもない事実だ……お前がいなければワシはこんな雑魚狼にむざむざ食い殺されていた……魔王と戦うべしと育てられたワシにとって、これほどの屈辱はない。お前はワシの命だけでなく、誇りも守ったのだ。絵描きだろうが便所掃除係だろうが、ワシが認める。お前は立派な騎士であるとな」
「そ、そんな……ただ僕は王様を肩車しただけだよ」
こんなに率直に褒められることがなかった僕は、思わず照れて王様の言葉を否定するが。
王様は体を起き上がらせると、少し寂しそうな瞳で首を振った。
「いや、それだけじゃあないさ……お前はワシを信用してくれた。他の奴らには決して言わんが、正直に言おう……ワシは嬉しかったのさ。ワシを信じてくれたお前がな」
「……? 王様を信じるのは当たり前のことじゃないの?」
「っふふ。そうだな、ワシも皆にそう思って貰えるようにと頑張ってきた。来きたる魔王復活に備えこうして槍の腕を磨き、兵法を学んだ……。皆の信頼に答えられるように槍の腕も……自慢じゃないがワシの護衛、セレナにも引けを取らない程に鍛えたつもりだ。だが、くだらない事故で右足が千切れちまってな……薬でくっつけることは出来たが右足の感覚を失った。戦うことが満足にできなくなってそれからだ、誰もワシを信用しなくなったのは」
そう言うと、王様は森の中で自分の話を始めた。
事故で右足の感覚を失ってから、みんなの自分を見る目が変わったこと。
自分を障害者扱いし、何一つ自由に行わせてもらえなくなってしまったこと。
唯一の理解者だった奥さんを、流行り病で亡くしてしまったこと。
新しい奥さんとあまりうまくいっていない事。
大事な物を失った悲しみを宝物や食べることで埋めようと思ったけれど、結局うまくいかなかったこと。
魔王の復活がなくなって、とうとう自分の目標がなくなってしまったこと。
寂しそうに、だけどどこか嬉しそうに王様はぽつりぽつりと日が暮れるまで僕にそんな話をし。
僕はその話を、静かに黙って聞いていた。
「……随分話し込んでしまったな。長い話に付き合ってくれて感謝する……あーっと、そういえばまだ、名前を聞いとらんかったな?」
「フリーク、迷宮画家のフリークだよ」
魔法を解いて僕は自分の素顔を見せると、王様は驚いたように目を丸くする。
「……いやはや、まさかワシを運んで汗血馬の如き走りを見せた猛者が、かの迷宮画家だったとは、なんとも痛快な話よ。バカ息子の身代わりになってくれた上に、ワシも命を救われるとは……。なればこちらもそれなりの礼をしなければなるまい」
そういうと王様は懐から小瓶を取り出し、僕に手渡す。
中を覗いてみると、薄い青色の液体が入っていた。
「これは?」
「ワシらを助けた礼、武勲をあげた功績って奴だ。こいつは命一つ分……腹痛程度で使ったりするんじゃないぞ?」
「……はぁ。どうも」
小瓶を僕はポケットにしまうと、王様は満足したように立ち上がった。
「さて……と、暗くなる前に戻るとするか。兵士たちの遺体も弔ってやらなきゃならんからな」
「そうだね……出口まで運んだ方がいいかな? 王様?」
「いいや、人狼の首を持って凱旋するのだ。自分の足で歩いていくとも。ふっふふ、兵士たちの驚く顔が目に浮かぶわい」
ニコニコと楽しそうに王様はそう言い、転がった人狼の首を麻袋にしまうが。
ふと、僕の顔を見ると少し考えるような素振りを見せて、ため息を漏らす。
「どうしたの? 王様」
「……あぁいや、すまん。 今更だが息子が替え玉を用意するほどワシとの狩りを嫌がるとはなぁ、と思ってな。親子の時間を作りたいだけだったんだが……少しきつく言いすぎたかのぉ? お主はどう思う、フリーク?」
思い悩むように深いため息をつく王様。
怒ったり笑ったり落ち込んだり……そこに居るのは遠い存在などではなく、息子とのやりとりに思い悩むどこにでもいるお父さんでしかなく。
藁にも縋るような表情でそんな問いを投げかけてくる王様に。
「虫取りの方がいいんじゃないかな?」
そう言った。
◇
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