第33話 国王襲撃

 手持ちの油が売り切れになった頃。


『う、う、うぎゃああああああああぁ‼︎』


 不意に森の中からそんな声が響きわたった。


「‼︎‼︎この声……」


 その声は悲鳴とも絶叫とも異なる音。

 生への執着、死への恐怖、痛みへの憎悪。

 いろんな感情が混ざった言葉ですらないその鳴き声は……。


 声の主はもはや助からないと、その場にいる全員が理解するのに十分な断末魔であった。


「何事か‼︎」


 そんな異様な音に流石の王様も不機嫌を忘れて倒木から腰を上げると、警戒するように槍を構え、兵士たちもそんな王様を守るように槍を構えて声の方を睨みつけると。


 しばらくして声がした方の茂みが音を立てて揺れ始める。


「陛下お下がりを‼︎」


「えぇいワシに気を使うな‼︎ たかが獣の一匹や二匹、ワシの槍で貫いてくれるわ‼︎」


 緊張した面持ちで、それでもどこか楽しそうに王様はそういいながら王様は槍を構えて茂みを睨みつけ……兵士たちは諦めたように王様を囲むと、猟師の一人が恐る恐る茂みをかき分ける……。



 と。



 瞬間、兵士の首に狼が喰らい付いた。


「ひっ───ッ!? ひぎゃああああああぁぁぁ‼︎?」


 猛り狂う猛獣の咆哮と同時に、猟師の悲鳴が森に響く。

 覆い被さるように真っ黒な塊は兵士の頭を腕のようなもので掴むと、真っ赤な牙を光らせて喉元に食らいつき、真っ赤な血飛沫をあたりに飛散させる。。


「え……あ……うそ……?」


 ぶちぶちと嫌な音が聞こえ、やがて兵士の悲鳴は「こひゅー、こひゅー」という風が抜ける音に変わる。


 あまりにも唐突で一瞬の出来事。

 セレナだったらきっと、すぐに狼を引き剥がして彼を救うことが出来たのだろう。


 でも僕は悲鳴をあげることすらもできず、ただただ一人の人間が肉の餌になる様子を見つめることしかできなかった。


 いや、僕だけじゃない。

 他の兵士たちも、猟師である仲間が獣に一方的に狩られている様子をポカンと眺めていることしかできていなかった。


 そんな中。


「何を呆けとる‼︎ こんの腑抜けどもが‼︎」


 一人王様は槍を掲げると、飛び跳ねるように左足で地面を蹴って獣へと飛びかかり、食事に夢中な獣の頭を槍で差し貫く。


 その一撃はまるで、稲妻のように真っ直ぐ鋭く獣の頭を捉え。


【ギャッ─────‼︎?】


 悲鳴すらもまともに上げられずに獣は首と胴を切り離されて絶命した。


「ちっ、犬畜生が調子に乗りおって……」


 苛立たしげに王様は槍を振るって返り血を飛ばすと、ようやく兵士たちは事態を理解したのか慌てて王様の元に駆け寄る。


「へ、陛下、お怪我は?」


「あるわけなかろう馬鹿者……それよりもなんだあの化け物は?」


「何って…………んなっ‼︎?」


 獣の死体にそう吐き捨てる王様に、僕たちは獣の死体みて愕然とする。


 王様に切り落とされた頭は狼なのだが、死んだ兵士に覆い被さっていたのは、体は黒い毛で覆われていたが、紛れもなく手と足がついた人間の体であった。


「な、なんだこれは……こ、こんな獣は見たことがありません陛下……妖精? それとも森の主?」


 混乱するように猟師たちはその怪物の姿に目を白黒とさせるが。

 僕だけは何度かその姿を見たことがあった。


「……人狼ライカンスロープ……迷宮にいたから間違いない……危険な魔物だよ」


「ふむ、知っているのか? 息子よ」


 思わず王子のふりをしていることを忘れてつぶやいてしまったが、今はそんなことを気にしている場合じゃないだろう。


「こいつは素早い上に力も強い魔物で、鉄の鎧ぐらいなら簡単に引き裂くぐらいの鋭い爪と牙を持っているんだけど……この魔物が一番危ないのは、人間並みに賢いことろで……単独じゃ獲物を狙わない上に人を襲うときは、必ず群れで襲ってくるんだ」


「何だと? おい、お前たち……」


 刹那。


 僕が忠告をしていた内容が聞こえていたのか、それとも偶然か……。

 茂みの中から黒い塊が四つ飛び出し、僕たちに襲いかかる。


 油断したところを食い殺す算段だったのだろう。


 まんまと残された兵士は魔物に覆い被さられ、悲鳴をあげるまもなく肉塊となる。


「ぬえええぇい‼︎」


 だが王様は、飛びかかってきた人狼の喉笛を槍で突いて絶命させる。


「す、すごい……」


「当然だ‼︎ 魔王との戦いに備えて訓練を積んできたのだ。右足が動かなくさえならなければ、こんな狼に遅れを取ることなんてないのだが……くそ、忌々しい右足め‼︎」


 自分の右足を叩いて王様は苛立たしげに槍を構え直す。


【WOOOOOOOOOOOOOOOOO‼︎】


 しかし、人狼たちもまた王様の脅威を理解したのだろう。

 残った三匹は遠吠えをすると、森の奥からぞろぞろと仲間が姿を現し、あっという間に包囲をされてしまった。


「ど、どうしましょう王様……なんかすごい数ですよ?」


「う、う、狼狽えるな馬鹿者‼︎」


「で、でも、いくらなんでもこの数、二人じゃどうしようもないよ王様……」


「っくそ、せめて自由に走り回れさえすれば……いつもいつも大事な時に、動け、動かんか‼︎」


 バンバンと右足を王様は叩きながらそう叫ぶ。

 その様子を見て、僕はふと閃いた。


「……もしかしてだけど王様、自由に走り回れればあの狼たちを追い払える?」


「ん? 当然だ、自由に動ける足があるならあんな怪物程度に遅れはとらん。だがそれがどうした?」


 僕の質問に王様は不思議そうな表情を見せるが、それならば勝機があった。


「王様、指示を出して。 僕が王様の足になるよ」


「は? お前何を言って……ってうわあぁ‼︎?」


 王様を僕は肩車するように担ぎ上げる。


「お、おま……そんな細っこい体のどこにそんな力が‼︎?」


「心配しないで‼︎ 重いものを持つのは慣れてるから、王様一人ぐらい重さのうちに入らないよ‼︎」


 そう言って自分の言葉を証明するように、僕は王様を肩車した状態でステップを踏んで見せる。


 冒険者時代、迷宮で見つけたお宝や時には一月分の水と食料を背負ったまま迷宮を走ったり飛んだり壁を登ったりを続けていたのだ。

 それに比べれば大したことはない。


「……お、おぉ。少し揺れるが、動かん右足よりも断然マシだ……だが、ワシの指示通りに本当に動けるのかお前?」


「動けなかったら死んじゃうだけだから、頑張るよ」


「ははっ……頼もしいやつだ‼︎ だったらまず、東に向かって全力で走れ‼︎ あっちじゃ‼︎」


「了解王様‼︎」

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