第11話 大量生産

「版画? 絵を彫った木にインクを塗って、スタンプみたいに同じ絵をたくさん作るっていうあれのこと? それなら知ってるよ。東の国ですごいおっきな印刷機も見たよ」


 突然の言葉に僕は一瞬困惑しながらもそう回答をする。


「さすが世界を渡り歩いた冒険者だな、話が早い‼︎」


「今日もまた随分とテンションが高いね……それがどうしたの?」


「いやな。この前絵を売った相手は商人なんだけどよ。取引してる間にお前が言ったでっかい印刷機を一つ譲って貰えるかもって話になったんだ」


「……そうなんだ。それで?」


「そう……それでさ相棒。 お前、この前俺に描いてくれたラプラスの迷宮の俯瞰図……あれを木板に掘るって出来たりしないかなって思ってよ」


「木板に? 彫刻用のナイフで?」


「そうそう! 相棒、手先が器用だしさ、もしかしたらできるんじゃねえかなって」


 ゴクリと固唾を呑んで問うてくるルードに僕は一瞬首を傾げる。

 あんな馬鹿でかい印刷機なんてもらってどうするんだろう……という疑問もあったが、まぁ好きに交渉しろと言ったのは僕だから文句は言うまい。


 それよりも、版画を掘れるか? という質問だが……正直彫刻というものには今まで触れてきていないため勝手がわからない。


 だけど面白そうだと、うずりと興味が湧いた。


 まぁ、筆がナイフになっただけだし、頭の中にある映像をそのまま絵に写すだけで特別な技術とか技法とかはいらないから勝手は変わらないんだろうけれども。


「うーん……ちょっと試してみようか」


 考えてもわからないので試しにやってみることにした。


 ルードと共に画材道具屋に出向き、店主に版画に必要そうなもの一式を見繕ってもらった後、いつもの湖で作業に取り掛かる。


 絵と違い、小刀で光景を再現するのは難しく、思い通りに行かずに何度か指を切ったが。


 三日奮闘をしてなんとか完成。


 絵とは違い当然完全再現とまではいかず、自分の中ではあまり良い出来とは言えなかったが。


「おおおぉ‼︎ さすがは相棒だぜ‼︎」


 ルードは大喜びの様子ではしゃいでいる。


「……ルード、こんなの何に使うの?」


「相棒、俺考えたんだよ。冒険者としての実績は十分残したし……そろそろ自分で働かなくても良くね? って」


「……」


 ルードは成功をしてから、人生守りに入り始めたようだ。


「元々冒険者なんて一攫千金を目指してやってたんだ。これ以上冒険者ランクを上げたらガルガンチュアの迷宮やハデスの迷宮みたいな地獄に送り込まれるかもしれないだろ? だから俺は考えたのさ‼︎ 迷宮に潜らなくても儲かる方法‼︎それがこれ、迷宮の地図ってわけだ‼︎」


 僕の作った版画を見せつけ、自慢げに語るルード。

 だけどそれはあまりにも考えなしすぎだ。


「待ってよルード。そりゃ、見たことのない場所の情報まで分かるから、最初は売れるかもしれないけれどさ。こんなの簡単に複製が作れるだろうし、商売にならないんじゃない?」


 構造も単純だし、版画でつくる量産品だ。

 地図が出回れば簡単に贋作も生まれるだろう。


 しかしルードはニヤリと笑うと。


「いい方法があるんだよ」


 そういうとルードは、ポシェットからなにやら苔のようなものをとりだす。


「もしかしてそれメイキュウヒカリゴケ?」


「さすが相棒‼︎」


 メイキュウヒカリゴケは迷宮のあちこちに生えてる光る苔であり、特に珍しい植物ではない。

 ヒカリゴケとは言ってもその光は微弱で、照明の代わりにはとてもならないし、役に立たないものなのだが。


「こいつはな、実は生息する迷宮でのみ光を出すって性質があってな」


「え、そうなの?」


「あぁ。苔って名前はついてるんだけど実はこいつ、迷宮の魔力に寄生するスライムの仲間なのさ。生まれ育った迷宮の魔力を吸い上げてエネルギーに変える際に発光するんだが。自分の生まれ育った場所での魔力しか吸い上げないって偏食家でな。魔力を流し込むだけじゃ発光しないし、違う迷宮に連れていってもうんともすんとも言わねえ」


「というと?」


「この苔を液状にしてから版画に塗って地図を作るのさ。 発光する液体は元々透明だから何が描いてあるかわからねえし。迷宮に持ち込んで初めて地図になるって寸法さ。迷宮の暗がりじゃ、地図を書き写すなんて余裕もないだろうしな」


「そうなのかなぁ……時間の問題のような気もするけど」


 本気で冒険者がやろうと思ったら、簡単にできてしまうような気もしたが。

 別にお金に困っているわけでもないため、僕は渋々とルードに従い迷宮の地図を作成した。



 結論から言うと、迷宮の地図は恐ろしいほど売れた。



 迷宮攻略者であるルードが直々に販売しているということも、不審がる人間には実際にルードが迷宮まで一緒に潜って実演販売した努力も功を奏したのだろう。


 地図一枚につき金貨十枚という大金で、材料はそこら辺に売っている羊皮紙と迷宮に生えてる苔だというのにも関わらず、ギルドにいる冒険者たちは喜んでその地図を購入した。


 さらによかったのは、ルードが地図を売り捌いてしばらく後にラプラスの迷宮攻略者が続出したというのも後押ししたのだろう。


 やがて、地図の話は町だけではなく近隣の村や国にまで行き渡るようになり、試し刷りを終えてから一月後には、周辺地域の冒険者たちがこぞってラプラスの迷宮の地図を購入するようになった。


 ただ、そうなると困るのは今まで自分の力だけで迷宮を攻略してきた冒険者たちだ───


「おうおうおう‼︎ ここが迷宮の地図なんてもんを売り捌いてやがるルードの家かぁ? 俺達のシマを荒らした落とし前、きっちりつけさせてもらおうじゃねぇか? あぁ? ルードさんよぉ‼︎」


「おうおう‼︎ あんま兄貴を怒らせるんじゃぁねぇぜぇ? 兄貴は地元じゃ負け知らずの凄腕冒険者なんだからなぁ‼︎ 今なら土下座して店たためば兄貴も許してくれるってよぉ‼︎ひっひっひ‼︎」


 地図を売り出して初めのうちは、こうやって冒険者のパーティーがギルドハウスに乗り込んで来ることもしばしばだった。


「あ、あわわわわ、大変だよルード」


「やれやれ、下がってな相棒」


 だけど、考えても見て欲しい。

 地図があるとはいえ、ルードは通常五人から六人で攻略をする迷宮を、いつも一人で攻略する冒険者だ。


 そう、ルードは強かった。


「あぁ? 一丁前にやろうってのか?構わねぇぜ?オメェ達のせいで俺たちゃ商売上がったりなんだ。ギッタンギッタンのボッコンボッコンにしてやッ……ほべええぇ‼︎?」


「あ、兄貴いいいいいいいぃ!?」


「三下には用事はございませんが……殴り込んでくるとは良い度胸だ、みっちり相手してやるから覚悟しとけよ‼︎」


「ひっひいいいぃぃ!? ママーー‼︎ ママあああああぁッ!?」


 僕が思うに、彼の実力は銀の風にも引けを取らないほどだろう。

 殴り込んでくる冒険者の九割はルードに呆気なくボコボコにされ。

 残りの一割は善戦するも結局ボコボコにされた。


 初めのうちは怒鳴り込んでくる冒険者も多かったが、何度も返り討ちにしていれば誰もが気づく。



 ルードに反目するのではなく、共存する方が賢いのだと。


 最初に怒鳴り込んできた冒険者達も、今ではすっかり僕たちの常連さんになり。


 結果、ルードの読み通り迷宮を攻略するよりも簡単に、そして膨大なお金が入り、とうとうギルドハウスの床下にすら収まらなくなるほどになった。



「お金があるのはいいんだけど……もう家の床下金貨まみれで置く場所がないよルード」


「そうだなぁ……ここらで穴ほって埋めるのも限界だし。何かいい方法ねえか? 相棒」


「どこかの家を買い取って、倉庫にしちゃうとかどうかな? 出来れば盗まれないように管理してくれる人もいるといいけれど」


「腕っぷしのある奴が沢山いて、そこそこな広さがある建物か……」


「あ、一個だけ思いついた」


「お、まじか相棒! どこだどこだ?」


「冒険者ギルド!」


 ◇

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