第10話 迷宮画家の成り上がり
「相棒、ラプラスの迷宮の見取り図って描けそうか?」
プラチナ級冒険者、つまりは上位冒険者となったルードは、迷宮で稼いだお金で装備を新調すると僕にそういった。
「見取り図……俯瞰した視点から迷宮を描けばいいのかな? それなら多分できるよ」
「まじか。試しに聞いただけなんだけど……お前そんな器用なことできるの?」
「まぁ、見た光景を頭の中で繋げて上から見下ろせば良いだけだから」
サイコロの展開図を頭の中で組み立てるようなものだから難しい話ではないのだが、ルードは目を丸くして驚いたような声を漏らした。
どうやらこれも珍しいことらしい。
「??? 凡人の俺にゃ感覚が全くわからん」
「そうなんだ……まぁただ、迷宮攻略と言っても場所によっては行ったことがない部屋とかもあるから。そういうところは地図が途切れちゃうけど大丈夫?」
「なぁに、別に迷宮を攻略するだけだし、そういうところは近づかないようにすればいいだけだから構いやしねーよ。 どういう道順で行けば安全かとかも書き記せるか?」
「うん、分かりやすいように目印をつけておくよ」
「そっか、それじゃ頼んだ」
「うん、ばっちり頼まれました」
僕の返事にルードは満足げに笑って外へ出ようとし。
「あ、そうだ相棒。もう一つ」
思い出したかのようにこちらに振り返る。
「なに?」
「相棒が描いてる迷宮の絵なんだが、欲しいって奴がいてさ」
「僕の絵を? 物好きがいたものだねそれは」
「あぁ、金を払うから譲って欲しいって言ってるんだけど、どうする?」
もちろん誰かに渡すつもりがないんなら断るが……と付け加えてルードはそう言うが、
僕の迷宮の絵はそもそも描くことが目的のものだ。
描いた後の絵を持ち続けようという思いは元々ない。
ちょうど処分に困ってたところだし、欲しいって人がいるならそれもいいだろう。
「別に、欲しいって言うならあげちゃって構わないよ。 だけどいつもどおり……」
「交渉ごとは俺が、だろ? 相棒」
「そう言うこと。ルードの好きにやっちゃって」
「あいよ、任された。それじゃ、今度こそ行ってくるぜー」
機嫌よく出て行くルードを見送り、僕は家に飾られた迷宮の絵を見る。
「こんな不気味な絵を欲しがる人がいるなんてねぇ、物好きがいたもんだよ」
世界は広いな、なんて思いながら、僕は頼まれた仕事に取り掛かるためにいつも通り湖に向かうのであった。
迷宮の絵にも慣れたもので、僕は依頼された通りラプラスの迷宮の俯瞰図を各階層ごとに描き上げると、その日のうちにルードはラプラスの迷宮の単身踏破を成し遂げた。
ルードがこの街に到着をしてから三ヶ月。
銀の風、前に僕が所属していたパーティーが半年かけて攻略をしたことを考えると、ルードの記録は過去最速、しかも単身での攻略は歴史上類を見ない大快挙である。
『聞いたかい? ルードの旦那、今じゃ一日に一回ラプラスの迷宮を攻略して魔王の魂を持ち帰ってるらしいぜ?』
『素敵ねぇ。銀の風もちょっと前まで凄かったけれど、王都に行ってからはあんまり活躍を聞かないからねぇ』
『なんでも、ギルドの前にルードの銅像が建つって話だぜ?』
『あのケチなダストがそこまでするんだ。今はルードの時代ってことだなぁ。近々他の迷宮でも記録を打ち立ててくれるんじゃねえか?』
街を少し歩けば、こんな期待のこもった噂がそこら中で話されており。
「なるほど他の迷宮か………相棒‼︎」
「はいはい……ちゃんと描いてあげるからこんな人前で土下座しないでルード」
そんな噂を聞いて調子に乗ったルードは、近隣の迷宮攻略にも裾野を広げていった。
もちろん、この辺りで一番難易度の高いラプラスの迷宮を攻略した男だ。
どこに行ってもルードは攻略期間を大きく塗り替え。
結果、あっという間にルードはこの辺りじゃ知らない人間はいないほどの冒険者となり、僕もルードもちょっとした小金持ちになったのであった。
ただちょっとした問題もあった。
それはルードがお金を儲けすぎたということだ。
「どうする相棒? 金貨が多すぎて床に穴が開いちまったぞ?」
そう、大量に手に入れた金貨を収納する場所がもう残されていなかったのだ。
「穴でも掘って埋める?」
「……本気で言ってるか?」
「うん」
結局、苦肉の策として、金貨を全てを床下に穴を掘って埋める事にした。
しかし穴掘り作業は一晩かかり、腰を痛めて僕とルードは仲良く一ヶ月休業することになったりもした。
まぁそんなこんなで、大成功を収めた僕たちであったわけだが。
一つだけ不安があった。
彼はどんどん人気者になるが、僕は変わらず世間では頭の悪いフリークのまま。
銀の風のみんなと同じように、いつかルードも僕を捨てていなくなってしまうのかもしれない。
考えないようにしていたが、不安は徐々に大きくなっていく。
だけど、この不安は結局杞憂に終わった。
「なぁ相棒……版画って知ってるか?」
きっかけはルードの、そんなセリフからであった。
◇
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