第6話 風変わりな冒険者ルード
「随分と変わった絵を描くんだな、あんた」
絵を描き始めて二ヶ月がすぎた春の終わり。
筆や絵の具の使い方にも小慣れてきて、三枚目の絵の仕上げに取り掛かっている最中に僕は初めて声をかけられる。
戸惑いながら振り返ると、そこには荷物を抱えた革鎧姿の男性が立っていた。
冒険者なのだろう。腰には剣を差しており、りんごを齧りながら物珍しそうに絵の具を乾かしている絵や、仕上げに差し掛かっている絵を興味深そうに眺めている。
街で見たことがないから、おそらくは他の町から迷宮に挑戦しにやってきたのだろう。
「そうかな?間違っていないとは思うんだけど……えっと」
「おっと、声かけちゃまずかったか?」
「いや……別にいいけれど」
「なら良かった。これって全部迷宮の絵か? 絵描きさんよ」
安心したように男は口元を緩めると、今度はそんなことを質問してくる。
思えば人とまともに会話をしたのは久しぶりだったため、僕は筆を置いて休憩も兼ねてその人と話をすることにした。
「そっちの乾かしているのはこの街にあるラプラスの迷宮。それでこれは、僕達が最後に攻略したガルガンチュアの迷宮だよ……あと、絵描きさんじゃなくて僕はフリーク……これでも一応冒険者さ」
「ガルガンチュアの迷宮にフリーク……っつーともしかしてあの、銀の風のメンバーの?」
「えと、まぁ」
元だけど……と言おうとしたところで、男はいきなり僕の手をとる。
「やっぱりそうか‼︎ ここを拠点にしてたって聞いてたから運が良ければ会えるかもって思ってたけど、まさかこんなに早く会えるとはな‼︎ いやぁ、今日はついてるぜぇ〜‼︎ それで、他のメンバーはどこにいんだ? 近くにいるのか?」
瞳を輝かせて興奮気味にそう聞いてくる男の手を僕は振り解く。
「……もういない。みんなオリハルコン級冒険者として王都に行っちゃったよ」
「あーそっかそっか。そりゃそうだよな。史上三組目、三十年ぶりのオリハルコン級冒険者
だもんな、王様も自分の側に置いておきたいよなやっぱ……ってあれ? そうすると、フリークはここで何してんだ? 銀の風のメンバーなんだろ?」
「元・銀の風メンバーだよ。元々は荷物もちだったんだけど、頭が悪くて作法も知らないから、一緒にいると迷惑になるって追い出されたんだ」
隠してもしょうがないため僕は正直にそう言うと、男は一瞬固まった後。
「……あー。悪い……なんか悪いこと聞いちまったみたいだな」
手を離してバツが悪そうな表情をしてそういった。
バカにされると思って身構えていたが、謝られるのは意外な反応だった。
「ううん。知らなかったんだし気にしないで……僕ももう気にしてないから」
少し強がって嘘をついてみたが。少しだけ胸がズキと痛んだ。
「そか。それならいいんだが……あーそうだ、この絵いくらだ? 一枚買うよ」
話題を変えるためか、それともお詫びのつもりか男は不意にそんなことを聞いてきた。
困ったな、趣味で描いてただけだから値段なんて当然決めていない。
「趣味で描いてるだけだから、値段とかは決めてないんだ。もし欲しいなら好きなのを勝手に持っていっていいよ」
「いやいや、あんたの絵は多少不気味だが趣味というにはできが良すぎるぜ。こんなのタダでもらったなんて言ったら、俺が泥棒扱いされちまうよ」
「でも、計算とかよく分からないから……」
「あーそうか……だったらこの指輪と交換っていうのはどうだ?」
そういうと男はポケットから指輪を取り出すと、自分の指にはめる。
と、不意に男の顔が一瞬歪んで僕の顔に変わった。
「わぁ……すごい。 もしかして魔法の指輪?」
「あぁ、顔弄りの指輪っていう魔法のアイテムでな。顔しか変えられないが、こんなのでも質屋にでも売ればそれなりの値がつく。なんだかんだ便利だし、フェアな取引なはずだぜ」
指輪を外して元の顔に戻った男はウインクをしながら指輪を差し出す。
趣味で描いた絵で報酬を取るのはなんだか申し訳ない気もしたが。
正直な話、色々な顔に化けられる指輪というのは楽しそうだ。
「わかった。そう言ってくれるなら指輪と交換ってことで」
「うっし契約成立だ……それじゃ、この街にあるラプラスの迷宮の絵を貰っていいか?」
「うん。ちょっと待ってて、持ち運びしやすいように木枠から外して丸めるから」
「悪いな、手を止めさせちまって」
「報酬を貰ったんだ。これぐらいするよ」
「そうか……いい奴だなあんた。絵も上手いし」
「ありがとう。これでもう少しだけ頭が良ければ良かったんだけどね」
少し自嘲を込めて僕はそう言うと。
「あー、なんだ。 出会ったばかりの俺が言うセリフじゃねーけどよ、そんなに自分を卑下するもんじゃないぜ? 荷物持ちだったとはいえ、ガルガンチュアの迷宮を攻略したのは事実なんだ。 おまけにこんなすごい絵が描けるんだし。人生頭の良さだけじゃないさ……もっと自分に自信持っていいと思うぜ?」
彼のその言葉に、一瞬手が止まる。
僕を励ましてくれるその言葉が、一瞬だけまだ一緒に冒険をしていた頃のセレナ達と重なって戸惑ってしまったからだ。
「そう……だよね。なんかそういって貰えると、気分が軽くなるよ。ありがとう……えっと」
「ルーディヴァイス。ルードでいいぜ」
「ルード……いい名前だね」
「あぁ、親にもらった自慢の名前だ」
「そっか……あ、そうだ、はいこれ。運びやすいように麻紐で結んでおいたよ」
「おぉ、助かるぜフリーク。ありがとよ」
「ふふっ。どういたしまして」
「さぁてと。それじゃあそろそろ行きますかねぇ。邪魔して悪かったな」
「ううん。指輪ありがとう。大切にするね」
「あぁ、またなフリーク‼︎」
会話がひと段落つき、丸めた絵をルードはカバンに差し込むとそう言って街に向かって歩き始め。
僕もまたキャンバスに向き直る。
と。
「あ、そうだフリーク……」
歩き始めたルードは思い出したように呟くとこちらに向き直り。
「何?」
「この絵のタイトル聞くの忘れてたわ……なんて言うんだ?」
そんなことを聞いてきた。
「タイトルか。特に決めてなかったけど、そうだな……」
大層なタイトルはパッと思い浮かばないし、この際場所をタイトルにしてしまおう。
「3階層 東に30歩、北に15歩、西に10歩……かな」
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