第3話 僕を馬鹿にしない人
雨が降っている……そう気付いたのはすっかりずぶ濡れになった後だった。
何度か突き飛ばされたのか、それとも躓いて転んだのか。
僕はすっかり泥だらけで、大きな橋の上でぼうっと川を眺めていた。
「……このまま飛び降りたら。もう辛い思いをしなくていいのかな?」
泳げない僕ならきっとあっという間に溺れ死ぬだろう。
僕が明日水死体として見つかったら、セレナ達は後悔するだろうか。
パーティーを追放したことを悔やんで、僕のことをずっと覚えててくれるだろうか。
水面を雨粒が叩くたびにできる波紋はまるで僕を呼んでいるようで。
目を閉じて僕はその呼び声従うように体の力を抜く。
と。
「そんな所にいるとお風邪を召されますぞ、お若いの」
ふと声をかけられて僕は振り返ると、灰色のローブに身を包んだ老人が僕に傘をさしてくれた。
この町では見たことがない人だ。
「……えと、あなたは? この町では見ない人だけど?」
「あぁ、ワシはサイモン。この近くで鉄屑を売って生活しとるジジイでな。最近ここに越して来たんじゃよ……まぁ、わしの事はいい。こんな雨の日に傘も刺さずにぼうっとして如何なされたかな? お若いの」
「えと……その……僕、えっと」
状況を説明しようとしてみたが、考えがまとまらず言葉が詰まる。
またバカにされる。
そう思うとさらに言葉が出ず、頭がどんどんこんがらがっていく。
あぁ……もう嫌だ。
自分への嫌悪感に思わず僕はぎゅっと目を瞑る。
だが。
「色々と大変なようじゃな、お若いの……一旦うちに来るといい。大したことができるわけでもないがそうさの、話しを聞いてあげることぐらいはできるじゃろうて」
「……僕の話を聞いても笑わない? うまく話せないし、頭も悪いから頭にくるかも」
「こんなボロボロの服に穴だらけの靴でどうして誰かを笑えようか。見ての通りワシだって人のことを笑えるような生活は送っとらん。じゃから安心してついてきなさい……とって食ったりなんぞせんから」
「……うん」
優しい表情でそう促すサイモンに小さく頷き、僕はふらふらとした足取りのまま、導かれるように街の路地裏へと進むのであった。
◇
裏路地を抜けていくとそこには小さくボロボロな建物があり、サイモンはそこに僕を案内すると、暖炉に火をつけてその前に僕を座らせ毛布をかけてくれた。
「あったかい……」
「狭くて快適とは程遠いじゃろうが、ずぶ濡れよりはましだろうて。お若いの、スープはお好きかな?」
「ありがとう」
少しかけたカップを受け取り口をつけると、体が芯から温まるような気がして。
僕はパーティーを追放されてから何も口に入れていなかったことを思い出す。
「草ばかりでうまかないじゃろうが……」
「ううん……美味しいよ。今まで食べた料理の中で一番だ」
「……それはそれは。こんなもんでよろしけりゃいくらでもある。遠慮せずじゃんじゃんお食べなさい」
「うん。ありがとうサイモン」
「このぐらい、礼には及ばんよ。 それで? お前さんはどうしてあんなところで濡れ鼠になっとったんじゃ?」
「それが……」
僕は今までのことをサイモンに話した。
辿々しく、要領も悪く。 何度か同じ話を繰り返したかもしれない。
辛くて、しばらく黙ってしまったこともあった。
だけど、サイモンは黙って聞いていてくれた。
どれぐらい時間が経っただろう。
濡れた服も乾き始めているところを見ると、長い時間話し込んでいたらしい。
全てを話し終えると、サイモンは静かに目を閉じて。
「それは辛かったのぉ……ずぶ濡れにもなるわい」
笑うでも、バカにするでもなくそう静かに言ってくれた。
ほんの少しだけだが、ぐちゃぐちゃだった心がほぐれたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます