27 血は命なり

 夜、運河沿いの道から少し中に入った、とある通り。

 その通りには街灯がなく、狭い通りということもあり通行人はほとんどいなかった。その夜道を照らしているのは民家の窓から漏れ出る淡い光だけだった。その立ち並ぶ民家の中に一軒、明かりが点いてない家がある。

 その家は両隣の家よりも前のめりに傾き、かなり年季が入っていた。窓ガラスは割れ、木の板が乱雑に打ち付けてあり、レンガの外壁のところどころにはヒビが入り、今にも剥がれ落ちそうで周りの住民たちの悩みの種となっていた。

 まさしくその家は廃虚だった。

 入口の小さな扉にはたくさんの張り紙が付いており、どれもこれも“放置するな!”とか“近所迷惑だ!”という内容だった。だが、この家の持ち主は随分前に行方をくらましていた。

 家の中は闇に包まれており、至るところに不法投棄されたガラクタやゴミが溜まって踏む足場がなかく、壁紙も無惨に剥がれ落ち、腐食のせいか壁の中の間柱がところどころ剥き出しとなっていた。その周辺には何かが腐敗したような悪臭やカビ臭い臭いが漂っており、夜はまだ寒いにも関わらずその悪臭につられて虫やネズミなどの害虫が集い、ブンブン、チョロチョロと、ゴミ溜まりの間を飛んだり駆け抜けたりしていた。

 そのゴミ溜まりの廃屋の中で男の声が、発狂でもしたかのように響いた。

「“Das Blut ist das Leben!【独語:血は命なり!】”」

 その男はミハイだった。

 ミハイは両手を上に高く掲げ、何かを崇拝でもするようにその言葉を連呼した。

「血は命なり! やっと見つけたぞ! “ヴラド・ツェペシュ”様! それなのに何故、わたくしめの話を聞いてくださらないのですかっ!?」

 ミハイは切望するように空に向かって言うと、表情を一変させた。

……あの教授がいるせいで、ヴラド・ツェペシュ様はっ……! あの教授を“消そう”。

 そんな恐ろしい考えが浮かんだ瞬間、ミハイは狂ったように高笑いした。

「そうだ! あの老いぼれ教授を消そう! きっとヴラド・ツェペシュ様は喜んでくださるに違いない! あの御方を自由にして差し上げるのだ! そしてその不死の力をっ! ははははっ!」

 その時。

「誰かいるのか?」

 背後から男の声が聞こえたかと思えばパッと懐中電灯で照らされた。ミハイは素早く物陰に隠れ、やって来た男を睨み付けるように眺めた。

 ガサッ、ガサッと足音が近づいてきた。やって来たのは警察官だった。

 警察官は悪臭に顔をしかめ、口元を押さえながら懐中電灯で足元を照らしつつ室内に入ってきた。

「うわ……不法投棄か……」

 暗闇の中、ミハイは警察官の腰の拳銃に目を光らせた。ズボンのポケットから静かに小型ナイフを出すと、物音立てずに警察官の背後に近付き、ナイフを構える。

 警察官が何かの存在に感づき勢いよく振り返ってきた。だが時既に遅く、警察官は悲鳴を上げる暇もなくその首からは激しく血しぶきが舞い、その場に崩れ落ちた。その手から懐中電灯が転がった。

 ミハイは警察官の死体をズルズルと廃屋の奥へと引きずっていくと、今にも崩れそうな螺旋階段と、それを支えている柱が姿を現した。

 吹き抜けの天井からはシャンデリア用のロープが垂れ下がっており、ミハイはそれを手繰り寄せた。警察官の片方の足にロープを縛り付けると、壁に括り付けてあるもう一本のロープを引っ張った。すると警察官の死体がゆっくりとくるくる回りながら、徐々に持ち上がっていった。

 警察官の死体から大量の血液が滴り落ち、階段前の床をドス黒く染めていった。その光景を懐中電灯が静かに照らし出していた。






※原典“第十一章、セワード医師の日記”より、レンフィールドの言葉。


“The blood is the life!”

『血は命なり!』


 因みに、光文社の『ドラキュラ』が仲間になった! これで私の元にある『ドラキュラ』は6冊目。

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