ファーストコンタクトショック

朝倉亜空

第1話

 それは突然に出現した。

 高さ約十メートル。白い縦長の箱型で、一面にだけシャッター状の扉が付いている。その扉の高さも八メートルはあろうか。こんなものがある日突然、地上に現れたのだ。

 人々は、驚き怪しんだ。これは一体何なのか。科学者がその物体に近づいて調べてみたところ、いくつかのボタンやレバーがあるのを見つけた。レバーを上げ下げすると、それに合わせ、シャッター扉が上下した。次にその科学者がレバー隣のボタンを押そうとした。

「今、それを押してはいけません!」

 箱が喋った。「中に何か入れてから押してください」

 急に箱が言葉を発したので、少しびっくりした科学者は言った。「言葉を話せるのかい」

「あなた方の会話を聞き、学習しました。これは瞬間移動装置です。ここより遥か彼方のバジャロデーン星から、生命反応があった星にこれを瞬間移動で送っているのです。バジャロデーン星では友好のしるしに、相手に対し物をおねだりするというのがあります。何か貰えますか?」

「う、うむ。我が地球にも、同じような習慣がある(おねだりはしないが)。分かった。何か美味しいものを用意しよう」

 地球政府側は神戸黒毛和牛ステーキ五百キロと伊勢海老の姿焼き二百キロを歓迎の贈り物として瞬間移動装置に入れた。「バジャロデーン星で一番のご馳走をください」とのおねだりも忘れずに書いておいた。

 二日後、瞬間移動装置が言った。

「大変美味しかったそうです。そして、バジャロデーン星から最高のおもてなし料理を送ったとのことです。間もなく届くでしょう」

「それは良かった」

「一体、宇宙からどんな料理が届くのか」

「ああ、本当にワクワクする」

 地球人たちの期待が高まる中、装置が叫んで言った。「アーッ、今来ましたーッ!」

 瞬間移動装置のシャッター扉を開けてみると大量に出現したのはなんと、丸焼けの人間ステーキ、あるいは生のまま薄くスライスされた人間刺し身、それらがまるで棺桶の様な箱の中に綺麗に盛り付けられている物だった。「どうぞ召し上がれ」と書かれたメモも一枚。そのメモは地球にはない材質だ。

「ななな、なんじゃああ!」

「ここここ、れれれ、どどどどどゆこと??」

「食っておるのか、我ら人間を……」

「バジャロデーン星にも所謂、ホモ・サピエンス系生物がいて、食用とされているということか……」

 無論、食べる訳にもいかず、大量の調理済み食用人間たちをすべて共同墓地に埋葬した。

 さて困ったのは、今後のバジャロデーン星人との付き合い方をどうするかである。  

 もはや知的生命体同志対等に、という訳にはいくまい。食う側と食われる側なのだ。付き合い方を考える以前に、付き合いたくない。しかし、彼らはこの瞬間移動装置でやって来るのだろう。

 と、思っていたら、やっぱりやって来た。

「アーッ、今、バジャロデーン星人が来ましたーッ!」

 装置が叫んだ。どうやら、地球では周囲の注目を集めるときは「アーッ」と初めに叫ぶとの不完全な認識を学び取っているようだ。が、誰も扉を開けに行く者はいない。こちらから開けてくれるのを暫く待っていたのであろうか、三十分ほどシャッターは開かなかった。たびたび、「アーッ、来てまーす」「アーッ、来てまーすがー」と箱は叫んでいたのだが。

 ついに箱の扉が開き、中から大きなバジャロデーン星人がぞろぞろと出てきた。全長八メートルくらい、ナメクジを立ち上がらせたような姿をしていた。

「アーッ、こんにちは、地球の皆さん」

 先頭にいたバジャロデーン星人が言った。

 瞬間移動装置の前に地球連邦政府が急ごしらえで作った建物、「ファースト・コンタクト・センター」の中では、世界の要人たちがどう対処しようか慌てふためいていた。

「お出迎えは? 出迎えなし? 失礼と言いますかソレ言いませんか」

 バジャロデーン星人はかなり怒ったように言い、しまいにはおーい、出てこーい、と、声を荒げだした。結構気が短い。

 やむなく地球連邦局長及び各国首脳がおもむろにセンターから出ていった。

「ど、どうも、よくおいでくださいました。こ、これからも、仲良く……」

 連邦局長が言った。

 現れた地球人たちを見たバジャロデーン星人はびっくりした顔で言った。「おう、モチュウッヌだ」

 モチュウッヌだモチュウッヌだと、バジャロデーン星人たちが皆一様に嬉しそうに騒ぎ出した。

「丸々良く肥えて旨そうなモチュウッヌだ」

 モチュウッヌとはバジャロデーン星の食用人間のことなのだと皆分かった。

 先頭のバジャロデーン星人が触手を伸ばし、地球人のうちから太った日本の総理大臣を掴み上げた。そのまま自分の口に近づけていった。

「わーーっ、たっ、助けて! くく食わないでい頂きたいですどうかっ!」

 ぷっくり総理が絶叫した。

 その時、別のバジャロデーン星人がなにかを叫んだ。バジャロデーン語でストップの意味だったのだろう。ぷっくり総理を口もとギリギリまで持っていっていたバジャロデーン星人の動きが止まった。

「今、この星のモチュウッヌの精神性をテレパシーで探ったのだが、なんと驚いたことに、たかが皮膚の色や生まれた地域が違うだけで敵愾心を強く抱いたり、ほんの些細な能力差で極端な優劣評価を下したり、やたらと仲間同士での争いを好む野蛮で未熟な連中だ。これでは必ず種として滅んでしまうという宇宙真理に見事にピタリと当てはまっている。食用動物の持つ精神性も、それを食べることによって取り込んでしまう我々が、こんな愚かな恥ずべきものを食べれば、我々も同志争いが絶えなくなり、滅んでしまうことにもなりかねない。帰ろ」

 そう言うと、彼らは瞬間移動装置へ逆戻りし、装置ごとパッと消えて、バジャロデーン星へと戻っていった。                                      

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