女の子はみんなかわいい

根耒芽我

女の子はみんなかわいい

がちゃん。


「こちらが更衣室になります」

「はい」

「A村さんにはこちらの制服が支給されますから、出勤したらこちらで着替えてくださいね」

「はい」

「正直、盗難とかもありますので、あまり貴重品を持ち込まないことをおすすめします」

「…盗難。ですか?」

「A村さんはレジ担当になりますから、自分が担当するレジ下に貴重品を置いてはおけますけれどもね。…まぁ、お気をつけになって問題になることはないと思います」

「はぁ。わかりました」

「あと、こちらでの飲食も厳禁とさせていただいてます。休憩室が別にありますので、飲食されるときはそちらでお願いします」

「はい」

「それから、あまり大きな声で会話なさっていると、外に聞こえますので、ご注意くださいね」

「わかりました」

「では、着替えが終わったら事務所のほうに来てください。業務の流れ等の説明をいたしますので」

「わかりました。よろしくお願いいたします」





――――――――――






「ねぇ。また新しい人、入ったじゃない?」

「あぁ。来てた。社員の凹山さんに連れてこられてたわね。っていうか、4川さん。たしかレジ一緒に入ってたじゃない」

「うん。急に『面倒見てやって』っていうんだもん。A村さんっていうんだって」

「どんな人?」

「普通の人。お子さんいらっしゃるんだって。小学生の」

「へぇ?経験者?」

「ううん。接客初めてだって。」

「あらら。なんでこんなとこ来ちゃったんだろうね?」

「しかもさ、家が近所なんだって。私、『近所のスーパーでよく働く気になったね?』って、言っちゃったよ」

「でもほんとそうだよね。だってさ。普通に買い物来てるんでしょ?」

「うん。いつも来てるんだって」

「勤務先で買い物するの、気が引けちゃわないのかしらね?」

「でもさぁ。なんかいい人みたいで。『そうですよねぇ』ってニコニコしながら返事してくれてさぁ。『子どもが学校に行ってる間だけ働ける職場が欲しくて。それに、子どもに何かあった時にすぐに帰れるから』って…健気ねぇ」

「お子さん。まだ小さいのかしら?」

「みたいだよ?しかも転勤族で」

「あー。じゃあ、なんかあった時に見てくれる人がいないってことか…まぁ、そういう選択もあるか。いろいろ事情があるもんねぇ」

「でさ。…お局が見込みあるって言って、…張り切ってるみたい」

「マジで?…あー。そっか。オキニにされちゃうかな?」

「かもねぇ」

「潰されちゃわないといいけどねぇ」

「どうだろうねぇ」




――――――――――





「A村さん。今日はお疲れさまでした」

「はい。お疲れさまでした」

「業務については徐々に覚えていってもらえればいいので、がんばってくださいね」

「はい」

「あと、A村さんなら問題ないとは思いますが…」

「…なんでしょう?」

「同僚と仲良くするなとは言いませんが、私たちはお客様に丁寧な接客をする立場ですので、従業員同士とも節度を持った言葉づかいをするように心がけてください。お客様の前でぼろが出てもいけませんからね」

「はい。わかりました」

「では、次の勤務もよろしくお願いいたしますね」

「はい。よろしくお願いいたします。」

「初出勤でお疲れだと思いますから、勤務が終わったら仕事のことは忘れてゆっくりしてくださいね」

「はい。お気遣い、ありがとうございます。」





――――――――――





「B田さんって。A村さんと一緒に入ったの?」

「ですね。契約のときに一緒でした」

「よく話す?」

「それが微妙に勤務時間がずれるんで、まだちゃんと喋ったことがないんですよ~」

「そうなんだ。あの人、お局がマンツーで指導してるからねぇ」

「そうなんですか?」

「開店前作業を教え込みたいみたいで、スパルタされてるみたいよ?」

「ひぇ~。だって、お局。フツーに怖いじゃないですかぁ…」

「すっごい気分屋なんだよねぇ。言ってることは正しいんだろうけどさ。自分もできてないくせに、機嫌悪いとすごい詰め寄ってきて…」

「それ、ホントやばいですよね」

「あのババァ。私ホント無理。A村さん、こないだちょっと暗かったし」

「えぇ?まずくないですか?」

「皆辞めてっちゃうのよね。アレをやられると」

「ちょっとかわいそう…」

「だからさ。B田さんはウチらが守ってあげるからさぁ」

「ありがとうございますぅ~」

「あ。ほら、そろそろ時間だ。いこいこ。うるさいババアにまた小言言われる」

「はーい」




――――――




がちゃん。

「あ、A村さん。おはようございます」

「B田さん、おはようございます」

「やっと一緒になりましたね。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

「…」

「…」


がちゃん。

「…あ、4川さん。おはようございます」

「B田さんじゃなーい。おはよー」

「4川さん、SNSのアイコン、昨日変えました?」

「あー。みたぁ?子供から『変えたらぁ?』って言われちゃって」

「めっちゃイケメンの画像でしたよね。」

「推しなのよ。ちょーハマってて」

「そうなんですねぇ。彼、アイドルグループの人ですよね」

「そうそう…あ、A村さんはこの時間にいるのめずらしいわね」

「はい。今日は開店前準備の当番じゃなかったので…」

「そうなんだ。いつもじゃないんだね。仕事、覚えられた?」

「それがなかなか…いろいろミスが多くて…」

「そりゃそうだよ。慣れるまではねぇ。大変だと思うけど。…でも慣れだから。ね」

「はい。ありがとうございます。がんばります」

「4川さぁーん。来週のシフトって、もう張り出されてるんですっけぇ?」

「あー。どうだろ?見てみないとわかんないなぁ」

「…ぁ。私、先にいってますね」

がちゃん。。。


「A村さん、やっぱりちょっと暗いですね」

「そーゆータイプの人なのかもしれないけどねぇ。どうなんだろう?」

「ちょっと心配ですけれどねぇ」

「…こないだ、泣いてたよ」

「えぇ?…お客さんの前でですか?」

「一応こらえてたけどさぁ。…結局カウンターの陰に隠れて」

「うわぁ。…メンタルやられてる感じですか?」

「そんな感じした。…ちょっと経って戻ってきたときは、なんとかなってたけどさぁ。ちょっとかわいそうだった。っていうか、彼女気にしすぎ?」

「それでさっき、4川さん声かけてあげてたんですね。やさしぃ~」

「まぁ。…めんどくさそうな人だなぁって思って」

「えー?」

「だって。そんなすぐ泣く人さぁ。…ねぇ?」

「まぁ。…ですよねぇ」







―――――――――





「ねぇねぇ。お局のオキニの☆宮くん。いるじゃん?」

「☆宮がどうしたの?」

「お局が、A村さんは見込みがあるって、誉めてた。って言っててさぁ」

「へぇ?…オキニ同士仲良いのかなぁ?」

「いや、☆宮くんも一度話しかけてみただけだって言ってた。にこやかに返事してくれたとか言ってたけど…でも、☆宮くん自身は泣いてるとこ見てドン引きしたとは言ってたけどね」

「だってさ。お局の目の前で泣いてたんでしょ?」

「お局うろたえてたもん」

「でもまぁ。それでも働きに来てるんだから偉いというか…」

「一生懸命ではあるよねぇ」

「でも、接し方を考えちゃうよね」

「…あの人さぁ、ちょっと得体が知れない部分があって」

「え?なに?得体が知れないとか、怖いんだけど…」

「いや、あのさ。あの人が更衣室入ってきたときにさ、私たちとか、他の人がいる時とかも、おしゃべりしてるじゃない?黙ってて聞いてるんだか聞いてないんだかわからない顔しててさぁ。…で、これ絶対聞いてんだろ。って思った日があって。みんなでお局の悪口言ってたんだけど。『ねぇ?』ってわざと話、振ってみたら。」

「うんうん、なんつってた?」

「あはははは。って、明らかに笑って誤魔化してた」

「あー、それされると、萎える」

「よねぇ?せっかく仲間に入れてあげようと思ったのにさ」






――――――――――




がちゃん

「おつかれさまです」

「あら、4川さん。おつかれさま」

「休憩ですか?」

「うん」

「あの、A村さん。どうですか?」

「あー。あの子ねぇ。見込み違いではなかったんだけどねぇ。…めんどくさいというか。なんというか」

「…泣いたりしてますしねぇ」

「お客様の前であれはちょっとね…。それにねぇ」

「え?ほかにもあるんですか?」

「厳しすぎてついていけない。みたいなこと言いだしたりしたんだけど、…なんかねぇ。どう接していいものか」

「もう?」

「ね?いまどきの人ってもんかしらねぇ?」

「ちょっと早すぎですよねぇ?」

「だよねぇ?…なんか、機嫌悪い態度とか取られるしさぁ」

「えー。キツイですね。新人でそれって」

「でしょ?疲れるわ。ホントに。…シフトも文句言ってくるし」

「えぇ?…すごいですね」

「それは社員さんに言ってくれる?って言ったら、ホントに社員に言ってたわ。」

「怖いもの知らずですねぇ」

「あー。…苦労して仕込んでも、モノにならないか思うと、教えるのも嫌になるわよねぇ」

「ですよねぇ。」

「ところで4川さん。B田さんのこと、ずいぶんかわいがってるみたいじゃない」

「…え?」

「聞いてるわよ?すごく仲良くおしゃべりしてるそうじゃない」

「…え。…あぁ。…なんか、めちゃくちゃフレンドリーなんですよねぇ。あの人」

「ふぅん。…あんまり仲良くしすぎちゃだめよ?」

「え?」

「そうやってズケズケ入り込んでくる子って、ロクなのいないじゃない?あなただって勤務年数長くて、新人を指導する立場なんだから。きちっとしなさいね」

「あぁ。はぁい。…ところでぇ。こないだのドラマ、みました?」

「うふふ。見たわよぉ。今期は面白いのがいろいろあるから…」




――――――――――





「ねぇねぇ。最近レジに入った子。めっちゃスパルタされてるって聞いたわよ?店長ドン引きしてたって」

「…あぁ。張り切ってるんですよね。お局。見込みのある子が入ったから私が完璧にさせるんだって言って」

「開店前準備にいる子のこと?すごいよね。あんなにいろいろ言われても『はい。はい。すみません』って、ひたすら受け入れててさぁ」

「それでおどおどしすぎてミス出ちゃって、また怒られるっていう悪循環があったりしてねぇ。…かわいそうだけどこっちは注意しなくちゃいけないしさ」

「一時期、凄く暗い顔してたから心配してたんだけど、吹っ切れたのか最近は元気よく挨拶してくれるのよねぇ」

「へぇ?そうなんですね」

「4川さんもお局さんに仕込まれたクチでしょう?苦労もわかってると思うけど…わからないことがあったみたいで、私のところに来ていろいろ聞いてったんだけど、そのときも『はい。はい。』って気持ちのいい返事してくれるもんだから、教えがいのある子ねぇ。って思って…」

「あぁ。確かに、…返事はいいですねぇ」

「やさしくしてあげなよぉ」

「こないだ、言ったんですよ。もうちょっと落ち着いて仕事すれば、すごくできると思うからがんばってね。って」

「…あ。あぁ。落ち着いて。ね?」

「だってすごいおどおどしてるんですよ?お客様の前でも動揺しちゃうし。…もっとこう、堂々としててほしいんですよねぇ。でもそれいってもまた『すみませんすみません』ってペコペコしちゃって。…お局じゃないけど、謝るのはいいから落ち着いてくれって思うし。つい言っちゃいましたよ」

「…あぁ。…そう」

「まぁ。慣れてくれればいいんじゃないんですかねぇ?」



――――――――――




がちゃん。

「あ、A村さん。おはようございます」

「B田さん、おはようございます。しばらくお会いできなくて…よかった。今日一緒になれて」

「私もよかったです。…どうです?慣れました?」

「うーん。なんとか。でも、まだいろいろとミスが多いんですけれどね」

「私もですよぉ」

「えぇ?そうなんですか?…お互い、もう少し慣れるまで辛抱ですね」

「そうですねぇ」


がちゃん。

「おはようございます」

「おはようございます」

「…おはようございます」

「…」

「…」

「…」

「…私、ちょっと確認したいことがありますので、お先に行ってますね。B田さん、またあとで」

「はぁ~い」

がちゃ。

「…」

「…」






――――――――――






「そういえばさぁ。☆宮くんはいっつもスマホいじってるよねぇ」

「若い子だからねぇ。ほら、近頃の子って、隙間の時間があればずーっとスマホから手を離さないじゃない?」

「そうそう。あと、イヤホンつけてるから話しかけづらいし」

「でもさぁ。本人の気が乗った時は結構フレンドリーに話しかけてくるのよねぇ」

「すごいしゃべるよね」

「…☆宮さんって、そういう方なんですか?」

「A村さん、話したことない?」

「シフトで同じ時間になっても、あまり会話するタイミングとかはなくて…あ、でも一度だけバックでちょっとだけ話しかけられました。私、入ったばかりなのに話しかけていただけたので、ちょっとびっくりして…あの方、すごくレジが早いですよね?働き始める前に買い物に来ていた時は、見つけるとあの方のとこに行ってたんです。すごくドライな印象でしたから、こんなにフレンドリーなんだ。って」

「気にしてるんじゃない?新しく来た人だから。それなりに長くここに居るからねぇ」

「じゃあ。気遣っていただけたのかもしれませんね。いい人ですね」

「けっこうみんなに頼りにされてるのよ。それに、お局様のお気に入りだしね」

「…あぁ。そうなんですね」

「A村さんもそうでしょう?」

「…どうでしょう?まだ入ったばかりですし。ミスが多いので…お手を煩わせてばかりいる状態なのですが…」

「あの人、見込みのない人の指導は引き受けないのよ?」

「…はぁ。そうなんですね」

「期待の裏返しだと思って、がんばってね」

「はい。がんばります。ありがとうございます」





――――――――――




がちゃん。

「…B田さん、おつかれさまです」

「あ。おつかれさまです。A村さん。…遅かったですね。私と上がりの時間同じだったはずじゃ…」

「えっと。…いろいろと至らない点があったみたいで。4川さんからご指導を受けていたので、ちょっと遅くなってしまいました」

「た…大変ですね」

「ここの仕事、けっこう厳しいですね。私、レジなんてもっと楽な仕事だと思っていたので…疲れちゃいます」

「A村さんでもそう思います?よかった。私もそう思ってて。」

「私、接客業が初めてだから、そう思うのかなぁ?とも思ってたんですが…」

「…A村さんだから言うんですけれど」

「え?…どうしました?」

「私、ここの仕事、辞めてしまおうかと思ってて…」

「…」

「…あ。こんなこといっちゃいけな」

「私もやめようと思ってますよ?」

「え?」

「はい。普通に。」

「えぇ?どうしてぇ?」

「いやぁ。最初の契約と話が違うことが多かったりとか、やっぱり無駄に厳しかったりとか、いろいろ…」

「そうですよね。そうですよね?…あぁ。よかった。ねぇ。今日、ちょっとお話したいんですけれど」

「うふふ。いいですけれど…外出てからにしましょうか?誰が来るかわかりませんし」

「そう、そうですね。出ましょう。出ましょう」




がちゃん。



「…で、やっぱりキツイですよね?」

「仕事もそうなんですけれど、私、無視されてるんです」

「えぇ?誰からですか?」

「4川さんから」

「え?あの4川さんですか?」

「うん。…私、シフトが一緒になることが多くて、裏でいっしょになるときに最初すごく仲良くしてもらってたんですけど」

「…あぁ、なんかすごくフレンドリーだったの、見ました。仲良さそうでいいなぁ。って思ってみてたんですけれど」

「それが、ある日突然手の平返されちゃって。…ほら、この前。仕事の前に更衣室で」

「…あぁ、来ても無言だったから、私たちもおしゃべりしづらかったですよね」

「A村さんは無視とか、大丈夫ですか?」

「…私、そもそも最初からそんなに…というか、開店前準備とかに入っちゃうと、他の方と微妙にシフトずれちゃうから、会えないんです。…あぁ、でも確かにどっかから対応冷たくなったなぁ、とは思って。…でもそれ、私がシフトに文句言ったせいか。って思ってあきらめてて」

「何があったんですか?」

「私、週3の契約でパート入ってて。で、土日祝日はできるだけ出勤を控えさせてほしいって話をして、店長もわかりました。考慮しますよ。って言ってくれたんですけれど、結局働き始めてみたら毎週土日フルフルで入ってて。で、しかも週5でシフト入れられてたりもして。これは最初に言っておいた方がいいな。って思って、文句言ったんです。そうしたらシフトの面では考慮していただけたんですが、今までより対応がちょっと、冷たくなったなぁ。って思って」

「私もシフト表見てて、A村さん頑張るなぁって思ってたんですけれど…そりゃ文句言いたくなりますよね?」

「ね?…それに私、泣いちゃったじゃないですか」

「あぁ。…うん。元気ないなぁって思ってました」

「仕事もきついし、言われることもきつくて…仕事だから割り切ろうと思ってたんですけれど、それにしたってもうちょっと優しく。というか」

「ほんとですよねぇ。…4川さんも『あのババァむかつく』ってすごい言ってて」

「ベテランさんでもそう思うんですね」

「なのに、更衣室で。4川さん、お局にものっすごい甘えた声で仲良さそうにおしゃべりしてて。なんなのあの人?って思っちゃって。私」

「…あぁ。…なるほど」

「主人にも、そんなに嫌なところに我慢して働いてる必要ないんだから、辞めたら?って言われちゃって」

「…私達、別にここじゃなきゃ働けないわけじゃないんだから、いつだって辞めてやる。ぐらいな気持ちでいていいんじゃないでしょうか?」

「あー、そうですよねぇ?」

「それに。全部が全部気に入る仕事も、世の中そうそうないでしょうし」

「あぁ。う~ん…」

「のらりくらりとやっていきましょう」





―――――――――――






…ちっ。調整効かねぇ。

おかしいな。この前交換したばっかのはずなのに。

「☆宮さん」

「…あれ?A村さん。今日はシフト入ってないはずじゃ」

「今日はお客さんです」

見ると手には品物が入ったレジ袋をぶら下げている。

「ご近所なんでしたっけ?」

手にしていた煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消す。

「休憩中なんですよね。すみません。お邪魔しちゃって」

従業員しか来ない裏庭スペースにオフの日に来て何してんだ?この人。

「えっと。どうしました?」

「今日は来月の休暇予定の提出しにきたんですよ。買い物のついでに」

「へぇ」

「あと。ちょっとお聞きしたいことがありまして」

「…なんでしょう?」

「お局さんとどういうご関係です?」

「…」

なんだ?…こいつ。

「これ、ご存じですよね?」

A村さんが、にっこり笑った。そして、手の平を見せてきた。




…なんで



「ねぇ。…取引しましょうよ」






――――――――――




がちゃん。


「凹山さん。私、聞いてませんからね?」

「あぁ、ですから。家庭でのご事情がいろいろとあるそうで…」

「三か月ですよ?三か月。そんな短期間でやめるなんて」

「就業前と状況が変わってしまったからとのことでしたので、こちらとしても無理に引き留めることもできなくてですね…」

「だって。夕方の学生バイトさんだって、すぐに辞めてしまったじゃないですか。あの子なんて1か月持たなかったでしょう?そもそも採用する人選が間違っているんじゃないんですか?」

「でも、A村さんがきたときには『見込みのある子が来てくれた』って喜んでたじゃないですか」

「そうですよ?A村さんは仕事の覚えもいいし、勘もよく働いて気も回るし、もうちょっと仕込めば本当にいい従業員になると思ってたのに、どうして手放したりするんですか。やっとここまで育てたのに」

「ですから。それ以上のお話はこちらも聞けなかったんですよ。…でもA村さんおっしゃってましたよ。いろいろと熱心にご指導していただいたのに、こんな結果になって申し訳ないって。残りの就業はきちんと出勤していただけるとのことでしたし、少しでも恩に報いたいので。って頭を下げられて」

「だってじゃあ。他に開店前準備の仕事につける人がいなくなっちゃうじゃないですか。どうするんです?凹山さんやってくれるんですか?」

「…まぁ、私は社員なので、人が足りないということであればやりますけれども…なかなかねぇ。近隣の方からのパート希望がないものですから、誰にでも頼める作業でもないですし」

「じゃあ。また私がやることになるの?もぉ本当に勘弁してください。いつになったら私は楽になれるんですかっ!」

「ですから、引き続きパート募集かけていくので、もう少し待ってください」

「…でも、事前にそういう情報、なかったですよねぇ?」

「えぇ。…A村さん、他におしゃべりするほどの仲のいい従業員はいらっしゃらなかったようですし」

「B田さんは?」

「シフトが微妙にずれるから、そんなに裏で会うこともなかったみたいですよ?」

「じゃあ、誰にも何の相談もせずに辞めるって社員のあなたに言ってきたってこと?」

「ですね。…先日、A村さんのシフト入ってない日にお買い物に来たついで。と言ってこられて。たまたまお客様の少ない時間帯だったんですけれど『ちょっとご相談が』って言われて。…そこで」

「なんというか。根暗と言うか陰気と言うか。…得体のしれない子ねぇ」

「真面目な方だからこそじゃないですか?A村さん、嫌な顔一つせずに仕事してらっしゃいましたし」

「…」





――――――――――




また、煙草休憩を邪魔される。

視界に入ってきたババアがジェスチャーでイヤホンを取れと言っている。

うるせぇな。


「なんっすか?」

イヤホンを取った後に咥えていた煙草を手に取る。

「あんた。何の情報も持ってないの?」

「…急に何の事っすか?」

「あんたの趣味に協力してるのは私よ?その代わり情報流せって言ってあったでしょう?」

「こっちも言ったでしょ?ちょっと機械の調子が悪かったって」

「そもそも、今までそんなことなかったじゃないのよ」

「何そんなに機嫌悪くしてるんっすか?また理不尽クレームでも来ました?」

「A村さんが辞めるって。あと2週間で」

「へぇ。…いつものことじゃないっすか」

「でもいつもと違うことが起きてるじゃない」

ババアは腕組みをしてこちらをにらみつけてくる。

「普通の子は裏で愚痴も悪口も言いたい放題よ?B田なんかすごいもんよねぇ?4川と一緒になって、いい気になって…でも新人なんてそんなもんだと思ってたのに、A村さんは何の愚痴も言わずにいたってこと?」

「そーなんじゃないっすかぁ?」

「あんた、A村さんのこと。気に入ってたみたいじゃない」

「別に?オレが新人さんに声掛けするのはいつものことでしょ?」

「仕事場で泣いて見せたりしてこれ見よがしなことする人ねぇって思っていたのに、裏では無言を貫いて、最近はひたすら従順にこちらに従ってきていたから、やっぱり見込みのある子だと思って期待してたのに突然辞めるなんて。…ほんと。女なんて大したことないわね」

「厳しすぎるんじゃないのぉ?…そもそも泣くまで詰める必要ないでしょ?大人としてやってることがおかしい」

「私は仕事で必要なことを教え込んだだけよ?」

「うそだね」

「…」

「ストレス発散したくて怒鳴りつけてたの、何度も見たよ?しかも客前で。…お客さんドン引きしてたの、知らねぇのかよ」

「私、そんなこと…」

「開店前準備なんて、お客も他の従業員もいない時間帯だから、好き放題言ってたんじゃないの?知らんけど」

「でも、あの子が仕事できるようになったのは私が…」

「あの人、だいぶ能力高いでしょ?」

「そうね」

「もったいないよねぇ。こんな底辺パートで能力埋もれさせてくの。…結局残ってるのはあんたと腰ぎんちゃくみたいな4川と、それに似た古参連中だけじゃん。無能が寄せ集まって新人いびり続けてるから人が居付かないんだよ」

「…その無能の中にあんたも入ってるってこと、わかってるんでしょうね?」

そろそろ休憩が終わる時間だ。


「そりゃね。お互い、後ろめたい性癖もってるんだ。無能で底辺なのは、お局さんも一緒でしょ?自覚持ちなよ」


すれ違い際にそれだけいって、オレは仕事に戻った。






――――――――――




がちゃん。


「A村さん、おつかれさまでした」

「B田さん、ごめんなさいね。何も言わずに辞めてしまって」

「ううん。気持ちはわかるから。私よりも結構、厳しくされてましたもんね」

「あはは。私、他の人から言われたんですよ。『文句とか言われやすそうな雰囲気してる』って」

「…」

「でも、他人から見てそう思うってことは、私自身のことだけじゃなくて、職場全体にそういう、『この人にはいくらでも言っていい』っていう空気が出来上がっちゃってるってことですよね。そんなところに居続けていられるメンタルは私にはないので、早々に逃げることにしました」

「私、けっこう言い返したりしてたんですよね。強く出ないと負けるって思って」

「そのほうがいいと思いますよ」

「…次の仕事、見つかりました?」

「実は見つけてあるんです。というか、見つけたからやめました」

「えぇ?…ほんと?」

「探せばあるんですよ。自分に都合のいい仕事。…いつもあるわけじゃないんですけれど、見つけたらすぐ応募するんだ。って思って探してて。運よく、うまくいきました」

「えー。…私も探そうっと。」

「そのほうがいいですよ。こんなところ、我慢して戦ってまでして居続ける価値があると思いますか?」

「…」

「B田さん、事務経験のスキルがあるなら、そっちを生かせる仕事に就いた方がいいですよ。逃げる私がいっても説得力ないと思いますけれど」

「…そう、ですね」

「でも、辞める。って言ってから、実際辞められるまでタイムラグがあるんで、その間は我慢です。…どちらにしても、がんばってください。それじゃあ、私はこれで」





――――――――――




がちゃん。



「ねぇちょっと!今、ものっすごい怒鳴り声が店長室から聞こえてきたんだけどっ!」

「まだ怒ってるの?…現金盗難の犯人がお局だったんだって」

「えぇ?…更衣室の財布からお金だけスられたアレのこと?」

「そう。証拠写真が出てきたらしい」

「どこから?」

「それがさぁ。変な話で」

「なになに?教えてよ」

「お客さんがね、サービスカウンターに来て、店長さんを呼んでくれ。っていうんだって。それで、店長呼んだら、この封筒がお店の外に落ちてて、通りかかった人が『店長宛て、って封筒に書いてあるし、呼んで直接渡した方がいいと思いますよ』って言ってたから、念のためと思って。って言うんだって。」

「ふぅん。…店長、この時間帯いないこと多いじゃない?たまたま?」

「たまたまじゃない?それでさ。店長、裏にきてその封筒あけて、中見たら写真が何枚か入ってて、明らかに女子更衣室の隠し撮り写真でさ。」

「えぇ?やだ…」

「そこに、レジのお局様が、明らかに自分のモノじゃないバッグから財布取り出して中身を物色してる写真が連射されてたらしいよ」

「うわぁ。。。すご。…え?待って。前にもあったよね?盗難」

「けっこう昔から、ちょいちょいあってさ。…だから、この店の開店当初からいたお局が全部やってたんじゃないか。って…」

「ひゃ~。。。」

「で、今日、お局も出勤してたからさっそく呼び出して事情聴取」

「…ふぅん。お局の出勤日だって、不定期でしょ?それも偶然?」

「…じゃない?今日はすごい日だね」

「ふぁ~。…怖いねぇ」



―――――――――





あぁ。来た。


「こちら、お返ししますね」

中の見えない紙袋を差し出される。

「…ひやひやもんですね」

「協力していただいたので、こちらの件について他言するつもりはありませんよ?」

「えぇ。ホントよろしくお願いします」

「楽しいんですか?女子更衣室の盗聴は」

はっきり日本語で、口に出して言うんじゃねぇよ。

「最近は盗聴が。っていうより、手の平の上で転がしてる感が面白いって感覚ですよね。そんなことより。…どうやって見つけたの?コレ。そう簡単に見つけれられる代物じゃないでしょ?すっかり騙されたよ。更衣室で話してると思ったのに、B田さんの愚痴聞いてた時、もう持ち出してたんだね」

「お局さんを信用しすぎたんじゃないですか?…電池式でしょ?これ。電池パックが見えるところに出てたんですよ。で、なにかな?って思ってよく見たら。…ねぇ?」

「なに?こういうの、好きなの?普通の人、本体見たって何なのかわからないはずだよ?」

「私、大学工学部だったの。電波工学。見かけた機械は中身を調べたくなるのよ。」

「何でこんな仕事してんだよ。インテリのくせに」

「で。どっちが先に弱みを握ったんですか?」

「…えぇ?それ聞く?」

「どうせだから聞いておこうかと思って」

「元々盗聴器仕掛けてたんだけど。聞こえが悪くなったりするからたまに位置の調整とかしてて、…誰もいなくなったはずのタイミングで更衣室に入ったらババアが他人の財布から金くすねてる現場だった。って話」

「あはは。底辺の偶然」

「でまぁ、お互いの性癖を黙っている代わりに、お互いに協力する。ってことになったわけ」

「だからこんなところに居続けてるわけね?それなりのメリットがあったわけだ」

「更衣室って、いろいろしゃべってんじゃん?女子が。そう言うの聞いてると面白いんだよね。で。たまにババアが何しゃべってたか教えろって言うから、情報流したり」

「ふぅん。…バカな人たち」

「わかってるよ」

「もうやめたら?」

「まぁ、オレもそれなりな年だしねぇ。…でもさ。他の仕事探すのもめんどくせぇし…どうすっかなぁ?」

「あら。趣味はやめるつもりないのね?…ま、犯罪だけど」

「つーほーするの?」

「まさか。底辺にいつまでも付き合ってられるほど暇じゃないわよ?私」

じゃあね。


そう言って、A村は去っていった。



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