いつか、君のヒーローに。

桜 桜餅

???  ねぇ、一緒に死なない?

「ねぇ、一緒に死なない?」


 夏休みが終わり約一週間。

 普段は入ることのできない屋上に呼び出され、期待と不安に駆られ、ドアを開けた。そこで一番最初に言われた言葉がこれだ。瞬間俺の頭は考えることを諦めていた。


「え?」


 フリーズした頭をから何とか絞り出した、いや漏れ出たというべきか、腑抜けた言葉に自分自身恥ずかしさを覚えつつ目の前にいる彼女、比呂未空ひろみそらを見やった。彼女は呆れたような目でこちらを見ていた。

 夏休みが終わったのにもかかわらず、いまだ照りつける太陽に俺のフリーズした頭は段々と回り始めていた。


「もう一回言って」


「何回も言いたくないんだけど、一緒に死ぬ気ない?」


 やはり意味が分からない。未空の突発的な行動は今に始まったことではないにせよ唐突にもほどがある。夏休みは自殺が多いというしその類なのだろうか。


「突然何の冗談だよ。」


「冗談じゃない。私は本気。」


 こちらを見つめる彼女の視線は普段のものとは全く違た。覚悟を決め、湧いて出てくる不安を押し殺すような。それでいて、助けを求めるような。


「なんで、俺と一緒に死のうと思ったんだよ。別に一人でもできただろ。」


 自分の中に焦りが見える。いつものように慎重に言葉選びが出来ない。多分止めなきゃいけない。“死ぬな“と言わなきゃいけない。そう分かっているが、それが口から出てこない。俺の中の何かが止めているような、そんな気がした。


「別に私が一人で死んでたら一色ひいろ、悲しませるなって。それだけ。」


 言葉が出てこない。なにか言わなきゃいけない。未空を死なせるわけにはいかない。でも自分の言葉で殺してしまいそうで、何も言えない。


「で、どうするの?」


「俺は・・・まだ死ねない。死にたくない。」


「そう、じゃあここまでだね。さようなら」


 そういって彼女は屋上の端へと歩いて行った。その背中は、出会った時の未空とは違った。何もない、からっぽに見えた。もう、終わってしまうのか、何も出来ないのか。大切な時に俺は動けないのか。俺は弱いのか、何もできないのか。そんなn・・


「何?」


 気づけば未空が目の前にいた。俺は知らぬ間に未空の手を握り、歩みを止めていた。自分でも無意識のうちに走り出していた。俺は認めざる負えないのかも知れない。自分の中の未空の存在の大きさに。こんな土壇場で考える事ではないのかもしれないけど。ただ、伝えるべきだとそう思った。


「死んでほしくない。」


「それだけ?」


「・・・それだけって。」


 未空は俺の手を振りほどきまた歩き始めてしまった。俺はその場でうずくまってしまった。なんでだよ。口から出たかもわからなかった。自分でもこの感情が何なのか分からない。でも拒絶されたくない、その恐怖が俺の中に刻まれた。次第に俺は泣き始めていた。止めることもできないまま、ボロボロと。


「なんでよ、なんであんたが泣くのよ。」


 未空の声がかすかに聞こえてくる。顔をあげれば目の前に未空が立っていた。涙のせいでどんな表情をしてるかすら分からない。


「なんで、死のうとすんだよ」


「一色にはわかんないよ。分からなくていい。」


「なんでだよ、なんでそんなこと言うんだよ。ここまで一緒に人助けしてしてきたんだ。未空の気持ちなら分かる。から」


「分かってやれるって。無理だよ。一色には分からないよ。分かるはずがない。だって一色は私の事を分かった気になってるだけだもん。」


「なんだよその言い方。俺はただ死んでほしくないって、それだけで。」


「それが迷惑だって言うのが、なんでわかんないの?」


「え。」


「もうやめて。私のためみたいなそんな言い方されたくない。全部わかってるみたいな。何にも知らないのに。知ろうともしなかったのに。そのくせに今適当なこと言って自殺を止めようとしてくる。どうせ止めるだけ止めて、その後は何もなかったかのように放置するんでしょ。だったらほっといてよ。」


 俺は未空の事を知った気になっていた。いつも笑っていて、誰にでも優しくて、悩みなんてなさそうで。それが未空だと思ってた。でもそれは違った。目の前の彼女は俺の知らない未空だった。


「ごめん。」


「私はもういいから」


「でも!」


「同じ失敗はしないでね。これから頑張ってヒーロー活動。」


 俺は忘れていたのかもしれない。未空と出会ってからの時間何をしてきたのか、俺たちの関係を。自分が本来あるべき姿を。それを理解した俺の頭はさっきまでの曇りが無かったかのようにクリアになっていった。今俺が言わなきゃいけない事。いつもの俺らしく。


「未空」


 泣いたせいでうまく発音できない。それでも俺は喉から、魂から言葉を振り絞って言った。


「俺は未空のことが知りたい。まだ何も知らないから。だから生きて欲しい」


「まだ私に苦しめって言いたいの?」


「ああ、自分勝手かもしれないけど、俺が出来る最大限を尽くす。」


 これは告白じゃない。宣言だ。ヒーローとして活動するための、未空とこれからも一緒にいるための。いつかの自分を、未空を知るまでの。



「俺は君のヒーローになる。ヒーローとして君を救う。だから俺のヒロインになってくれ。」


 








 あなたの見ているものは本物ですか?本当にその形ですか?その色ですか?

 目に見えているものが真実とは限らない。本物は醜く、偽物が美しいかもしれない。それは誰にもわからない。

       

       これは嘘で塗り固めたヒーローが救い救われる物語。





 

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