狼と兎と虎と

夜之星

第1話 可愛い系男子

いつも朝は騒がしい。

「大丈夫?列車間に合う?」

「大丈夫」

今日も始まる、心配性な母の質問攻め。特に今日はとても多い。

「なにか忘れ物してない?お弁当持った?切符は?」

「持ったよ。切符もある」

僕はいつものようにカバンの中身を見せる。こうでもしないと、僕の母は安心してくれない。

「行ってきます」

「ちょっと待って!」

母は僕のネクタイを掴むと、少し締めてから位置を正した。そしてジャケットを叩くと、手を僕の肩に置いた。

「初めての場所で緊張すると思うけど、ちゃんと胸を張って、堂々とするのよ!」

「はいはい」

「何かあったらすぐにいってね!車で行くから!」

「分かったよ。行ってきます、お母さん」

僕は、心配する母に手をふってからドアを開けた。

ここは山の奥の奥の奥にある小さな村。両親が離婚してから、母とここで二人暮らしをしている。

僕には一人の姉と、従兄の兄がいる。二人共成人しているので、今は一緒に東京で暮らしている…らしい。

"まもなく発車いたします"

ガタン ガタン

数時間に一本の列車に乗って、僕はリズムよく揺れる。

さすが田舎。人が少ないと、感心しながら。

(……向かい側に座ってるあの子、可愛い。僕と同じ制服ってことは、同じ高校か)

背景の緑の風景に溶け込むような、きれいな緑色の髪をした子。自分より身長は高く、同じブレザーを着ている。バックには、熊よけの鈴がついている。

(寝てる…ここらへんあんまり電波届かないから、スマホも使えないし。僕も寝ようかな)

僕はゆっくり目を閉じると、座席に体を任せた。

__________________

____________

____ __ _

「……い……ーい………おーい!」

「……ん…?」

誰だ…?声が聞こえる。女子みたいな高い声…何だろう。

「…う、わあああああ!?!?!?」

ガンッ

〜〜っ!いった!頭思いっきり窓にぶっけた……いや、それより。

何!?今、誰かの顔が目の前にあったよね!?びっくりして大きな声出しちゃった…!

「あ、えっと…大丈夫?そんな驚かすつもりはなかったんだけど……」

「あぁ、いや、大丈夫です…」

「そっか。よかった!」

横に誰か座ってる。この子は…さっき向かい側にいた可愛い子?意外と明るい子だ。

でも、なんでこっちに来たんだろ?

「その制服、美奈辰高校の人だよね。もうすぐ駅につくから起こそうと思ったんだ。見ない顔だから…転校生?」

その可愛い子は優しく明るい声で、そしてニコニコ笑顔で僕に話しかけてきた。じわじわと近づきながら。

初対面でいきなり距離感0のこの子に、僕は少し戸惑った。だけどすぐに冷静になって、落ち着いて会話をした。

「そうだったんだ、ありがとう。うん、僕は転校生だよ。東京から来たんだ」

「へぇ…あ、紹介がまだだったね!俺の名前は柊樹采和ひいらぎとわ。気軽に采和って呼んでね!」

「僕は短咲凪沙たんざくなぎさ。凪沙って呼んで」

え、采和さん男だったんだ。ずっと女子かと思ってた…それぐらい可愛いから。

僕たちは握手を交わすと、采和は頬に手を当てた。

「はぁ〜、まさかイケメンと握手をする日が来るなんて…夢みたいだなぁ」

「え?采和さん、男だよね…なんでイケメンと握手するのが嬉しいの?」

純粋な疑問だった。普通なら、男子は可愛い子と握手をしたがるだろう。なのに、采和はイケメンと握手をして喜んでいる。それがなぜなのか、僕は分からなかった。

「だってうちの高校さ、男子は多いけどイケメンが全くいないんだよねー。人数も少ないし…凪沙君も、数少ない女子を取り合うんだよ」

「僕女だけど」

「…へ?」

采和は凪沙の思いがけない発言を聞き、変な声を出した。

ポカーンとした顔をしながら、列車の中に声が響く。

"まもなく、美奈辰駅〜 まもなく、美奈辰駅〜"

采和は意識を取り戻すと、バッと凪沙を見た。

「よし、凪沙君。その話、詳しく聞かせてもらおう」

そんな驚いたのか?と思いつつ、なぜこんなに疑われているのかの疑問も持ちながら、ほぼ無人の駅を二人で歩いていった。

これが、初めてできた田舎の友達、采和だった。

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