テオドールと旅の仲間の魔法使い
海堂 岬
第1話 魔法使いとはすなわち
魔法使いとはすなわち、魔法の探究に心血を注ぐ人々である。
と言えば聞こえは良い。実際は異なっていると私は思う。
魔法使いとはすなわち、魔法の探究以外のことは、一切合切、何もかも、綺麗さっぱり頭の中にない連中だと私は考えている。少なくとも私が知る魔法使いの大半、いや、ほぼ全員が魔法以外のことは二の次三の次である。
それでも、今回は本当に驚いた。私が知る魔法使いたちは、まだしも常識的だった。
「僕が御義父様のお屋敷に戻ってきたときで、本当に良かったです」
テオドールが言うとおりだ。
「それはそうだが、その理論だと」
「いや、でもさ、ここをこうしたら、これを補填するしさ」
「あぁ、なるほど」
テオドールの言葉は、話題となっている当人の耳には全く届いていない。まさに魔法使いらしい態度だ。話題の主の話し相手になっている我が息子リシャールの耳にも届いていない。伝承は事実なのだろうと、こういう時に思い知らされる。
王国は、遥か遠い昔に魔法使いたちが建国したという伝承がある。王侯貴族は魔法使いたちの子孫だと伝えられており、実際に大半が魔力を持つ。伝承に懐疑的な見方が多いのは、魔法使いとなれるほどの魔力に恵まれる者は、血筋に関係なく生まれるからだ。
貴族は、ある程度の魔力はあっても、魔法使いになれるほどの魔力を持つことは少ないという常識を否定する存在が我が息子リシャールだ。
リシャールは公爵家の嫡男に生まれなければ魔法使いになっただろう。
よくもまぁ、なんとか公爵家を任せても良いと思えるくらいの常識を身につけてくれたものだとは思う。時々挫けそうになる私を支えてくれた妻には、私は心から感謝している。
魔法使いたちは確かに、魔法の探究に心血を注いでいる。一に魔法、二に魔法、三四がなくて五に魔法。常識というものが、この世にあることを知っているはずだが、平然と無視をする。不思議と食事は忘れないが、死んだら魔法の探究ができなくなるから食べるだけだ。味などどうでもよいらしく、料理する甲斐がないと、料理人泣かせの連中だ。それでも、私が知る王宮に使える魔法使いたちは、常識や礼儀作法を比較的守っていたらしい。
「あぁ、それならここが」
「だったらここをこうしたら効率が」
魔法使いは魔法使いだ。魔法に夢中になっている魔法使いは放っておくしか無い。というよりも、近寄らないほうが良い。魔法談義に夢中になりすぎて、突然魔法を放つことがある。先祖代々受け継いできた結界が支える我が屋敷は耐えられるが、それが全てに当てはまる訳では無い。魔法使いたちには悪気はない。だが、だからといって全てが許されるわけではない。
良い意味でも悪い意味でもこの屋敷の使用人たちは魔法使い慣れをしているため、動じることも逃げ出すこともない。他所で見かけたら、できるだけ刺激しないように静かに逃げるようにと常々指導しているが、時に心配になる。
リシャールを相手に魔法談義に熱中しているのは、今日突然屋敷を訪ねてきた魔法使いだ。
魔法使いに身繕いをしろと言っても無駄であることは知っていた。だが、さすがにあのような酷い格好では、魔法使いと名乗っても信用しろというほうが無理だ。
人の影が短くなる頃合いだった。突然門の前にボロ布の塊が現れ、勇者テオドールの知り合いの魔法使いだから取り次いでくれと言った。ボロ布の塊つまりは不審者を、門番たちは追い出そうとしたが魔法で動きを止められた。リシャールとリシャールの妻ソレーヌが屋敷の周りに張り巡らせた結界が、侵入者を知らせる警告を発し、屋敷中が騒然となった。
リシャールが侵入者を仕留めるために術を組み上げ、不審者がそれに対抗した術を組み上げた時、長旅から帰ってきたテオドールの声が響いた。
「フェルナン! フェルナンだよね。久しぶり」
二人が組み上げた術は、一瞬で解けて消えた。
テオドールが声をかけるのが、あと一呼吸遅かったら、二人の術はまともに正面衝突し、屋敷はかなりの部分が破壊されていただろう。結界にも限界はある。
「貴方方二人とも、一体全体どういうおつもりでしたの。大きな術をこの人の多いところで展開しなさろうとしたのかしら。その頭は一体全体、何のためにあるのかしら。魔法を覚えているならば、その威力もおわかりですよね」
義理の娘、つまりは息子リシャールの妻ソレーヌの剣幕に、リシャールと不審者フェルナンはしおらしく
残念ながら、魔法使いの反省など、全くあてにならない。魔法に夢中の彼らは、常に仕出かす生き物だ。ソレーヌは、リシャールの婚約者だった頃からリシャールを根気よく叱ってくれた。だいたい息子というのは、親の、とくに父親の言うことを聞かない生き物だ。寛大な婚約者ソレーヌがいなければ、我が
リシャールと一緒に怒られている男はフェルナン、テオドールと共に魔王を討伐した魔法使いだ。
魔法の才能に恵まれたが、公爵家の跡取りであったため魔法使いになれなかったリシャールと、親が誰とも知れない孤児だが魔法の才能を師匠に見出され魔法使いになったフェルナンは、テオドールそっちのけで意気投合して、先程のお互いの術式の解説から始まり、あれやこれやと魔法の真髄に関しての話題で盛り上がっている。
リシャールが放り出した執務は、旅から戻ったばかりのテオドールとシュザンヌが粛々と片付けている。幼い孫たちは、テオドールの膝の上で昼寝中だ。
「僕はお手伝いしかできませんから」
テオドールは相変わらず謙虚だ。国への貢献が認められ、伯爵から侯爵に陞爵されたのだが相変わらずだ。
「侯爵様、そんなことをおっしゃっていただいたら、私どもの立場が無くなります」
私より先に、書記官たちが言葉にしてくれた。
「お兄様も、相手があなただから、安心して仕事を放り出しているのよ」
シュザンヌは謙虚すぎるテオドールに言葉をかけるが、自分の働きを忘れている。私は二人の子供に同等の教育を授けた。二人は私の自慢の子供たちである。公爵家の一員であっても驕り高ぶってはいけないと教えたのだが、シュザンヌは謙虚が過ぎる。
「シュザンヌ、私の可愛い義妹。一応は次代の宰相であるはずの誰かさんが、頭の中を魔法一色にしていられるのは、可愛い妹と妹一筋の義弟のお陰よ」
いろいろと困った魔法使い二人を監視しているソレーヌが微笑む。
魔法使いたちの魔法談義などという、関わるなとか、見かけたら全力で逃げろととか言われる光景をのんびり眺めていられるのも、ソレーヌのお陰だ。こんなことに魔法の才を使わせて申し訳なく思うが、ソレーヌはこれだけが得意ですからと笑顔でいてくれる。私と妻は、リシャールと同じ世代にソレーヌを誕生させてくれた神に感謝している。
「そろそろお茶にしませんこと」
「あぁ、それはいい」
私たちは妻の言葉に、魔法使いたちは茶と菓子の香りに顔を上げた。
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