茱萸神社の死神
和泉ゆうき
第0話
三畳一間の散らかり放題の部屋。
机上には、食べ終わったであろうカップ麺の容器、割り箸などが、周囲に乱雑に積み重なり散乱している、正にゴミ屋敷だった。
使い古しのベットに万年床。いつ洗濯されたさえもわからない洋服の山。
唯一、大事にされているのであろう一対の着物と作務衣だけは手入れがされきれいだった。
おそらくここの住人であろう男は、細い荷造り紐で、鴨居からぶら下がり、すでに息はなかった。
一見すると無精髭がのびにのびているが、若く見える。死後3日というところだろうか。
男の名は福有という、今年で36になる。
職業は介護ヘルパー。
人間というものは、生きていれば生きているだけ金がかかる生物だ。特に介護職は、仕事に見会わず、極端に給金が安い。また、人間関係も悪いところが多く福有の職場もまた、度を越して悪かった。
朝の送迎、入浴介助、食事介助にオムツの交換、総じて福有は1人でこなさなければ、ならず、他の連中は、施設長の金魚のフンみたいなもので、利用者のいる目の前で競馬に興じ、アプリゲームにうつつを抜かし、休憩時間にまともに帰ってきた事などない。
その場合、施設長がちゃんと注意するなりするはずだが、若いのに囲まれてちやほやされてるためか、対応する気なぞ全くもってない。
ついぞ福有は体力、精神共に追い詰められ事ここに至る訳であった。
葬式に顔を見せず《ただの役立たずだった》とか《ポンコツだ》、《構って欲しくて結果、自殺しただけのやつ》と彼をせせら笑いバカにしていた。
福有は神でも仏でも、すがれるものはすがった。が、神も仏もなかった。
彼は今、うすぼんやりと、どこまでも続く真っ白い部屋に、たたずんでいる。
(ここが、地獄というやつか)
福有は笑おうとしたが、うまくできなかった。
生前はあんなに顔に張り付いて取れなかった作り笑いすらできない。
ゆっくりと首の辺りに手をやるとくっきりと、紐が食い込んだ後がまだのこっている。
しばらくして、何かに引っ張られるようにして、フラフラと体が動いてゆく。
フラりフラりと足元はおぼつかないが、確実に福有は歩いていた。
やがて、白かった壁は段々とうす黒く代わり、しまいには赤黒い、気味の悪い壁が続いていく。
(あぁ、やはり地獄か)
福有はそう思いながらも、歩みが止まることはなかった。
突如として、それは現れた。一人の老人である。ぼろ布の様にあちらこちらに穴が開き、肋骨が数えられるほど浮き上がっている。頭髪はいつ洗ったのかわからない、まるで綿埃のような毛が、ポツポツとあるだけ、手には細い根竹の使った老人の胸まであろう高さの杖を持ち、こちらを見ながら、ニタニタと下品な笑いを浮かべていた。
「やれやれ、ようやく閻魔も後釜を寄越したかい」
「あんた、誰だ」
福有は至極、まっとうに聞いた。
「お前さん、、、福有というのか、、、死因は、、、ホ、首くくり、また、随分と古典的な」
「なぜ、私の名前を知っている?」
「そりゃぁ、こんなナリだが、一応は神の端くれだから、ねぇ」
そう笑いながら、老人は、杖を福有に向ける。
「福有、お前さん、こんなナリの神様の話を聞いたことがないかい?」
福有ははっとして。
「死神、、、来るのが遅すぎやしないか」
「お前さんが、はやく来すぎたんだよ」
死神がいう。『人間には天寿、天命ってのがあるが、時たま、それをねじ曲げて、ここに来るやつがいる』と。
「で、何の用だ」
「さっきも言ったろ、お前さんは、ワシの、、、後釜だと」
「嫌だといったら?」
福有を目の前に死神が吹き出し笑う。
「そいつは、無理だ。閻魔がそう決めた」
死んだ魚のような眼をした福有は笑いもしない。
「そうだ、お前さんにいいものを見せよう」
そういいいながら、杖で地面を小突くと、死神老人の横に画面が写し出された。
「これは、血の池さね、、、見えるかい?」
血の池に、ゆっくりと沈んでいくのは、かつての、勤めいた施設の上司と同僚達だった。
泣き叫び、怒声を時にあげては悲鳴をあげて再び沈み、浮いてきた時には骨と所々に肉がついた、ちょうど、体内から何かに喰われたような形になって呻いている。
そこに笑顔を浮かべた老人が粉をまく。するとみるみるうちに、体は再生復活し、同僚達は、また怒声をあげながら、悲鳴をあげ沈んでいく。その繰り返しだった。
そんな映像を見せられた福有を死神は、ニヤニヤと見ている。
福有は笑っていた。
「この杖は、死神の証、、、もうお前さんは、立派な死神だ」
そういわれ、福有は死神になった。
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