第3話 中二病の恩恵


 スキル【特許権】の仕組みを俺専用ガイドラインであるアイリスに聞いた翌日。


「はぁ、はぁ。……よし、せーのっ!」


 斧を振り上げ、叩きつける。

 綺麗に薪が割れた。


 それを回収し、次の木をセットする。

 俺はひとりで薪割りに勤しんでいた。


「ガスのない生活って、マジで大変!」


 クラスメイトたちと共に召喚された古城には、女神様のサービスで日本の米が備蓄されていた。しかしこれを食うために火が必要。


 古城内のキッチンには魔力で稼働するコンロもあるが、俺の魔力量では米が炊けるまで火力を維持していられない。だから薪を入手するしかないんだ。


 薪にするための木は用意されていたが、そのままでは火の付き方が悪いのでこうして薪割りに精を出している。


 ちなみに薪が必要だということも、薪で米を炊く方法もアイリスに聞いた。


 異世界で生活するなら、彼女はとても役に立つ。


 ただ、彼女がいても俺のスキル【特許権】は、この世界で無双するための力とはなり得なかったんだ。



 慣れない薪割りで身体がしんどい。

 休憩がてらダメもとで聞いてみる。

 

「アイリス、特許化できる魔法詠唱を教えてよ」


『申し訳ございません。私にはそのような機能はありません』


 こんな感じで何回やっても拒否される。

 詠唱は俺が考案する必要があるらしい。


「じゃあ、“焼き尽くせ、ファイアストーム” は、どうかな?」


『特許出願を実行しますか?』


「うん。さっきのと同じで “短縮バージョン” で良いよ」


 最初はアイリスがスキル【特許権】の進行状況を伝えてくれるのがカッコイイと思ってたけど、何度かNGを出されるうちに少し聞いているのが苦痛になってきた。


 省略できる部分もあるというので、彼女に任せることにしたんだ。


『承りました。ファイアストームの魔法詠唱を “特許出願” します。スキル【特許権】発動。申請中……。方式審査は通過しましたが、魔法の発動ができないとして、拒絶されました』


「くそっ、またか!」


 昨日から何十回と試しているのに、未だひとつも詠唱を特許化できていない。


「どうすれば良いか教えてよ、アイリス」


 そのために君がいるんでしょ!?


『どうすれば特許化できるかを思案する機能は私に実装されていません。祐真様にアドバイスできるのは、新規性と進歩性があること。そして発動可能な魔法詠唱を御考案くださいということのみです』


 新規性と進歩性があって発動可能って条件が難しすぎるんだって!


 だいたいインターネットが無いこの世界で、どうやってアイデアを出せばいいんですか!? 過去の事例が見えなければ、どういうものが特許化できるか傾向が分からない。そもそも女神さまですら初見だって言っていたスキルなんだ。過去に特許化できた事例なんてないのかもしれない。


 古城の書庫にあった魔導書には初級魔法しかなかった。


 念のためにその全てを特許出願してみたけど、全てNGだった。


 もう詰んでいる。


 やっぱり俺は、ここでクラスメイトたちが魔王を倒してくれるのを待っていることしかできないのだろうか?


 せっかく夢に見た異世界に来ているというのに……。


 こんなのって、ひどすぎるだろ。




「ん? まてよ」


 確かにこの世界にインターネットは無い。当然パソコンだってないから、それで過去の事例を調べられない。


 でも俺にはガイドラインのアイリスがいる。


 そして彼女は火炎弾が特許登録できないことを知っていた。


 つまり──



「アイリスって、この世界にある魔法の詠唱を知ってたりする?」


『はい。現在、一般的に使用されている魔法詠唱は全て把握しています』


「お、おぉぉ!」


 どうしてこんな単純なことに気付かなかったのだろう。


 最初からアイリスに聞けば良かったんだ。


 ていうか、俺が書庫で魔導書を読んでいた時点で言ってくれればいいのに……。


 まだそこまで機能が発達していないのだろうか? アシスタントAIみたいに、会話していく過程で成長してくれると嬉しいな。


 なにはともあれ、特許化スキルを使う第一歩を踏み出せそうだ!



「アイリス、とりあえず分かっている火魔法を全部教えて」


『承知致しました。まずは初級攻撃魔法から。詠唱は“火の精霊よ、我が敵を焼け、火炎弾” です。続いて中級防御魔法 “強き火の精霊よ、火炎の防壁にて我が身を守護せよ、火炎壁” 、中級攻撃魔法は “強き火の精霊よ、火炎渦巻く暴風にて、我が敵を蹂躙せよ、火炎裂風” です。最後に上級攻撃魔法。この魔法の詠唱は──』


 火属性の魔法には初級攻撃、中級防御と中級攻撃、上級攻撃魔法の4種類があるってことが分かった。


 たった4種類しかない。


 これなら、より魔力効率を上げる詠唱を考えるとかすることで進歩性が認められるんじゃないだろうか。再び希望が見えてきた。



 それ以外にも気付いたことがある。


 魔法名についてだ。


 魔法名は、全て漢字っぽかった。

 少なくとも英語や和製英語じゃない。


 俺はファイアボールとかファイアストームで特許申請していたけど、そもそも英語じゃ魔法発動ができないのかも。



 また、詠唱の傾向も分かった。


 まず火の精霊に声をかけるんだけど、初級は“火の精霊よ”、中級は“強き火の精霊よ”、上級は“偉大な火炎の精霊よ”となる。これはおそらく他の属性魔法でも同じだろう。重要なのは、使う魔法によって精霊の崇め方が変わるってこと。


 これで基本は理解できた。


 いくつか魔法詠唱を考案してみる。


 良さそうなのを複数思い付いた。

 あとは発動できるかが問題だ。



 ──この時、アイリス以外の何者かが俺の脳内に語りかけてきた。



 それは闇の声。



「…………まさか、な」


 過去の黒歴史が俺に声をかけてきたんだ。



 今こそ俺が考案した“暗黒呪文集ダークネス オブ スキルズ” の出番であると。


 

 中二男子だったら誰しも妄想すること。


 もし自分が魔法を使えたら、こんな強い魔法を使うという妄想。



 ……えっ、するよね?


 みんながするものとして話を進めよう。



 妄想より生み出された呪文の数々。

 それを綴ったノートの存在。


 

 こっそり書き溜めていた呪文のノートがクラスメイトにバレて、クラス全体に見せつけられ、馬鹿にされるまでが一連の流れである。


 俺はその洗礼を受けた。


 それでも不登校にならずに高校まで進学できたのは、クラスメイトに同士が複数名いたからだ。彼らを親友だと思ってた。同じ高校に進学し、クラスも同じ。


 だから彼らもこの世界に来ている。


 そんな親友たちだが、魔法が本当に使えるとなった瞬間、俺をこの場に残して去って行った。あの裏切り者どもめ……。


 まぁ、逆の立場だったら俺もそうするから、恨んだりはしてない。


 食料もたくさん持ってきてくれるって約束してくれたし。



 さて、過去を振り返るのはここまでにしておくか。


 ここはひとつ賭けに出よう。


 俺の黒歴史が、この世界に通用すると信じるんだ。



「アイリス。次の特許出願は省略しないで」


 せっかくだから全部聞きたい。


『はい、承知致しました。省略しません』


 よし、やってみよう!


 いきなり最強魔法を試してやる。



「静寂破りて雷鳴響く、開闢かいびゃくより幾星霜いくせいそう、其の天楼てんろうに雷を蓄積せし巍然ぎぜんたる大精霊よ。我の敵を塵芥ちりあくたのひとつも残さず殲滅せよ、雷哮らいこう


『承りました。雷哮の魔法詠唱を特許出願します。スキル【特許権】発動。方式審査 を開始します。審査中……。正式なスキルによる特許出願であると査定されました。出願公開を承認しますか?』


「承認する!」


『承りました。出願公開を実施。スキル【特許権】保有者が出願者以外に存在しないため、情報提供の過程をパスします。続いて審査請求に移行します。出願人はこれを承認しますか?』


「承認する!!」


『承りました。審査請求を実施。実体審査に移行します。現在、審査中……』


 行け、いけ!

 頼むからいってくれ!!


 俺に、この世界で無双するって夢を見させてくれ!!


『審査結果が出されました』


 さぁ、どうだ!?




『審査の結果、“権利化査定”となりました』



「そ、それって。俺の考えた詠唱が特許になったってこと?」


『その通りです。おめでとうございます、祐真様』


「やっったぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」



 こうして俺は、この世界で無双するための第一歩を踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る