第14話 鑑定

 さて、困った。どうしたものか。


 溶岩地帯の向こう側に宝箱があったまでは良かった。何もありませんでしたー! なんてことにはならなかった。


 しかし、宝箱から出て来たものが、謎すぎるのだ。



 鶯谷のとあるラブホの901号室──つまり俺の部屋のリビングのローテーブル。その上に無造作に置かれているのは、昨日新宿ダンジョンの宝箱から出て来た石像だ。


 その石像。男の人がモチーフだとは分かる。ただ、使い方が分からない。


「ウゥ……」


 グミが石像を弄っている。もちろん、何も起きない。


「視聴者の皆様! この石像、何だと思います?」



『わかんねー』

『なんか特殊な効果はあるんだろうけど』

『石像だから、石化耐性付くとか』

『意外と武器なんじゃない? 殴るとめっちゃ痛いとか』

『その石像の顔、アナウンサーの角野さんに似てない?』

『思った! めっちゃ似てる!!』

『角野さんにしか見えなくなってきた』

『鑑定して貰えば?』

『あぁ、そうね。角野さんを鑑定してもらおう』

『今日は鑑定配信だ!』

『死ぬ死ぬマン、鑑定料出せるの?』



 鑑定料……。ネットでも調べたことあるが、最安でも一点五万円。【鑑定】のスキル持ちは希少なのだ。


「いや〜鑑定料ないっす。皆さんの投げ銭も俺のところに振り込まれるのは大分先なんで……。角野さん、鑑定したいんすけどねぇ」



『死ぬ死ぬマン、五万ないのか……』

『俺もないから人のこと言えない……』

『オカンに出してもらえないの?』

『ふふん。タケシちゃん可愛いから、タダで鑑定してあげてもいいわよ〜』



「えっ……タダですか……!? 本当に、タダで角野さんを鑑定してくれるんですか……!? 臓器とか取られないですよね……!?」



『大丈夫よ! そんなことしたら評判に関わるでしょ。私、結構有名な鑑定士なのよ?』


 その後、コメント欄に書き込まれたのは都内でも五人しかいない【上級鑑定】のスキルをもつ、鑑定士の名前だった。



#



 鑑定士は神保町に事務所を構えていた。


 大学が多いのか、地下鉄を降りてから若い人とやたらすれ違うし、見られる。


 まぁ注目を集めているのはグミなのだが。バスタオルにボクサーパンツ姿だから仕方がない。


「ウゥ……!」


 グミが突然足を止めた。そして路面店を指差す。


「カレー屋かぁ。グミはスパイシーな食べ物が好きだな」


「ウゥッ!」


「食べるのは鑑定が終わってからにしよう。多分、もうすぐ着くから」


 スマホのマップ曰く、この辺の筈。


 ぐるりと辺りを見渡していると、あるビルの二階の窓が開いた。こちらに向けて手を振っている人がいる。きっと、鑑定士のトマベチさんだ。


「グミ、あっちだ。行くぞ」


「ウゥ……」


 なかなかカレー屋の前から動こうとしないグミを引き剥がし、目当てのビルの二階へ。「トマベチ上級鑑定事務所」の表札がついたドアがある。


 インターホンを鳴らすと、「どうぞ〜」とちょっと作った声が響いた。


 ドアノブ の向こうは白を基調とした空間で、濃い緑の観葉植物がポツポツと置いてある。おしゃれだ。視聴者から「内装がちょっと……」とディスられるうちの実家とは違う。


「タケシちゃん。ここに座って〜」


 トマベチさんは、とてもふくよかなおばちゃんだった。


 グミと一緒に革張りの茶色いソファに座ると、少ししてトマベチさんが対面に座った。


「あの? 顔出しですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫よ〜。今まで何回も配信とか出てるし」


 あぁ。ダンジョン産アイテムの鑑定は人気コンテンツだもんなぁ。ボスドロップの鑑定配信とか俺も見たことあるわ。


「今日は声をかけてくださり、ありがとうございます!」


「ふふ。いいのよ〜。実は私、死ぬ死ぬマンチャンネルは開設二日目に登録してたの。古参なんだから」


「そうなんですか……!? ありがとうございます! めちゃくちゃ嬉しいです!!」


 いやぁ。チャンネル登録者に会うの初めてだ。本当に嬉しいな。これ。


「早速だけど、あの石像、角野さんだったかしら? 出してもらえる?」


「はい!」


 リュックを開けて、角野さんを取り出してローテーブルに置いた。


「触ってもいい?」


「勿論です!」


 トマベチさんは角野さんの頭に手を置く。


「じゃ、鑑定するわよ?」


「お願いします!」


 ちょっと緊張する。いや、めちゃくちゃ緊張する。これでしょぼいアイテムだったらどうしよう……!?


 手が輝き、角野さんが光に包まれる。


 ──静寂。トマベチさんが額に汗を浮かべている。


「ど、どうでした……?」

「ウゥ……?」


「これは、やばい品よ」


「やばい……?」

「ウウウ……?」


 トマベチさんが深く息を吸った。


「角野さんを使うと、一時的にステータスの値を入れ替えることが出来るわ」


「それは例えば、攻撃力と防御力の値をスワップ出来るってことですか?」


「そうよ……!」


「確かに珍しいですけど、あんまり使い道ないような気が……」


「タケシちゃん……!!」


 トマベチさんの顔がグッと近寄ってきた。


「あなたのステータスには、HPがあるでしょ……!!」


 あっ、それはやばい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る