第12話 溶岩地帯

 新宿ダンジョン一階、溶岩地帯。


 ドロドロと赤黒い河がダンジョン内に横たわり、対岸は遥遠い。向こう側どうなっているのかは、誰も知らない。


 何人もの挑戦者の命を奪ってきた日本のダンジョンでも最も危険な場所の一つだ。


 つい最近も高温耐性スキル持ちの配信者が溶岩チャレンジをして命を落とした。十歩歩いたところで脚が燃え上がり、そのまま溶岩の海に転倒したのだ。


 高温耐性スキルは1500度まで耐えられるらしいから、新宿ダンジョンの溶岩はそれ以上なのだろう。


 また、ドローンを飛ばして溶岩地帯の先を撮影しようとした者もいたが、下から飛んでくる溶岩弾に墜落させられている。


 誰もが「溶岩地帯の先には何かがある!」と考えている。しかし新宿ダンジョンの攻略を目指すトップ探索者ですら、ここには手を出していない。一階にありながら、人類未到の地。


「今日は溶岩地帯に挑戦したいと思います! ここからはスマホと首のアクションカメラで配信します!! ドローンカメラは墜落させられちゃいますからね!!」


 スマホで自撮りしながらコメント欄を見ると、案の定、お祭り騒ぎだ。脳内ステータスでHPを見ると凄いことになっている。


※【 H P 】 1823/4535


 HPの回復が視聴者の増加に追いついていない。想像以上の注目度だ。グミのお風呂配信よりも勢いがある。


 まぁ、それはそうだろう。もし溶岩地帯を越えれば人類初の偉業なのだ。皆、赤く沸き立つ河の向こうがどうなっているか気になっているのだ。


「あの……大変申し上げ難いのですが。投げ銭をお願い出来ますでしょうか? 私、死ぬ死ぬマンは皆様の投げ銭でHPが回復致します。今のHPでは溶岩地帯を抜けられる気がしません……」


 なるべく殊勝な態度でお願いしてみたが、どうだ?



『猫被ってんじゃねぇぞ! まぁ、投げ銭はするけど』

『口調キモい! まぁ、投げ銭はするけど』

『気持ちこもってねーな!! まぁ、投げ銭はするけど』

『視聴者どんどん増えてますね!! 投げ銭します!』

『死ぬ死ぬマン死んだら、グミちゃんどうなるの?』

『おっ、俺がテイムするぜ! グミちゃんを!!』

『グミちゃんは俺のものだ! 死ぬ死ぬマン、死ね!』



「ちょっと! 途中から変な流れにしないで!! 俺は死にたくないの!! それに皆んな、溶岩地帯の向こう側みたいっしょ!? 一緒に行こうよ。向こう側へ。今すぐ知り合いに拡散してえぇぇ!!」


 溶岩地帯の前でスマホのカメラに向かって土下座を敢行。すると、グミまで真似して二人で地面に額をつける。


 そろそろどうだ? HPの具合は?


※【 H P 】 11035/12354


 よっしゃゃゃゃ!! 五桁来たァァァ!! これならいけるだろ!!


「よし! HPが溜まって来ました!! これから溶岩地帯に挑みたいと思います!! グミ、お留守しててね!!」


 グミの両肩をグッと握り、「じっとしてて」と何度も念を押す。


 理解したのか、溶岩地帯から少し離れて体育座りをした。


「おしっ!」


 一人気合いを入れる。


 きっと大丈夫だ。今もHPは増え続けている。少し歩いてみて、本当にやばければ引き返せばいい。


 信じろ。HPの壁を信じるんだ!


 溶岩地帯、ギリギリに立つ。すぐ目の前で、ドロドロと赤黒い濁流が流れている。


 恐る恐る一歩踏み出す。HPの壁が俺を包み、何のダメージもない。ただ、泥の中を歩いているような感覚だ。


HPはどうなっている?


※【 H P 】 10002/14326


 えっ! 一瞬で1000以上減ってる!!


「やばい!! 死んじゃう!! めっちゃダメージ受けてる!!」


 この時、何故か俺はもう一歩踏み出してしまった。


※【 H P 】 9022/15329


 視聴者は物凄い勢いで増えている。その事実に脳が痺れてしまう。そしてもう一歩。


※【 H P 】 8044/16423


 もう一歩。


※【 H P 】 7067/17329


 駄目だ。止まらない。増加する同時接続数にハイになる。一歩、二歩、三歩、四歩……。勝手に足がすすむ。HPは……!?


※【 H P 】 20347/23457


「えっ……!? まさか皆んな……!?」



『もっと投げ銭しろ! 死ぬ死ぬマンを死なすな!!』

『死ぬなよ! 死ぬ死ぬマン!この金を受け取れ!!』

『俺達を溶岩地帯の向こうに連れて行ってくれ!!』

『ウオオオオオオ!! いけぇぇぇぇぇ!!』

『頑張ってください! 死ぬ死ぬマンさん!!』

『すすめぇぇぇぇぇ!!!!』



 コメントが俺の背中を押す。投げ銭がHPを回復させるっ!


「うおおおおぉぉぉ!! このまま行ってやらぁぁ!!!!」


 俺は溶岩の中を駆け抜け、対岸に辿り着いていた。

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