第5話 テイム

 秋葉原の大通り。すれ違う人々の視線が痛い。


 コンカフェの客引きは俺達が通ると悲鳴を上げて飛び退く。


「ウゥアァ!」


「こら、人間を脅さないの!」


 俺達とは、俺と女グールのことだ……。


 テイム済みのモンスターは主人と一緒ならダンジョンの外でも活動出来る。隣を歩く灰色の肌をした屍食鬼はダンジョン管理人に「テイム済み」と判断されたのだ。


 さて、どうしたものか……。縋るような気持ちでスマホを取り出し、コメント欄を確認する。



『マリナを悪役にしたの草』

『なんでグールをテイムしてるのよ!?!?』

『モフモフをテイムするんじゃなかったの!?』

『屍食鬼はモフモフじゃないよ!!』

『当初の目論みと違い過ぎるwww』

『グールのテイム成功してるの初めてみたわ〜』



「皆さん教えてください! グールって庭で飼える?」


 中空に浮かぶドローン型カメラに問いかける。



『家に入れてやれよ!』

『テイムしたからにはちゃんと面倒みろよ!!』

『グール配信、全然癒されなくて草』

『ウゥゥアァァしか言わねー!!』

『グール、食費大変そうですね!!』



 クソ! やっぱり家で飼わないとダメか!! 親になんて言おうかな。それに食費とか全然考えてなかったよぉぉ。


「ウゥ……」


 女グールがある店舗の前で立ち止まった。香辛料と焼いた肉の匂い、テイクアウトのケバブ屋だ。


「ほら、お店の迷惑になるから行くよ!!」


「ウゥ……」


 冷たい手を引っ張っても動こうとしない。店のトルコ人とめちゃくちゃ目が合う。


「えっ、まさかケバブ食べたいの?」


「ウゥウゥ」


 コクコクと頷く。グールって屍肉しか食べないんじゃないの? いや……ケバブも死んだ羊とかの肉だけど……。


「ウゥゥゥゥ!」


「こら! 人のケバブを取ろうとしないの! 買ってあげるから大人しくしなさい!!」


 客の商品に手を伸ばそうとするのを必死に止め、その流れで店員にケバブを一つ頼んだ。金ないのに……痛い出費だ。


「ほら! 食べていいよ!」


 ケバブを渡すとグールはものすごい勢いでかぶりつく。


「こら、紙は食べないの!!」


「ウゥ……」


 少しだけしょんぼりする。


「さぁ、行くよ」


 手を引くと、やっとグールは歩き出した。



#



 山手線に乗って三駅。地元についた頃には陽が落ちかけていた。


「いやぁー疲れたなぁ。人に見られるのって大変」


「ウゥゥ」


 テイム済みモンスターが電車に乗っていることは珍しくないが、グールは別らしい。めちゃくちゃ注目された。悪い意味で。


 北口改札から出るといそいそと歩くカップルがあちこちにいた。いつものことだが。


 歩きながら何気なくスマホで【死ぬ死ぬマンチャンネル】を確認すると、同時接続数が2000を超えていた。凄い。


 橋本マリナとの戦闘がいい方向に作用したのだろう。グールをテイム出来たのも効いているのかもしれない。コメント欄も活発だ。



『おい死ぬ死ぬマン! なんで鶯谷に来たんだ!?』

『鶯谷といえばラブホ。まさか……!?』

『死ぬ死ぬマンさん! それは駄目ですよ!!』

『テイム初日に飛ばし過ぎだろ! 死ぬ死ぬマン!!』

『うおおおお!! グールと初夜配信!!』

『えっ、マジでグールとホテル行く気!?』



 めちゃくちゃ勘違いされてる!!


「違います! 違いますよ!! 俺の実家ってラブホ経営してて!! ラブホの最上階に住んでるんです!! ただ帰宅しただけなんです!!」



『えっ!? マジ!? 死ぬ死ぬマンおもろすぎだろ!』

『実家ラブホで配信デスゲーム、グールをテイム……』

『情報多いな! 死ぬ死ぬマン』

『俺、このラブホ行ったことあるわ』

『私も……』

『鶯谷で一番安いラブホだよね。ボロいけど』

『シャワーのお湯の出が悪い』

『内装が微妙なんだよね〜』



「ちょっと!! 普通のダメ出しはやめて!! 凹むでしょ!! これでも一生懸命やってるの!!」


 店先であまり騒いでいるとお客さんが来なくなる。グールの手を取り、足早に実家──ラブホに入った。


「いらっしゃ……タケシかい。おかえり……」


 フロントに座る母親から声が掛かる。


「ただいま〜。じゃ、上行っちゃうね〜」


「待ちなさい!」


 クソ。さらっと通り抜けようとしたが、やはり無理だったか。


「人間の彼女が出来ないからって、モンスターに手を出すつもりかい!? まさか……それを目当てにダンジョン免許取ったんじゃないでしょうね……!?」


 母親がフロントから身を乗り出し、詰問してくる。


「違うよ! 色々あってグールを助けたら、テイム出来ちゃったんだよ! テイムしたモンスターは面倒を見る義務があるんだ! これは、仕方のないことなんだよ!!」


 何一つ嘘は言ってない。


「えっ、このモンスターをウチで飼うのかい!?」


「そうだよ! 義務だから!! 放置すると罪に問われるし!!」


 母親は黙り込む。そして深い溜め息をついた。


「お母さんは面倒見ないからね。自分で全然世話しなさいよ」


「もちろんだよ!!」


 よし。押し切った。

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