ヘンリク卿〈4〉
右翼の一集団であるエゼルレッド麾下の騎兵が後方へと下がるのを確認した帝国騎兵は好機と捉えたのだろうか。
次々と魔導砲撃を放ちながら、馬の速度を上げて横列にて突撃を敢行し始める。
しかし側面や背面を見せながらも、侯国軍は砲撃の殆どを後ろに目でもついているかの如く、障壁で妨害して悠々と退いていく。
「戦場にて回頭する際は整然と列を保ち、五馬身先にて角度を適宜調整して障壁を張る」という
それを見た帝国騎兵の一集団はなお突撃の脚を緩めない。騎兵の数だけならば圧倒的に優勢。白兵戦を以てすれば容易く崩壊せしめるとでも先導者は考えているのだろう。
「そろそろ中央だ…合図を送れ!」
禿頭男に命じられた侯国の騎手は頭上高く、緑に発光する魔導弾を放った後、続けて後続を脇に誘導して再び回頭する。
帝国軍は最早突撃の体勢に入り、速度も最大限まで加速させていた。
それ故か。
後方に潜む侯国軍中央に陣取る歩兵部隊の間近まで接近していたことに気づいた時、既に回頭する余裕は無かった。
歩兵の後方より魔導兵の砲撃が騎兵の進路を阻むようにして突出しすぎた騎兵に集中する。
帝国軍は慌てて
続いて前方に陣取る
魔導砲撃は飛来中に目測で着弾地点を見定めて防ぐことが可能であるが、文字通り目にも止まらぬ速度で発射される
障壁を展開する間もなく馬や人体の甲冑を貫通する。身体に風穴の空いた兵士は小さく悲鳴を上げるとそのまま地に転げ落ちる。
一点に集中された魔導砲撃、横列での
これらを運良く掻い潜ることの出来た兵士はそう多くなかったが、トドメと言わんばかりの攻撃がまたしても降りかかる。
射撃を行った兵士は素早く下がると、後ろの
長槍が構えられる。長さにしておよそ3ルーア(メートル)。
友軍を守るべく、斜め上に矛先を向けるようにして構える。その姿は毛を逆立てたハリネズミのよう。
今、騎兵が歩兵に向け水牛の如く衝突する。
しかし数々の攻撃を受けて、弱り切っていた水牛は成る可くして倒れ伏せる。
元より突撃のためとはいえ被弾面積を大きく曝すような横列で、他の兵と連携せずに単独で突出してきたのである。
既に衝突前に結果は明らかであった。
「まだ油断するんじゃねぇぞ!このまま距離を保って、他の騎兵を牽制!」
歩兵から少し離れて回頭を完了させたエゼルレッドは右翼の残存する騎兵と相対する為に再び前進を開始するよう狼の雄叫びを挙げた。
※※※※※※
「何故だ、何故奴らが帝国の戦術を用いている!?」
帝国軍中央後方でカールマン伯爵は他の家臣を見渡して、疑問を投げかける。
しかしこの場の誰にもそれが分かる者は居ない。周囲の誰もが口を閉ざしたまま、伯爵と同様に誰か回答できる人物は居ないかと目線を右に左に向ける。
「常勝帝」と呼ばれた先帝マクシミリアン2世が用いた三兵戦術は帝国発祥の戦術であった。
元々は凡そ百年前、帝国が王国に対して数の上で劣勢であった
魔導兵・騎兵・歩兵の三兵科が有機的に連携することで、
「て、敵のグイスガルド侯は先日『敬虔侯』として教会から称された身。そして学も多才であるとは耳にしていますが…」
「だからといって!帝国貴族でさえ殆ど三兵戦術は用いないのだぞ!何故フラスヴェールの、それもノルデントの狗が用いれるのか!?」
カールマンも、家臣も、訳のわからない事態にただ困惑するばかりであった。
もし彼らがキルデベルト侯、ラグナルス侯子の両名共に帝国の魔導学校に
『キンブリス侯子の従僕コンラート、エルンスト』
として在学していたという事実を知れば納得しよう。
しかしこの場で知る由も術も持ち合わせていなかった。
「…先の突撃で右翼騎兵の凡そ3割を消耗した。以後如何にすべきか?」
「僭越ながら申し上げます。この場は一旦中央の歩兵隊に殿を務めさせて退却すべきかと存じます。これ以上貴重な
「馬鹿を申すな!陛下より勅命を賜ったのだぞ!?然らば今何の成果も無く後退してみよう。陛下にその報が届けば直ちに遅滞なく我が首が飛ぶことを承知した上での発言か!?」
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