開戦前夜〈4〉
侯爵はラグナルスの件が終えた後から部屋の雰囲気がそれまでの陰湿さから開放され、従士団の面々に笑みが戻るのを感じると、脇道から戻り本題に入る。
「『余興』はここまでとする。先に使者殿に伝えた通り、我々はライネスブルク辺境伯と事を構える」
侯国の参戦意志を確認し直すと一人の文官が発言の許可を求めて挙手する。
侯爵が目線を向けて頷くのを確認すると妙齢の女性が立ち上がる。
「殿下。此度の戦は回避できないのでしょうか?」
「尚書殿、よく考えよ。辺境伯は我々と同様に
「で、では我々が退くというのは…」
「…今一度よく考えよ。それに加えて我々の行為は神がご覧になっている」
侯爵の呆れたような口調で尚書も流石に言わんとしたことを理解したのだろう。それ以上の言及を避けた。
直後、公爵は思い出したかのように口を開く。
「そうであった。尚書殿。北の二国、動きはどうなっているか」
「はっ。北方の飛地、帝国領ケンブリス侯国は突然の領主世襲の際に発生した混乱により兵の動きはありません。北東に座する遊牧騎馬民族の
「ならば良し。引き続き議事録の作成を執り行え」
報告を終えると、続いて発言の権利を求めたのはエーギルであった。
「侯爵殿下。恐れながら一つ、献策を宜しいでしょうか?」
「常日頃より其方の発言は侯国に益をもたらし、その価値は万金に値しよう。此度は一体どのような提案をするつもりか?」
「殿下、この戦を終わらせるにあたって何かお考えはありますでしょうか?」
「…たった今、一つの妙案を思いついたところだ」
エーギルは侯からその頭脳を買われている最たる知恵者である。非自由民の身分でありながらも三種の言語を繰り、礼儀作法・琴棋書画・
そんなエーギルは端正な顔立ちの表情筋を少し愉快そうに動かすと、侯爵に一つの
「では其々木板に策を書きしたため、同時に開示するというのはどうでしょうか?」
「知恵比べか。審判は何者が下すか?」
「皆で。元より余興に過ぎません。またこの場に一芸を以て人の優劣を決めつけるような愚者はいないでしょう」
侯爵と白騎士が適当な従者に筆記具を準備させている頃、威勢良い一声が揚がる。
ラグナルスである。
「父上、どうか私にも遊戯に参加させてはもらえないでしょうか」
「許そう。どれ、ラグナルスにも同じものを」
先程の失態を少しでも払拭しようという思いからの参入であった。
そして三者が筆を動かす様を列席者は固唾を飲んで見守る。
視線は特に侯子に集中している。従士団の一員としての出席は今回が初となるラグナルスが、侯国でも高い知性を持つとされるキルデベルト侯とエーギルの知恵比べに参加するとなれば、注目を集めるというのも自然なことであった。
尚書が書き終えた木板を集めると一瞥した後、策を読み上げる。
グイスガルド侯キルデベルトは『出血を強要し講和』
侯子ラグナルスは『城砦に籠り攻勢を遅滞。小康状態に持ち込み停戦』
結果が出た後、侯爵と白騎士は顔を見合わせると双方大笑いし出す。ラグナルスも大笑いとは言わずとも、口角を上に軽く上げた。
「みな同じ結論に達しようとはな!勝敗は…」
「競ったわけではありませんが、引き分けで相違ないでしょうな」
ラグナルスの策は少々慎重だな、とキルデベルトはぼやくが同じ回答に辿り着けたことに侯子は安堵する。
そこへ列席者の一人が問いを投げかける。
「侯爵殿下。一体全体何故その策こそ、我々が採るべき道だと合致し結論されたのでしょうか?」
「ふむ…ラグナルスよ。説明して見せよ」
はっ、と再び威勢よく返事を返すと侯子は事を明らかにし出す。
「まず我々には帝国も、王国も持ち得ないであろう一つの情報があります」
「それはどのような…?」
ラグナルスは質問者の顔を一瞥した後、列席者全員を見回す。そして堂々と臆せずに、年長者ばかりの面々へと考えを放つ。
「丁度一月前、私は帝国より四年の留学を経て戻りました。私は途中で降りましたが、馬車は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます