悪役令嬢は圧倒的強者です。それでも私を凋落させたい?だったら、戦争でもしましょうか?
綿木絹
第1話 私、ぶちギレました。婚約者にまとわりつく平民女にキレるのって当然よね?
「申し訳ありませんでした……」
鳶色の髪、鳶色の目の少女が目の前で膝をついて謝っている。顔面蒼白になり、瞳も潤ませている。
その少女が向かう先には金髪の女が立っており、うろんな目つきで少女を見下ろしていた。立ち振る舞いも、着ている服も全然違う。パリーニ市は世界中の文化が集まっており、彼女の服もまた流行の先取りをしたものである。
そんな流行先取りドレスが汚されてしまったのなら、ベルトニカ王国を穢されたも同じ、だから彼女は容赦しない。
「謝って済むものではないわね。ジュリア、今の行為を目撃した者を集めなさい。」
「マリー様。問題ありません。マリー様は人を惹きつける力を持っておいでです。多数の人間があの現場は見ていた筈です。」
マリー・ラングドシャとはそれほどの人物である。それどころか彼女こそが、将来の王妃なのだから、普段から注目されていて当然である。
ただ、この国および教会の決め事として、18歳になるまでは子供である。だから、仕方なく修道院併設の大学校に通っているだけである。
「小娘。貴女の名前を聞かせてくれないかしら。何度も聞いているけど、全然覚えられないの。あんたはどこの生まれで、誰の派閥の娘か、それによって対処も変わってくるのは、知っているでしょう?」
「あ、あの……。それは……。本当に申し訳ありませんでした。何でもしますから——」
「マリー‼お前、何をやっている!」
ただそこに、この学校で最も怒らせてはならない女に立ち向える、金髪男の登場である。そればかりか、彼は「アリス、大丈夫か」と自身の後ろに匿ってしまった。
普段のマリーなら、冷静に目撃者のみを集めてこの場を立ち去っただろう。
「はぁ?殿下⁉今、なんとおっしゃいました?今、その女をアリスと呼びました?そこまでの間柄……って。私に無礼を働いた庶民の女を庇われるのですか⁉」
ロイ王太子とマリーは婚約者である。勿論、これは政略結婚だと互いに認識がある。それでも将来結婚する男が別の女を、しかも噂の平民の女アリスを庇いだてするのであれば、頭にくる。
「ひっ!私は——」
「マリー!いい加減にしろ!あれほど注意したのに、だ!今日もお前は神聖な学校を我が物顔で闊歩して」
「王太子様は騙されているのです。さぁ、あんた。異端審問にかけるから、こっちへ来なさい。そして、そこで身の程を知るがいいわ。」
婚前から修羅場である。だからマリーは前のめりになってしまう。そして、将来の夫に詰め寄って、平民の女を奪い取ろうとする。
「ほら、こっちに来なさい。」
「マリー様!そのように身を乗り出さっては‼」
婚約が決まる前から友人のジュリアが、今は彼女の侍従として傍にいる。そんな彼女もまたマリーに手を伸ばした。
先も話したがパリーニ市は世界中の文化が集まっており、彼女の服もまた流行の先取りをしたものである。
お洒落の為なら動きにくい服だって着る。それがパリーニで暮らす貴族の常識である。ジュリアはマリーが転倒しそうだったから、手を伸ばしたのだがどうやら遅かったらしい。
「痛っ‼︎」
という声と共に、服の擦れる音と頭部を強打したような音がした。その姿に周囲はどよめいたが、一番の困惑顔をしたのはロイ王太子であった。
「私は違う!こかしてなどいない!皆こちらへ来て、この状況をよく見てみろ!マリーの頭は私の靴の上に乗っている。これが動かぬ証拠だ‼」
その王子様の焦った様子に周囲に居た生徒がわらわらと集まってくる。確かに今までのやりとりを聞いているだけだった者が居たとしたら、王子ロイがマリーの足を引っかけたようにも思える。
「マリー様、大丈夫ですか?」
ジュリアが急いで駆け寄るが、彼女は何やらプルプルと震えていた。地面に鼻をぶつけるという大怪我は避けられたらしい。だが、物の見事に王子の華やかな革靴の上にあしらわれた、金属の装飾がマリーの額に突き刺さっているようにも見える。
「殿下!早くマリー様を解放してください。大事になっては大変です。」
因みにマリーとジュリアは幼馴染に近い関係だが、彼女自身もマリーの我が儘っぷりを知っている。
一人で勝手に転げた状況を王子の罪、そしてアリスという女の罪にするに違いないと、友人である彼女でさえ思えた。
つまり、王子の焦りも確かにその通りと思えてくる。王太子の前でも我が儘し放題だったという話だ。
彼にも今後の展開が読めたのだろう、彼自身は微動だにせずに身の潔白が証明されるまでは動かないつもりらしい。
「ジュリア。君もしっかりと見るんだ。私は何もやっていない。マリーが勝手に転んだだけだ。」
「分かっております。私も穏便に済ませたいので、そのように話をすると約束します。ですので、殿下。一刻も早く、マリー様を……」
その時だった。どう考えても悪い頭の打ち方をした令嬢が突然動き始めた。
腕立て伏せのように両腕の力で上体を起こし、自身の額に手を当てて、そこに付着した血液を見た。
「ひっ……」
頭部からどくどくと血が湧き出ているから、側で見ていても痛々しい。
「殿下!王家の力でフィアンセを御救い下さい。」
普段から疎ましく思っていた婚約者だ。政略結婚だから仕方ないとは分かっている。そんな鬱陶しい彼女がカエル座り、もしくはぺたん座りと呼ばれる正座を崩したような座り方で血塗れの手を眺めている。
未来の妻を流血させたまま放っておくと、とんでもない醜聞が広まってもおかしくない。
「分かっている。でも、まだ私は戴冠の儀式を行っていないからな。出来ることは限られているぞ。」
王は戴冠の儀式で天使が残した聖なる油で全身を洗い、その身に奇跡を纏わらせる。だから、王が病人を触れば奇跡が起こる。戴冠の儀式の後に病人をわざわざ用意するほど、有名な行事である。
そして、この世界には魔法という奇跡が、そもそも存在しているのだ。
「存じております。それでも正統な継承者である殿下には力がございます。マリー様、このハンカチをお使いください。さぁ、殿下。癒しの手をフィアンセに!」
モンロー伯ジュリアの言う通りにする方が正しい、それはロイも分かっている。
彼女は何より婚約者である。政略結婚ということは、今上の王シャール13世はラングドシャ家の存在を強く意識しているということだ。
「いや。宰相のベルザックがそう思っているだけかもしれないが、……仕方ない。マリー、まだ奇跡とは呼べないけれど、私が癒しの魔法を掛けよう。」
だが、その時だった。
ハンカチに着いた血を見て青ざめているマリーに、ロイは膝をついて顔を近づけた。
「ひ……、王子……様」
そして、彼女の青ざめた顔はみるみる赤くなり、それと同時にハンカチの赤色も広がって、そのまま彼女は後ろに倒れてしまった。
これは流石にここにいる全員が読めなかった行動であった。
出血と言っても、ハンカチで押さえておけば泊まる程度のもの、しかも生徒や学校関係者が集まっていたからこそ分かることなのだが、あのマリーがロイを見て赤面したように思えた。
「……マリー!気を失っているのか。ジュリア、私は確かに額の傷を癒したぞ。あとは婦人方と教員に任せる。」
マリー・ラングドシャは数分後に到着した担架で運ばれたのだった。
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