第8話

 あれからお昼を食べ終えた俺たちは、そろそろ時間になるので映画館へと向かっていた。

 お昼はビル内のランチがある居酒屋に入り、俺は親子丼、結茜さんは南蛮定食を注文して食べた。


「南蛮定食美味しかったな〜」

「俺の親子丼も美味しかったよ」

「だよね!こっちまで美味しそうな香りが漂ってきたから、堪えるのが大変だったよ」

「いや、勝手に話を作り変えないでよ。堪えきれずにお肉を一つ持って行ったじゃん」


 あれは俺が水を飲んでいる一瞬の隙に、目の前から結茜さんの箸が伸びてきて鶏肉を持っていかれた。……大事な鶏肉が一つ減って悲しかったな。


「だって…雪翔くんがあまりにも美味しそうに食べるから気になったんだもん」

「気になったとしても、一言言ってから持って行ってほしかったよ」

「その一言を言ったとして、雪翔くんは私に鶏肉を譲ってくれた?」

「南蛮一つと交換するなら、俺の鶏肉は二つあげていたかもね」    


 南蛮は親子丼の鶏肉と比べて大きいから、交換するなら二つはあげたね。

 だけど勝手に持って行った時点で、二つ目の鶏肉は消えていたけど。


「そうだったんだ…」

「残念そうにしているけど、俺の鶏肉だからね?」

「そんな固いことを言っていたら、これからの人生で色々と大変になるよ。もっと気楽にね!」


 あれ…?鶏肉論争をしていたはずなのに、最後はいい感じに人生相談で締められた気がするな。

 まあ、いつまでも変な論争していても埒が明かないし、適当に返事をしておくか。


「善処します」


 それを聞くと、結茜さんは嬉しそうに頷いた。


 それから五分後。俺たちは映画館へと着き、エスカレーターで二階へと上がった。


 二階に着くと、チケットを発見した時よりも少し人が増えているように感じた。


「雪翔くんはポップコーンと飲み物は買うの?」

「俺は飲み物だけ買うつもりだよ。結茜さんはどうするの?」

「私はセットで買うつもり。映画館のキャラメルポップコーンが好きなんだよね〜!」

「確かにキャラメルが沢山絡めてあるポップコーンは美味しかったな」

「雪翔くんもなかなかの通だね〜! とりあえず聞きたいことはあるけど、一旦並ぼうか」

「そうだな」


 フードコートを見ると、既に列が出来ており注文まで数分掛かりそうだった。その最後尾に俺たちは並び、結茜さんが話の続きをしてきた。


「あれだけ通なのに、ポップコーンを買わないのはどうして?」

「理由は複数あるけど、一番は映画に集中する為かな。ポップコーンを食べながら見ると、食べる時に手元を見て数秒見逃すんだよね」


 まあ手元を見てしまうのは、キャラメルがかかっているポップコーンを探す為だけどね。そんなことは絶対に言えないけど。


「確かにポップコーンの方に一瞬だけ視線を移す時あるよね。私も時々するけど、やっぱりポップコーンは食べたいから妥協だね」


 結茜さんは苦笑した。


 同時に俺たちの順番が回って来たので、レジへと向かい注文した。そして隣の渡し口から俺は飲み物を、結茜さんはポップコーンセットを受け取った。


「おぉ…ポップコーンが溢れそう」


 結茜のポップコーンと飲み物はトレイに入っているので持つのは難しくないが、ポップコーンの量がかなり多くて箱から溢れそうだった。


(何かビニール袋とかないかな)


 以前ならビニール袋が置いてあったのだが、ここ数年で無くなったのか周囲を見渡しても見つからなかった。


「ビニール袋があれば良かったんだけど」

「最近無くなったよね。あれはポップコーン対策として良かったんだけどね」

「日々、色々と変わっていくな… それより、チケットを取り出すの大変でしょ?持っていようか?」

「ほんと!実はどうやってチケットを取り出そうか迷っていたから、かなり助かるよ!」


 俺はトレイを受け取った。


 結茜さんはスマホを取り出しカバーからチケットを取ると、口に咥えてスマホをまたしまった。

 そしてチケットを手に持ち、俺に視線を向けた。


「持ってくれて助かったよ! ありがとうね!」

「これくらいは普通だよ」


 俺はトレイを結茜さんに返した。


「お礼として、キャラメルが沢山絡めてあるポップコーンをあげるね」

「ありがとう」


 結茜さんからポップコーンを一つ貰った。

 久しぶりのキャラメルポップコーンは、結構美味しく感じた。


 すると館内放送が流れてきた。


『15時55分の回から上映の———』


 同時に館内にいた人達が移動を始め、それに従って俺たちも指定の入り口まで向かった。


 入り口に着くとスタッフによるチケットの確認があり、それを通り過ぎて劇場内に入場してチケット番号に書かれている席に座った。


 やはり女性向けアニメだから、座っている人のほとんどが女性ばかりだった。男性もちらほらと見受けられるが、基本的には彼女と来ている。


(やはり男一人では見に行く人はいないか)


 そんなことを思っていると、横から肩をトントンと叩かれた。視線を向けると、目を輝かせている結茜の顔が近くにあった。……ち、近い。


「(いよいよだね…!)」

「(ほんと七蒼さんと結茜さんに感謝しかない)」

「(見れると決まってから、ずっと楽しみにしていたもんね!)」

「(お恥ずかしい…)」


 顔を手で覆っていると上映開始のブザーがなり、劇場内のライトが消えた。俺と結茜さんは視線を画面に集中させた。


『私の名前は———』


 序盤は前回までのあらすじをやり、日常に戻ったストーリーから始まった。


(前回の戦いもかなりの戦闘だったから、日常に戻れて良かった)


『何故、妾はこんなにも美しくないのだ。やはり聖剣の力が必要だ』


 主人公たちが日常を過ごしている裏で、新たな敵が動き出していた。敵のボスは子分たちを使って、美少女戦士たちの聖剣を奪うことを命令した。


(うわ…いかにも悪役だな。それにしても、日常を楽しんでいるのを邪魔しないでほしいな)


『我等は君たち戦士が持つ聖剣を奪いに来た。大人しく我等に渡して貰おう』


 中盤になると子分たちが主人公たちに接触し、聖剣を奪うために戦いを挑んできた。各々分かれて戦い、途中苦戦を強いられたが無事に倒すことができた。


(あとはボスだけだけど、ボスだから絶対に裏がありそうな気がするな)


『よく来たな聖剣を持つ戦士たちよ。そして私の為に持ってきてくれてありがとう』


 親玉の言葉をに疑問を持ちながらも、主人公たちは必死に戦った。あと少しで倒せると思われた時、親玉が隠していた暗黒の聖剣を出してきた。

 その暗黒の聖剣により、戦士たちの聖剣は吸収されてしまった。


(さすがボスだ。聖剣の力も桁違いだな)


 全ての聖剣を吸収すると、ボスは暗黒の聖剣を握った。すると、ボスの見た目がどんどん若返っていき、力も倍に膨れ上がっていた。

 

(暗黒の聖剣強すぎるだろ!? その力を正義の方に使えば良かったのに)


『私たちは負けない…。何があっても、暗黒の力に染められるものですか』


 苦戦を強いられながらも、主人公たちの心が一つに重なった瞬間、目の前に新たな聖剣が生まれた。


 そして聖剣に触れると、主人公たちが一斉に光出し、新たな姿となって現れた。


(やば!!新フォームじゃん!! しかも見た目がさらに可愛くなっているし!!)


『な…何だその姿は』

『これは…そう。絆の力よ』


 絆の力により圧倒的な差が生まれ、ボスが段々と押されていった。ボスもギリギリ耐えているが、最後に新技を決めて世界に平和を取り戻した。


(凄く良かった…これは何度も見たいな)


 全ての上映が終わると、劇場内が明るくなった。


「やばい…。もう一度見たい」

「同感。私も、もう一度見たいんだけど」


 感動のあまりお互いに語彙力がなくなっていた。

 それだけ、今回の話は良かった。


「まさか新フォームが来るとは思わなかったし、推しが活躍してて泣きそうになった」

「それを言うなら、私の推しだってかなり活躍していたからね」

「それを言ったら、推し同士が共闘しているシーンはかなり最高だったね」

「それね!! 原作者には感謝しかないわ」

「ほんと最高の作品を作ってくれて、ありがとうございますになるね」


 俺たちは椅子から立ち上がり、劇場を後にした。出入り口付近に着くと飲食の回収の人がいて買った物を渡して館内へと戻ってきた。



◇◆


 時刻は午後17時20分。映画を見終わった俺たちは駅前に向けて歩いていた。


「それにしても、最後の終わり方的に続編やりそうだよね?」

「あれは確実にやるね。何だったら最終章まで映画でやってほしい」

「分かる!! 映画クオリティーだと迫力が違うから、かなり見応えもあるんだよね」

「そうそう。戦闘シーンではクオリティーはかなり命だからね」


 最近だとテレビアニメでも映画クオリティーがあるけど、大画面で見るとではやはり違う。

 あとは音響も違うから、かなりの見応えになるんだろう。


「それでさ、新フォームのガチャ出ると思う?」

「来月くらいには出るんじゃない? 情報解禁が中旬くらいだとしたらの話だけどね」

「その時はさ、別々になるかもだけど推しを当てたら交換してくれない? もちろん、雪翔くんの推しを私が当てたら交換するし」

「問題はない!」


 寧ろ、一発で結茜さんの推しを引ければ、かなりの節約にもなるしね。


「約束だよ」


 結茜さんは小指を出してきた。


「もちろん」


 俺も小指を出して指切りをした。


 すると後ろから、声を掛けられた。


「お姉さーん。今から俺と遊びに行かない?」


 視線を向けると、如何にもチャラそうな服装を着た男で、結茜さんのことを見ていた。


(俺のことは無視かよ)


 さらによく見れば、男は話しながら結茜さんの胸元に視線を向けている。


(うわ…分かりやすい人だな。とりあえず、結茜さんも困っているし助けないと)


 俺は結茜さんと男の間に割って入った。


「あの彼女が困っているので、これ以上は辞めてもらえませんか」

「お前はお姉さんの何だよ? 俺はこれからお姉さんと熱い夜を過ごすんだから邪魔しないでくれる?」

「俺は彼女の彼氏だ!あと彼女、未成年ですよ?一緒に夜を過ごしたら貴方は確実に逮捕されますよ」

「そんなの知らねーし。 ほら、こんな奴といるより、俺と遊びに行こーぜ」

「い…痛い」


 男は結茜さんの腕を引っ張り、無理矢理連れて行こうとしてきた。


(このままじゃダメだ。 だけど男から何も手を出されていないから正当防衛は使えない)


 なら、結茜さんを連れて走って逃げるの一択しかない!!


「結茜さん、行くよ!!」

「……えっ!! 雪翔くん?!」

「くそ…何するんだよ」


 俺は男の手を無理矢理剥がし、結茜さんの手を握って走り出した。

 結茜さんは驚きながらも、すぐに対応してくれたので転ぶことなく無事に離れることができた。


「その…いきなり走ってごめん。 荷物もあったから大変だったよね」

「それは別にいいの。その…私を守ってくれてありがとう」

「あと勢いで彼氏と言ったことも謝るよ」

「あの時は非常事態だったし謝る必要はないよ。 まあ恋愛感情は少し生まれかけたけどね」

「もしかして…このお出掛けでも恋愛感情を生まれさせる話が続いていたの?!」

「もちろん!」


 マジか…。そんなことを考えずに、普通に一日を楽しんでいたな。減点が多そうだな。


「とりあえず、家に帰ろっか。またあの男が来たら、今度こそ逃げられそうにないし」

「そうだね」


 そして俺たちは電車に乗り、最寄り駅で降りて帰路に着いた。

 

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