イエスタデイ・ワンス・モア

Youlife

第1話

 鄙びた地方都市の住宅街の一角にある「看取りステーション かげろう」。

 秋の穏やかな日差しが降り注ぐ中、喪服姿の杉井美織すぎいみおりは目元を拭いながら車から降り立った。今日は「看取り士」として世話してきた小倉おぐらしのぶが亡くなり、葬儀に参列していた。

 事務所に戻ると、マネージャーの金崎康太かねざきこうたが一人で電話番をしていた。金崎はうなだれながら歩く美織の姿を見て、心配そうに声をかけてきた。


「おかえり、美織ちゃん。どうした、ちょっと元気ないな」

「だって……ずっと傍についてお世話してきた人だったから、色んな思い出がわーって頭の中に湧き上がってきちゃって」

「まあな。気持ちはわかるよ。俺も看取り士になりたての頃は、事務所に帰ってきては号泣していたもんね」

「でも、しのぶさん、すごく幸せそうな顔してましたよ。初めて会った時は病院で鼻にチューブを入れられて、受けたくない治療を無理やり施されてたせいか、人間不信みたいな感じだったもの」

「それ、元看護婦の君が言うことかよ。病院だって、患者に早く元気になってもらいたい一心でやってるんだよ」

「まあ、そうなんですけど……」


 美織は看取り士になる前、病院で看護婦の仕事をしていたが、患者が人生の最期に望んでいることと、病院の治療方針の狭間で深く悩むことが多かった。患者が「こうしたい」と言っているけれど、病院では「こうじゃないとダメ」だと言って譲らない。そして患者は、どこか悔いを残したような様子でこの世を去っていく……そのたびに、美織は自分の仕事にやるせなさを感じていた。

 そんな時、たまたま見た映画で「看取り士」の存在を知った。

 死期が近い依頼人と向き合い、寄り添い、願いを叶え、やがて依頼人は幸せな死を迎えて行く……美織はやっと自分が進むべき道が見えた気がした。

 早速看取り士の資格を取得し病院を退職した美織は、看取り士を各地に派遣する「看取りステーション かげろう」に再就職した。


「……おや、誰か来たのかな?」


 金崎は玄関の物音に気付き、入り口を振り向いたと同時に、中年くらいの夫婦が寄り添って事務所の中に足を踏み入れてきた。金崎は慌ててカウンターに駆け寄って応対していたが、しばらく夫婦の話を聞いた後、後ろを向いて美織を手招きした。


「美織ちゃん。帰ってきた所早々で申し訳ないけど、仕事の依頼が入ったんだ。悪いけど、対応してもらえるかな」


 金崎はカウンターの前に座る夫婦を指さした。美織がカウンターに近づくと、夫婦は立ち上がって深々と頭を下げ、再び椅子に座りこんだ。


「近くに住む須藤健司すどうけんじといいます。今日は実の父親の看取りをお願いしたくて」

「わかりました。では、お父様の看取りが必要な理由を教えていただけますか?」

「父親は山奥の一軒家に一人で暮らしているんですが、数年前にがんに罹り、病院に入院させようとしても断固として拒否していたんです。そんなことが続くうちに、病状が悪化してしまいまして、どうにか病院へ無理やり連れて行った時にはもう手遅れで、医者からは、これ以上何の治療の手立てもないって言われたんです……」


 健司は拳を握りしめながら必死に訴えていたが、美織からは終始目を背けていた。何かやましいことでもあるのだろうか……。


「お話は分かりました。早速ですみませんが、依頼を受けるにあたり、こちらの契約書の書式に記入をお願いします」


 健司は美織から手渡された書式に、自分の名前と、看取りを依頼する父親の名前を記入した。


「あれ? お父さんの名前、赤江あかえ……忠治ちゅうじさんでよろしいのですか?」


 夫婦と姓が違うことに気づいた美織に対し、健司は気まずそうな様子で横を向いて額を掻いていた。


「実は父親は、私が幼い頃に母親と離婚しておりまして……」

「離婚?」

「はい、私は母親とその再婚相手と暮らしていましたが、父親はその後も再婚せず、ずっと一人でした。母親はもう他界したので、父親の面倒を見れるのは私しかいなくて。何とかここまではやってこれたのですが、最近は痴呆も始まり、介護するのは正直もう限界で……。私どもも仕事をしているので、看取るだけの余裕もないですし」


 美織は思わずため息が出てしまった。なるほど、だから健司は美織と目を合わせようとしなかったのか……と。


「状況はわかりました。近々訪問したいと思います」


 美織がそう言うと、健司夫妻は突如椅子から立ち上がり、深々と一礼して「よろしくお願いします」という言葉だけを残し、そのままそそくさと立ち去っていった。

 美織は二人が立ち去った後、行先の地図を広げながら、再び大きなため息をついた。

 いくら離婚したとはいえ、血のつながっている父親なのに、匙を投げて看取りを押し付けようとするなんて……美織は依頼人側の身勝手さに腹が立っていた。

 しかし、看取り士の仕事は、たとえどんな環境にあろうと、依頼人が幸せな死を迎えられるよう見守ること……研修で学んだことを思い出した美織は、ひとまず夫婦の依頼を受けることにした。

 依頼する理由はどうあれ、これから看取る人が幸せな最期を迎えられるように。

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