第26話 潜在

パチッ パチッ パチッ パチッ パチッ


『凄い凄い! ルーシャ君はそんな魔法も操れるんだね! ウチの魔神ちゃんが部下として欲しがるかもね。良いよ良いよ!』


何処からともなく鳴り響く拍手と神の声がルーシャへ投げかけられる。


「神よ、これで約束は守って頂けますね?」


ルーシャは片膝をつき息を切らしながら上を見上げて言った。


『うんうん。一方的な戦いだったけど、エメス君が手加減してるようにも見えなかったからね。よし! 約束は守るよ! 直ぐに勇者ちゃん達に伝えるからま」



ドンッ!!!



何かが叩きつけられる凄まじい音が鳴り響いたと同時に砂埃が舞い上がった。


「グハッ……あ……な、何で? アンタは……次元消去魔法でかき消された……はずなのに……」


ルーシャは地面に叩きつけられた衝撃で満足に喋られなくなっていた。


「刑事舐めてんじゃねぇぞ! あー?」


「な、何を言ってるの? クッ……殺すなら……殺しなさい……あの魔法を避けられたんじゃ私にはもう……勝ち目は……無いわ……皆……ごめんなさい……あなた達を……守れなかった」


ルーシャは目を閉じて抵抗するのを止めた。そして、閉じた目から涙が流れ落ちた。


「言うじゃねーか? 罪を犯した犯罪者がよ? だったらよー、 望み通りにしてやるよ!」


左手でルーシャの首を絞めながら右手に持っていた剣を逆手持ちに変えると、一気にルーシャの心臓目掛けて振り下ろす。



『そんな事しては駄目!!』


!?


俺はルーシャの心臓目掛けて剣を振り落としている事に気付き、咄嗟に左手の平をルーシャの心臓の上から庇った。


ガキンッ! 


剣が折れると、刃先はあらぬ方向へ飛んでいった。

俺は……どうしてしまったんだ? 

俺は……ルーシャの魔法でもう逃げきれないと死ぬ覚悟を決めたんだ。確かその時、がむしゃらにスローモーションモードを選択しようとした時、目の前にあれが表示されたんだ。

 

スローモーションモード ▶︎ 標準

             スーパースロー


そして、俺はスーパースローを選択した。


スローモーションモード  標準

            ▶︎スーパースロー


そう、このスーパースローを選択した瞬間、完全に時が止まった世界になったのかと思うレベルの時間経過になった。しかし、これだけではルーシャの次元消去魔法から避ける事は出来ない。

俺にはもっと早く動くスピードが必要だった。


そして俺は再生速度を選択した時、あれに気付いたんだ。


サイセイソクドセンタク

x1.1

x1.2

x1.3

x1.4

x1.5…


x1.5の横にある … だ。これを選択した瞬間,何と20倍まで再生速度が表示をされた。

※第10話の起動を見返してくれ!


x2

x4

x6

x8

x10

x12

x14

x16

x18

x20


さすがにx20は怖いからx16を選択して魔法陣から逃げ出した所までは覚えている。そして、気付いたらルーシャの心臓を突き刺そうとしていたわけだ。


「ルーシャ、降参しろ。いや、降参してくれないか?」


「……」

ルーシャは黙っていて何も言わない。


『ルーシャ君に降参は無いよ? 早くとどめを刺して終わらせたらどうだい? そうすれば君の願いである王族の地位が手に入るんだよ? さぁ、早く早く!』


奴の喋り方は相変わらず癇に障った。


「私は絶対に降参しない! さっさと殺しなさい!」


「殺さない! だが、俺の勝ちだ! だから降参しろ!」


クソっ、これじゃ埒が開かない。このままだと俺とルーシャは共倒れだ。どうする?


『せっかくいい勝負だったのに一気につまんなくなっちゃったね。ルーシャ君も負けを認めないし、エメス君もルーシャ君を殺さない。僕も暇じゃ無いからどうしようかなー、よしっ! 10秒数えるからそれまでに決めてねー、決めなかったら両者失格だよー。さぁいくよー、10……』


奴の気の抜けた声が真っ白な世界に響く。


「ルーシャ、俺はお前を殺したく無い。俺を信じて降参してくれ」

「信じろ? 何言ってるのよ? アンタは私に勝って王族の地位が欲しいだけでしょ? 騙されないわよ!」


はーなんて頑固なエルフだ。


「じゃあ、どうしたら俺を信じてくれるんだ?」


ずっとルーシャを押さえつけて身動きが取れないようにしている為、彼女の身体に負担がかかりすぎて無いか心配になる。


『8……7……6……』


「そうね、王族になったら私と結婚してスズイ王国の繁栄をお願いしようかしら? それを約束してくれるなら降参してあげるわ。そんなの無理でしょ? だから」


「分かった! 俺と結婚してくれ!」


「へっ……ひっ……わ……私は……ちょっとした冗談のつもりで……けっ……結婚なのよ! そんな簡単に……き……決める事じゃ……ないわよ!」


ルーシャは顔を真っ赤にして、凄い力で手と足をバタバタさせ始めた。一体どこにそんな力を隠していたのか。


『……3……2……』


「オレと結婚する気があるなら降参すると言え!」

「ひっ……降参、するわよ!」


『……1、なーんだ残念。ルーシャ君の降参で終わりかー。よしっ、エメス君、おめでとう! そしてルーシャ君、覚悟はいいね?』


ルーシャは俯きながら「はい」と答えた。


ルーシャは一体どうなるんだ?


「神よ! ルーシャは、いえ、私の妻は一体どうなるのですか?」


『ルーシャ君はねー、スズイ王国の王女なのよ。つまりAランクから愚者になるんだよ。何故かって? それが僕とルーシャ君との約束だからだよ。勝ったら処分される予定のスズイ王国国民の半分を撤回する。でも、負けたら愚者になると言ったんだよ。その覚悟に免じて君との対決を設定してあげたのさ。でも、ルーシャ君が勝つサービス試合にしたつもりだったのに。まさか、エメス君が勝つとはねー、 あっ、君はいいのかい? 王族の地位になっても愚者と結婚する事になるんだよ?』


薄々勘付いてはいたが、ルーシャはスズイ王国の王女だったのか。自分の身を盾にして国民を守ろうとするなんてな。


「エメス、ありがとう。嘘でも凄く嬉しかったよ? 勝負は勝負なのに私が意地張っちゃったから。神よ、私は覚悟は出来てます」


ルーシャは両膝を地面につけて頭を下げた。

すると、頭上から真っ赤に熱せられた焼きごてがルーシャの前に落下してきた。


あれは愚者の烙印?


ルーシャは焼きごてを手に持ち、自ら眉間にゆっくりと近づけた。


「神よ、待ってください! 先ずは勝者である私の願いを叶えて頂くのが筋では無いでしょうか? どうかお願いします!」


『まぁ、確かにそうだね。良いよ、で、願いは王族で良かったよね?」


「いいえ、王族になっても愚者と結婚するなんて御免です。勝者である私の願いなら必ず叶えてくれるのでしょうか? まさか、叶えられないなんて言いませんよね?」


『ふふっ、何を言いたいのか知らないけど僕は神だよ? 一度口に出した事は撤回しないよ?』


「神としての約束でいいですか?」


『神として約束するよ。さぁ、言いたまえ、君が欲しいのは勇者の称号かい? 欲張りだなー』


「では言わせてもらおう。俺の願いはルーシャが愚者になるのを取り消し、そして、スズイ王国国民の処分の撤回だ!」


ルーシャが何か言ってるが無視。神の返答を待った。


『はぁ? エメス君は馬鹿なの? ねぇー、馬鹿なの? 地位と名誉が手に入るんだよ? それを人の為に使うなんて。ねぇ、考え直しちゃいなよ?』


「男に二言はない!」


一瞬シーンと静まり返ったと思うと『約束は守るよ、でもエメス君は愚者の石像として永遠に生き恥を晒すと良いよ』と声が聞こえたと同時に足下から違和感を感じた。


「エメス! エメス! エメス!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃに泣き腫らしたルーシャの顔が直ぐ目の前に現れた。


ははっ、綺麗な顔が台無しだぞ? あれ?喋れない……身体が動かせない……意識を……失い……そう……


俺の意識は暗闇に包まれた。

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