第14話 無情

カッペの家へたどり着いた時には遅かった。

残されていたのは三人の無惨な遺体とボロボロに破壊され、燃えたカッペの家だった。

それを見て一気に頭に血が上る。


「許さねぇ!アイツらぶっ殺してやる!」


『今行っては駄目です!』


兵士を追おうとするとマザーが身体にしがみ付いて来て止める。下手に動くとラフシールの身体が傷ついてしまうから動く事が出来ない。


「クソっ!!」


俺はその場で立ち尽くした。

三人に近づきたくても地面に血が広がっていた。トラウマが蘇る。俺は怖くて近づけなかったんだ…… 三人の死を受け入れる事が出来ない。情けない、自分が情けねぇよ。


ベチャ ベチャ ベチャ ベチャ


マザーが、地面に広がる血の上を歩きながら三人へ近づき、両膝をついて三人の様子を見ていた。


「マザー?」


『鋭利な刃物に切り付けられた裂傷確認。それによる失血死が原因です。出血多量で意識を失ったはずですから、そこまで苦しまずに死んだと思います。ポツンコも小さい身体でしたから一番苦しむ事は無く死ぬ事が出来たでしょう』


「そうか……」


『エメス様、この三人の遺体はどうしますか?このまま放置していると、ウジがわいて衛生上良くないと思います。埋めるのは負担が掛かりますし、家が燃えているのでそこへ投げ入れて焼却しますか?』


「マザー!! お前、自分で何を言ってるのか分かっているのか!」


『分かっていますが? エメス様、どうされましたか?』


どうして怒っているのか不思議そうな顔でマザーは俺の顔を見た。

そうか、こいつはAIだった。哀しい感情は無いんだ。人間の形をしたロボットと一緒だ。


ベチャ ベチャ ベチャ ベチャ


俺は血の海を渡り、三人の様子を見る。

カッペ、ノボリ……ポツンコまで…… 人間がこんな酷い事が出来るのかよ? 


「マザー、三人を埋めてお墓をつくってとむらおう。俺は手で掘るから、マザーは道具を探してくれ」


『効率が悪いのですが、エメス様がそう言うのなら』


ザクッ ザクッ ザクッ


「マザー、この家に住んでた思い出はあるだろ? 楽しかった事とかさ?」


『はい、ポツンコさんとのお喋りはとても楽しい気分になりました。一緒に寝る時もです。ノボリさんにはたくさんの料理を教えていただきました。とても優しい方でした。一緒にいると、不思議な感じになりました。ずっと一緒にいたいと思っていました。ラフシール様の身体をお借りしてなければ、AIの計算では分からなかった感情です』


ザクッ ザクッ ザクッ


「AIから見たら人間は大馬鹿野郎だろうな。人間同士で殺し合い、感情に流されて一喜一憂するんだから。でも、相手の事を思いやるのは人間だけだと思ってるんだ。三人には本当に感謝してるんだ。俺とマザーを家族の一員として迎え入れ匿ってくれたことは、俺は一生忘れない。忘れたく無い!」


『……』


マザーはそっぽを向いてなにも答えなかった。表情が乏しいから何を考えているか分からなかった。


三人を埋めて墓を建てたときには辺りはすっかり日が暮れていた。燃えていた家もほぼ消化され、僅かに残った火が墓と俺達を照らしていた。 


「寝る場所探さないとな。嫌だけど、残っている家の木材を使って火を起こそう。今夜はここに居て、明日ここを発とう。いつ兵隊が戻ってくるか分からないからな。俺が見張りをしているよ」


『はい、でもエメス様もゆっくりと休まれた方が良いです。アプリモードを使うと身体へ大きな負担が掛かるのです』


集めた木材を組んで、火を起こす。横になれるように燃え残った毛布やマットを置いた。


「マザー、どうして俺に色々な能力が備わっているんだ? どう考えても普通じゃない……まぁ石像も普通じゃないけど」


『機密情報に触れる為お答えできません。ただ、その能力をアプリと呼びます。エメス様はアプリを使う才能があると信じていたのでお渡ししました』


「機密情報ねぇ…… マザー、俺は諦めが悪いんだ。隠しているその秘密、いつか必ず喋って貰うからな?さぁ、俺が見張りをしてるから寝た方が良い。ラフシールの身体でもあるんだから」


『はい』


マザーは横になると、直ぐに寝息を立て始めた。疲れていたんだろうな。

明日からの向かう先は決めている。山へ薪拾いに行った時に見つけた街だ。方角は分かるからひたすら歩けばいつかは着くだろう。問題はマザーの負担だ。やっと歩けるようになったはいいが、これからの長旅に耐えられるか。

兵隊達にも気をつけないと…… 俺がしっかりしなきゃ…… しっかり……




『エメス様!』


「あれ…… 眠ってしまったのか」

マザーが身体を揺らしていた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。疲れていたのかな?


「んー、マザーはいつも朝に起こしてくれるんだな。ありがとう」


『はい! アラームモードですから!』


「ははっ アラームモードってアプリじゃないんだから」


『エメス様、アプリですよ!それもスヌーズ機能付です!』

真剣な顔でマザーは答える。


「ははっ そうなのか」

冗談のつもりだったんだけどな。




俺とマザーは簡単な身支度を済ませ、三人の墓の前に立って最後の別れを告げた。


「必ず、無念は晴らす。それまで、少し我慢してくれ」


「マザー出発しようか。 マザー?」


マザーが墓の前から動こうとしない。


『……』


「どうしたんだ?」

マザーの顔を覗き込む。


『……』


「マザー、お前…… 涙が……」


目から大粒の涙を流す顔が見える。


『分かりません、お墓の前に立って、もう二度とあの人達に逢えないと考えたら、胸が苦しくなって目から涙が……これが哀しいと言う感情なのですね?』


「そうだ、三人を殺した奴らを絶対に許さない。でも、その為にはまず、この世界の事や奴らの事を調べる必要があるんだ……マザー?」


マザーは俯いてしまって頭を振っている。


『エメス様、私はAI失格です。AIは感情に流されて判断してはいけないんです。それなのに私は、ずっと…… ずっと我慢してたのに』


「マザー……」


ああそうか、マザーは強がっていただけなんだ。無理してAIとして全うしようとしてたんだな。それなのに俺は気付いてやれなかった。俺は大馬鹿野郎だ。

自然とマザーをそっと抱きしめていた。


「無理する必要なんか無いんだ。俺もその…… 悪かったよ。機密情報の事も無理には聞かないし、もっと…… 人間らしく振る舞ってくれたら嬉しいなー何てな」

あー、俺はAI相手に何言ってんだ。


『エメス様の能力なら……この世界を変えられるかもしれません。それが出来るなら、私は身も心も全てを貴方に捧げて全力でサポートします』


「そうか……」


「駄目ですか?」


哀しい顔をしたマザーが、俺を見る。


「なんて顔をするんだよ…… 危険な事にマザーを巻き込ませたくないと思ったんだ。あー分かったよ、ただし、俺は世界を変えるなんて大それた事は考えてないし、無茶はしない、分かったな?」


『はい! エメス様、善は急げです、行きましょう!』


「ちょ…… おい、マザー!」


俺はマザーに手を引っ張られながら街へ向かうのだった。

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