第9話 愚者

結局あの家を出て、日が登るまで村外れの目立たない場所で眠る場所を探す事にした。あんな場所で眠れるはずがなかったからだ。


「ん? あれは何だ?」


石像としてずっと見ていた方角の反対方向に灯りが見える。一軒家だ。全然気が付かなかった。


灯りに近付くと一人の男が釜戸を焚いている火へ薪を投げていた。近付くと俺に気付き声を掛けてきた。


「あれまー、石像さんじゃないかい? 動けるようになったんかい?」


男の顔を見てギョッとした。眉間に紋章の様なアザがあった。


「えっ? あっ、まー、お陰様で。俺を見ても驚かないのかい? どう見ても、ほら見た目化物じゃん?」


「ははは、この世界に生きていたらそれくらいで驚いてたら生きていけねーべ。それに、魔物や化物のたぐいなら問答無用で襲ってきて、今頃ワシはあの世だべ。こんな所まで来てどうしたべ?」


俺は今日村で宴があった出来事を話し、寝床を捜している事を話すと、部屋が一部屋空いているからと快く寝床を提供してくれた。


「わー、石像さんだー。すごーい、本当に石なんだべ!」女の子が俺の身体をペチペチと叩いてきた。

見ると娘の眉間にも同じ紋章のアザがあった。


「こらこら、やめるべ、ポツンコ。お客様だべ? もう遅い時間だから早く寝るべ」


「はーい」


「悪いべな客人、酔い覚めのスープ飲むべか? 結構酒飲んだんべな(笑)おーい、酔い覚めのスープを石像様へ作ってやってくれっぺ!」


「はーい」妻がキッチンから顔を出して返事をする。


見ず知らずの、それもこんな化物を迎えてくれたこの家族には感謝しかなかった。しかし、この人達はどうして村から離れて住んでいるのだろうか? 


「ありがとう。酒酔いのスープとても美味しかった。所で、どうして村から……いや……」

聞いてはいけないかもと、躊躇した。


「ワシらがどうして村から離れて暮らしてるのかって聞きたいのか?」


「ああ」

男は隣に座っている妻の顔を見て頷くと、口を開いた。


「ワシらは愚者ぐしゃだべ。だから、村の人間達とは一緒に生活できないんだべ」


「愚者?」

何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「つまり、この世界では必要とされていない、悪い者達を呼ぶ侮蔑ぶべつの名前だべ」


「どうして? 俺には貴方達が悪い奴には見えない。じゃあ、あの娘も愚者だって言うのか? 何故、そんな事を言われなければならないんだ?」 


その言葉を聞いた男が妻と顔を見合わせて笑った。


「石像様は良い心を持ってるべ。そんな事初めて言われたべ。ただし、村の者達へは決してワシ達と会った事は言ってはならないべ。石像様の立場が悪くなるべ」


「村人達と貴方達は何が違うんだ?何も変わらないじゃないか?」


……暫くの沈黙が流れる。


「ママー、一緒に眠るべ」

娘のポツンコが目を擦りながら寄ってきた。


「あなた、私がポツンコを寝かしておきますね。石像様、お休みなさい」


「石像さん バイバーイ」

二人に手を振って見送る。


「石像様は本当にこの世界の事を何も知らないんだべな。ワシが今喋らなくても、この世界で生きていたら嫌でも知る事になるべか」

男が窓の外を眺めがら呟いた。


「教えてくれ!」


「ふー、分かったべ。念の為に聞くけど、石像様はあちら側ではないんだべな?」


「そう言えば司祭も同じ事を聞いてきた。一体どういう意味なんだ?」


「あちら側とは選別する者=神又は神に仕える者という事だべ。ワシも細かい事は分からないべ、知りたいなら司祭やサイモン卿へ聞くのがいいべ」


選別する者? 神? 一体何を言ってるんだ?


「選別する者って……」


「あいつらは! すまんだべ。愚者とは神の選別で不用と選別された者達。ワシらはその中でもギリギリで生かされている立場なんだべ。その者達は眉間に烙印らくいんをされるんだべ」


「ポツンコにもあった。小さい娘まで烙印をするのか?」


「そう言うことだべ……」


もっと男と色々話したかったが疲れもあり、ベットのある場所を提供してくれたので、眠る事にした。

俺はこの世界の事を全く知らない。選別する者=神とはなんだ。村人達と何が違うんだ? それにラフシールの容態も気になる。

そもそも、この身体は一体何者なんだ? あー、色々と調べる必要があるな。マザー、手伝ってくれるか?


シーーーーン


そうだった。端末はラフシールの耳に付けたんだった。マザーの事も謎だらけだし。


明日から、頑張ろう。




チュンチュン チュンチュン


鳥の鳴き声で目が覚める。


「おはようだべ、石像様。ぐっすり眠れたべか?」


「ありがとう、凄く助かった。恩人の名前を教えてくれないか?」


「愚者の名前なんか聞いてどうするべ? まぁいいべ。ワイの名前はカッペ、宜しくだべ」


「ありがとうカッペ。一宿一飯の恩義をさせてもらえないかな?」


「おー助かるべ。薪割まきわりをやってくれるべか?」


「オーケーオーケー 任せなさい!」


カポン カポン カポン カポン


次々と薪割りをすると、マユラが近くで座って見てきた。


「石像さん、すごーい! すごーい!」


「そんなに凄いか?」


「うん!」


俺が凄いと言うより、この身体が凄いのだろう。斧の重さを全く感じない。小枝でも持ってる感覚だった。

マユラの前で張り切ってしまったら、あっという間に全ての薪割りを終えてしまった。


これ以上仕事は無いと男に言われたので、ぼーっと外を眺めていると、親子で楽しそうに遊んでいるのが見える。家族って仲良いんだな。


「石像さーん、一緒に遊ぼう!」


「えっ?俺もか?」




サイモン卿の屋敷へ戻るとサイモンが出迎えてくれた。


「お帰りなさい、ゴレーム様。昨日の宴はいかがでしたか? 村の長老がゴレーム様が途中で居なくなったと随分と探されていましたよ? 何処かへ行っていたのですか?」


「はっはは。村の外れの、いや、酔いすぎて道端で寝てしまったようだ。迷惑を掛けたみたいだな」


「いえいえ」


「所で、ラフシールの容態は?」


「顔色がどんどんと悪くなっているようです。今、お医者様が容態を見ている所です」 


「心配だから、ラフシールの容体を見に行って良いかな?」


「ゴレーム様が側に居てくれたらラフシールも喜ぶと思います」


マザーは言っていた。何もしなければラフシールは三日で死ぬ。明日が期限だ。


「サイモン男爵!ラフシール様が!ラフシール様が!」

執事の男が走って来た。


「目が覚めたのか!」

期待を込めて執事に聞く。


「いいえ…… 今、息を引き取りました」


「はぁー? 何だって? 言い方が紛らわしんだよ!」


何でだよ? 明日まで猶予があるんじゃなかったのかよ! 俺はラフシールが眠っている部屋へ急ぎ扉を開けると、医者が手を前に組み立っていた。


「ご臨終です」


そ、そんな。せっかく…… せっかく ラフシ―ルにお礼を言えると思っていたのによ。

あんまりだ……こんな事って、あんまりじゃないか!


横たわっているラフシ―ルの前で、俺は人目をはばからず泣いた。

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