第5話:とある二人の物語2

樹上をまるで獣のように移動しながら、カルタは森の神の祠へと向かうと、眼下には同じ方向へと向かうかなりの数のアルソルトの兵士達が見受けられ、一刻の猶予もないことが伺えた。


少しでも戦力を減らす為に、彼は毒の霧のアイテムや麻痺の霧のアイテムを使用しながら、目的の祠へと急いだが、そこに着いた頃には日も暮れ始めていた。


祠周辺には、氷槍(アイスジャベリン)や炎弾(ファイアバレット)、雷槍(サンダージャベリン)や土壁(ストーンウォール)、時折、周囲の兵士を巻き込むように竜巻(トルネード)や火炎放射(ファイアストーム)が吹き荒れており、一つの魔法が放たれる度に、多くの人族の兵士が命を散らしていた。


いくら精霊王に祝福されたミレイと言えど、あれだけの神級や王級の魔法を連発していれば、魔力のエネルギー源となる魔臓に与える悪影響はかなりのものと考えられ、下手をすれば一生魔法が使えない身体になるかもしれなかった。


カルタは巨大な竜巻が過ぎ去るのを待ち、急いで祠へと走った。前方から次々と氷槍や雷弾が飛来したが、手にした長剣により切り裂き、祠の前で淡い紅紫の長髪を高い位置で二つに纏め、真っ赤に染まった緋色の目をギンギンに見開きながら、仁王立ちするミレイの所にたどり着いた。


「ミレイ!待たせたな。俺だ!カルタだ!判るか?」


全身が焼け焦げたようにボロボロで、至る所から血を流し、腫れて見にくいだろう目蓋を必死にこじ開けて前を睨みつけながら、満足に動きそうもない全身を、意識もろくに無い状態で無理やり動かすまだ十にも満たないように見える少女は、カルタの声にピクリと反応した。


どうやら聴力は少しは残っていたらしい。


「 お おじさま?」


「そうだ!よく頑張ったな!撤退するぞ!」


その声を聞くと同時にミレイは意識を失い、全身から力が抜けたようにカルタの腕の中へと倒れこんだ。


「無理しやがって!後でフシオに誉めてもらえよ。」


カルタは、懐から一本の魔法スクロールを取り出して前方へと展開させると、竜巻上の火炎放射が大地を抉った。


「フシオ謹製の魔法スクロールだ。半端な力では生き残れないからな。」


そう言うと、ミレイを抱えたカルタは地を這う火炎を追いかけるように走り出した。一部溶け出したような大地の熱は凄まじく、カルタの装備をもってしても完全にレジストすることはできなかったが、ミレイと彼女を支える上半身は、胸に着けた護身のペンダントにより守護されていた。


小一時間ほど走り続け、二人が護国の森と呼ばれるフルメンクの周囲に広がる森を抜け、絶壁とも呼べるほどの高い崖の上に着いた頃には、日もとっぷりと暮れ、空には蒼く輝く三日月と満天の星が広がっていた。


周囲から発見されないように、崖の中腹にある浅い洞窟の少し奥まった場所に簡単な拠点を作り、岩の隙間に小型の魔道コンロを設置し、小さな鍋で簡単なスープを作りながら、カルタは寝袋に寝かせたミレイが目を覚ますのを待っていた。こんな非常時には、自身の持つ収納の能力が本当に有り難かった。


眼下に広がる護国の森では、二人から少し離れた所で、今でも時折り炎が上がっているのが見えたが、今のカルタにはどうにもしてやることができず、それを眺める彼は無力感に襲われていた。


「う う~ん」


背後から 聞こえてき声に、カルタが振り返ると、寝袋に寝かせていたミレイは薄く目を開けていた。


「気がついたか?身体におかしな所はないか?」


ミレイは困ったように眉を寄せて、どうにか言葉を絞り出した。


「だ ダメです 全身に全く力が入りません まるで自分の身体じゃ ないみたいです 」


「あれだけ無理を重ねたんだ。魔臓を痛めたかもしれん。今は無理をするな。ゆっくり休め。」


「 わ 判りました 」


そう言うと、ミレイは再び目を閉じた。


「本格的に魔臓を痛めたのかもしれんな。この様子だと、暫くの間はここからの移動は無理だな。」


その後、ミレイが何とか歩行できるようになるまでには一ヶ月程の期間を要し、その間、カルタは周辺の森の探索や、可能な範囲での敵軍の調査を行っていた。


ーーー

「もう大丈夫です。自分で歩くのは、まだ迷惑をかけてしまうレベルだけど、やっと幼年体の白夜(びゃくや)を召喚できるようになりましたから、この子に乗せて貰えば移動は可能です。戦闘では全く頼りにならないと思うけど、おじさまが大丈夫なら、行けると思う。」


そう言いながらに、ミレイは召喚した氷狼の頭を撫でた。


「そうだな。だいぶ待たせてしまって、フシオも心配してるだろうから、ぼちぼち移動を開始しようか。途中の魔物程度なら全く問題ないから、お前は心配するな。」


そう言って、カルタも立ち上がった。移動のための準備は既に完了していた。


二人が洞窟を出ていった日から数日が経った夜中に、洞窟から虹色の光が漏れ出たことに気づいた者は、ただの一人も居なかった。

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