第3話:玄関の扉を開けると
瑠夏の部屋で奇妙なことが発生してから一週間が経過していた。
その間、瑠夏は異変に気づくことなく、普段と全く変わらない日常を繰り返しており、時折り届く宅配便の配達員とインターホン越しに二言三言の会話をかわす以外には、他人と言葉を交わすこともなく、相変わらずの一桁配信を続けていた。
五月二十一日の早朝、午前四時にベッド横で充電していたスマホからアラームの音が鳴り始め、慌ててムクリと起き上がった瑠夏は、四十五リットルのポリ袋に昨晩のうちに纏めておいたゴミとペットボトルの袋を両手に持ち、玄関ドアを開けた。
そして、瑠夏は見慣れぬ光景に全身が硬直した。そこには見慣れたマンション通路はなく、真っ暗な闇と少しひんやりとした澱んだような空気が広がるばかりだった。
「えっ!」
思わず声を出したが、瑠夏は開いたままの玄関ドアの中に袋を抱えたまま戻り、急いでドアを閉めた。
(なんだ?停電か?いや違う!開いたドアから照らされてる範囲には何もないように見えた。目の前の通路の壁くらいは見えるはずだろ!)
腰を抜かしたように玄関にしゃがみこんでしまった瑠夏は、取りあえず袋から手を放し、フラフラと立ち上がると、ドアスコープに取り付けたドアモニターを確認した。
モニターはまるで壊れているかのように真っ黒で、闇しか映していないように見えた。
「おかしいじゃん。部屋の中のモニターには、昨日だって宅配のお兄ちゃんが映ってたじゃん。いったい何なんだよ?もしかして、一般人を驚かせてみました的なドッキリか?」
(そうだ!窓から外を見てみれば良いんだ)
玄関にサンダルを脱ぎ捨て、飛ぶように部屋へと戻ると、瑠夏は数ヵ月ほど開けてもなかったカーテンを勢いよく開け放った。
(えっ?)
そこにはいつもの見慣れた東京の夜景が広がっていた。
「変わってない。レインボーブリッジも東京タワーも首都高も普段と全く一緒だ。」
見える範囲の首都高速や一般道には、朝早い仕事に向かうトラックや車が走っており、窓を開けると、東京湾に浮かぶ船の汽笛や、荷揚げのクレーンが動いているような音も聞こえていた。
(そうだよな。これが日常だよな。当たり前の世界だよな。さっきのがおかしいんだよ。寝惚けてたのかな?もう一度確認してみるか)
窓を閉めてカーテンをタックで纏め、瑠夏は少し落ち着きを取り戻したように玄関に戻り、もう一度ドアモニターを確認したが、それには相変わらずの真っ暗な闇しか映っていなかった。
(やっぱり何もないよな。どうしようか?取りあえず目視することが大事だけど、どんな場所かも判らない所に丸腰で出てくのも危ないよな。取りあえず外を照らしてみるか?)
瑠夏は玄関横にかけてあった充電型のマルチライトを手に取ると、取っ手にダンボールを纏めるための紙紐を結び付け、照明モードに切り換えて少し開けたドアの隙間から前方へと放り投げ、急いでドアを閉めてドアモニターにしがみついた。
ほんのりと照らし出された玄関前は、四方が岩で覆われた洞窟のような場所だった。
(何にもないじゃん。これじゃ全く情報入手できないじゃん。勘弁してくれよ)
結果に落胆した瑠夏は、玄関ドアを少し開け、紙紐をゆっくりと引っ張りながらマルチライトを回収すると、玄関ドアのロックや鍵チェーンをしっかりと掛けて部屋へと戻った。そんなことをしているうちに時間も経過したようで、目の前に広がる湾岸高層ビル群は少し色を取り戻しつつあった。
「もう六時じゃん。これから俺はどうなんだよ。」
明るくなり始める街を眺めながら、これからのことを考えて憂鬱になりつつあった瑠夏は、これからの生活がこれまでと全く変わらないものであることに気づいてしまった。
(宅配も利用できるし、スマホも使える。いざとなったら窓から助けも呼べる。これまでと変わらなくないか?まぁ、金さえあればということなんだけど、通帳の残金が底をつく前に、何とかこの部屋に居ながらお金を稼ぐ方法を見つければ全く問題なくね。引きこもり最強じゃん)
そんなことを考えながら瑠夏は、冷凍室から凍らせてあった四つ切り食パンを取り出し、オーブントースターに入れてお任せスイッチを入れ、更に冷蔵庫のポケットから生卵二個、タッパーから厚切りハムを二切れ取り出し、IHコンロに載せたフライパンでハムエッグを作ると、野菜室から取り出したキャベツの千切りを皿にとり、ミニトマトと一緒に盛り付けた。
焼き上がったトーストにチューブバターを塗り皿に載せ、コーヒー牛乳を大きめのグラスに入れたものと、さっきのハムエッグとイチゴジャムの瓶と一緒に、食事用の大型トレイにセットし、宅配でついてきた使い捨てのプラスチック製のナイフとフォークも添えて、部屋へと戻った。
(部屋での金稼ぎは今度の配信でみんなに聞いてみよう。ついでに異世界サバイバルの方法も相談にのってもらおうかな)
そんなことを考えながら、いつもと同じような朝食を取り始める瑠夏だった。
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