前世が織田信長だった勇者を追放したい

Q輔

第1話 前世が織田信長だった勇者を追放したい

【占い師殺し】 



 仲間を追放しようと考えている。

 

 仲間……。そう、我々はもともと、この世界を支配しようと企む魔王を成敗するために集まった仲間だった。同じ志の元に集いし、文字通り同志だったのだ。ところが、いつしか我々は、あのお方をパーティーリーダーと仰ぐようになっていた。

 冒険は、あのお方のかじ取りで進み、モンスターとの戦闘時においても、我々はあのお方の指示のもと、与えられた役割を粛々とこなすのみ。少しでも独自の判断で行動をすれば、戦闘後に凄まじい駄目出し、感情に任せた暴力、せっかく集めた金品の召し上げ、数日間こちらが話しかけても完全に無視をする、などの厳しい罰を執行されてしまう。これではまるで、我々は、あのお方の家来、いや、奴隷も同然だ。


 あのお方は、勇者。


 我々は、あのお方を、ノブナガ様と呼んでいる。


 当然ながら、本名ではない。出逢った頃は別の名前、西洋風の本名を名乗っていた。ノブナガと名乗るようになったのは、とある村に、よく当たると有名な西洋占星術の占い師がいたので、私が、あのお方と他二人を誘って、一同でその占い師にみてもらってからだ。今思えば、軽い気持ちで、あのお方に占いなんぞ勧めるのではなかった。深く後悔をしている。

 その日、仙人のような風体の占い師は、天体の描かれた紙に、不可思議な文字を記したり、しばらく意味深に考え込んだりした後、あのお方に、もっともらしくこう告げた。


「おぬしの前世は、こことは別の世界で大国を治める王様であったようじゃな。名前は、織田信長、と出ておる」


 もともと占いに乗り気でなかったあのお方は、その衝撃的なお告げを聞いても、驚きの声を上げることも無く、ただ無言で、訝し気に占い師を睨んでいた。


 続けて、占い師は、私を占った。


「おやおや、とんでもない御仁がお仲間のようじゃ。おぬしの前世も、あちらの世界で、こちらの勇者様とまでは行かぬが、小国を治める王だったようじゃぞ。名前は……う~む、知れば恐らく混乱を招くだけであろうから、あえて申しますまい」


 それから、そちらのお歴々――と、占い師は、残りの二人を指差し、

「――おぬしらの前世も、この勇者殿とは、深い間柄であったようじゃぞ。いやはや、これは愉快、英雄英傑が、一挙勢ぞろいじゃな」


「前世などはどうでもよい。我々が魔王を倒すことが出来るか否か、その一点を占え」

 あのお方が、いつものように眉間にしわを寄せて苛立ち始めた。

「ならば、申す。やがてこの中の一人が、見事に魔王を成敗するであろう」

 なんだあ? あのお方が、占い師に詰め寄る。

「――この中の一人だと? 要するに、俺ら四人のパーティーが、魔王を倒すのは不可能だっちゅ~ことか?」

「仰る通り。この四人では無理。魔王を倒せるのは、この中のただ一人。ちなみに、おぬしではない」

「てめえ、いい加減なことを言いやがると、ただじゃ済まねえぞ」

「虚言ではござらぬ。これすべて真実なり」

 あのお方が、もともと切れ長の目をさらに細めて小首を傾げた。やばい。これは相手に敵意を抱いている時の仕草だ。


「おい、占い師。貴様、名前は?」

「わしは、神に仕えし者。人間に伝えられる名を持たぬ」

「名が無い訳ね~だろうが。おかしなことを言うやつだ。まあよい。ならば、歳は幾つだ?」

「はっきりとは憶えておらぬが、そうだのう、かれこれ二千年は生きたかのう」

「貴様は、死なぬのか?」

「永遠に人々に真実を与え続けること。これこそが、神がわし与えた試練なり。皮肉なものよ、神は、わしに死を与えて下さらぬ」


「はい、分かった。――おい。みんな、手伝え。今からこの占い師を火炙りにしてみる」

 大変だ。あのお方の悪い癖が始まった。

「ひぇ! い、まなんと?」

 占い師の顔から、スーッと血の気が引いた。

「貴様は、死なぬと申した。でも、俺は、この世に生を受けし者はいつか必ず死ぬ、そう信じている。どちらの意見が正しいかを検証するため、今から貴様を火炙りにしてみる。心配するな。これは拷問ではない。実験だ」

 あのお方は、テキパキと材料問屋から大量の薪(まき)を調達し、巨大な焚火の準備をした。


「ご、ご、ご、ご勘弁を勇者様~」

「どうした、何を怯えている? 貴様は、死なぬのだろう?」

「あれは、その、要するに、言葉の綾と言うやつでして……」

「貴様。この俺に、嘘を申したのか?」

「嘘ではありませぬ。あくまで言葉の綾でございます」

「訳の分からぬ発言を連ねるな、耳が鬱陶しいわ。ようするに嘘だろう。あん? 死なぬというのは、嘘だろう」

「……申し訳ございません。先ほどは、つい嘘を申してしまいました」


「ちっ。嘘つきめ。――う~む。しかしあれだな。こうなると、今の謝罪も疑わしいな。また嘘かもしれない。本当の本当は、燃やしても死なぬかもしれない。よ~し、決めたぞ。お~い、みんな~、やっぱり、こいつ、燃やすわ。ちょっくら手伝ってくれ~」


 こうしてあのお方は、その占い師を丸太に縛り付け、本当に火炙の刑に処した。当然ながらと言うか何と言うか、メラメラと燃え盛る炎に呑まれ、占い師は、みるみるうちに骨だけになってしまった。


「ほ~ら、燃えたじゃん。やっぱり不死身の人間なんて、どこにもおらんのだ」

 我々と雑談をしながら、あのお方は、実験の検証結果にご満悦だった。そして、この時――


「俺、今日から、ノブナガだから。みんなそう呼んでね」


 ――そうしれっと宣言したのである。どうやら、あの占い師の言った前世うんぬんの話しなど、はなから信じてはいない様子だが、占い師が告げた自分の前世の名前を、何故だか妙に気に入ったらしいのだ。我々としては、あのお方に、ノブナガと呼べと言われたら、ノブナガと呼ぶより選択肢はなく、晴れてこの日から、あのお方は、ノブナガ様となったわけである。



【池の水全部抜いちゃうぞ大作戦】



 申し遅れた。私は、僧侶である。


 パーティーの仲間は、私を、オレンジと呼ぶ。


 断じて本名ではない。どこの親が、我が子に柑橘系果実の名を付けようか。これは、ノブナガ様に勝手につけられたニックネームである。私は、生まれつき人よりオデコが広く突き出ていて、なおかつ肌の色は長い冒険の日々で日焼けをして真っ赤。ノブナガ様は、私の顔がオレンジのようだから、面白がって私をオレンジと呼ぶ。言っちゃ悪いが、発想が子供である。


 ついでに、パーティーメンバーの、残りの二人も紹介しておこう。


 魔法使いの、モンキー。顔が、猿顔だからモンキー。そのまんまだ。言わずもがなであるが、ノブナガ様が名付けた。こいつは、もとは農民であったらしい。村を訪れたノブナガ様にその才能を見出され、何故か魔法使を公言し、図々しくも我らと共に冒険をしている。性格は、陽気で、助平、人たらし、おべっか使い、ずる賢く、銭勘定が得意。生真面目な私とは、どうしてもそりが合わない男だ。


 戦士の、ポンポコ。戦士のくせに下膨れの肥満体で、その突き出た腹を、暇を持て余したノブナガ様に、太鼓のように叩かれてはオモチャにされている。叩いた腹が、ポン、ポン、ポンポコと鳴ることから、ニックネームはポンポコ……。気の毒だなあ。オレンジなんて、まだましなニックネームだなあ。その性格は、質実剛健で律儀者。決して嫌いな男ではないが、事なかれ主義なのが玉に瑕。


 オレンジ。モンキー。ポンポコ。こんなニックネーム、たまったものじゃないが、ノブナガ様がそう呼ぶのだから仕方がない。何と言うか、あのお方の声音には、妙な説得力があり、あの声で「おい、オレンジ!」と呼ばれると、反射的に「はい、ノブナガ様、ご命令を」と返事をしてしまう。恐らく、他の二人も同じであろう。


 勇者ノブナガ。戦士ポンポコ。魔法使いモンキー。僧侶オレンジ。我々は、いわゆる典型的なパーティー構成で、魔王を退治するために、果てしなき冒険の旅をしている。


 ノブナガ様と共に旅を続けていてつくづく思う。まったく、付き合いにくいお方だなあ。

 お調子者のモンキーなどは――

「あのお方と良好な関係を維持する道はただ一つ。あのお方をとことん愛することだがや。ノブナガ様は、我々の些細な猜疑心や反抗心を見逃さず、漏れなく憎悪する。このパーティーで生き残る道は、ノブナガ様に迷わずに尽くす。これより他にニャ~でよ」

――などと、しゃあしゃあと言ってのける。確かに一理ある。だがしかし、元々が恥ずかしがり屋で、オベンチャラの一つも言えない性格の私には、ノブナガ様に対する愛情は誰にも負けぬという自負はあるにせよ、あのモンキーのような媚びへつらいは、天地がひっくり返っても出来ないのである。


 そもそも、一緒にいて何が一番困るかと言うと、あのお方の、徹底した現実主義志向である。不可解な権威、漠然とした恐怖、目に見えないもの、手で触れられないものは一切信じないという性格なので、先に述べた占い師火炙り事件のような騒動は日常茶飯事。その度に、我々はノブナガ様の無茶に振り回される羽目になる。


 先日も無茶苦茶な騒動があった。とある村を訪れた際、我々は「この村の中央に広がる池には、直径五十メートルを超える巨大なドラゴンが密かに生息している」という噂を耳にした。この手の話を聞くと、ノブナガ様は、持ち前の思考癖を発動させ、途端に苛立ち始める。周囲にいる我々は、ドラゴンなんかより、ハッキリ言ってノブナガ様に戦々恐々である。ノブナガ様は「解せぬわ~、解せぬわ~」とブツブツ言い、眉間にしわを寄せて、執拗に村人たちに聞き込みを開始する。出来るだけ有力な情報を多く集めようと努力する。その結果、村人の多くの者から「巨大なドラゴンを目撃した」との証言を得た。ただし、「ほんの一瞬、尻尾が見えた」「夜中に顔を出していた」「朝靄の向こうに全体像を見た」など、どの目撃情報も、いささか曖昧なのである。


「お~い、オレンジ~、モンキ~、ポンポコ~」

 やばい。呼ばれた。この感じの呼ばれ方は、経験上、ろくなことを言い出さないパターンだ。

『はい、ノブナガ様、ご命令を』

 我々三人は、猛ダッシュでノブナガ様の前にひざまずき、声を揃えて下知を乞う。


「ポンポコ、遅いぞ~。他の者より、十秒遅刻だ。知らなかった? 俺、ノロマは大嫌い」

 おや、珍しくポンポコが注意を受けている。

「申し訳ございません。以後気を付けます」

 下膨れの肥満体が、冷や汗をぼたぼたと地面に垂らして怯えている。

「なあ、ポンポコ。お前、最近たるんでない?」

「いいえ、そんなことは――」

「たるんでいるよね?」

「――はい。たるんでいます。重ね重ね申し訳ありません」

「原因は何?」

「……」

「自覚症状ない? ならば教えてやる。お前は、ホームシックなっている。ちなみに、お前、家族は?」

「妻と息子が一人、故郷にて、僕の帰りを持っています」

「はい、分かった。暇を出す。今から家に帰って、その妻と子供を殺して来い」

「……は、はい?」

「家族に未練のある者に、魔王退治は出来ぬ。俺はお見通しだ。お前は、家族に後ろ髪をひかれて、心ここにあらずのまま冒険を続けている。そんな者は、いずれ必ず敵に殺されて死ぬ。分かるか? 優秀な戦士であるお前が死ぬということは、要するにやがて世界中の多くの民が魔王に殺されて死ぬということなのだぞ。お前のたった二人の家族への未練が、何億という民の命を犠牲にするのだぞ。お前の冒険の邪魔をするお前の家族は、やがて何億という民を殺す元凶になる。従って、お前の家族は万死に値する。さっさと殺して来い」

『お言葉ですが、ノブナガ様――』

 私とモンキーは、ほぼ同時に、常軌を逸したノブナガの発言を制した。

「何だあ~、知恵者二人組ぃ~、俺に文句があるのか?」

 私とモンキーが全力で苦言を呈しようとしたその時、ポンポコが予想外の言葉をポツリと呟いた。

「かしこまりました。今から出発し、里に残した妻と息子を殺して参ります」

 な、な、な、なんと! 私は、ポンポコの忠義心、及び任務に対する責任感に度肝を抜かれた。どうやら、私は、この下膨れの肥満体に器量を測りかねていたようだ。「ひと月ほどで戻ります」そう言い残しポンポコはパーティーを後にした。


「いやはや、あれは、辛抱強い男だな~。将来的には、案外あのような男が……」


 ノブナガ様は、ポンポコの後ろ姿を見送りつつ、自ら超過酷な命令を発しておきながら、しばらく彼を賞賛した。けっ。どの口が言いやがる。私は心中で罵った。やがて、ノブナガ様は「え~っとねえ、そんなことはさておきぃ~」とか言って、実にあっさりと話しを切り替えた。そんなことって何だ、バカヤロウ。仲間に自らの手で妻子を殺して来いと命令をしたのだぞ、あなたは。


「え~っとねえ、そんなことはさておきぃ~。この池に生息するという噂のドラゴンの件だけど~」

『はい、ノブナガ様、ご命令を』

「うん。今から俺らと、ここの村人の総動員で、この池の水を全部抜いちゃうぞ」

「はいいいいい?????」

「俺の考えではね。この池に直径五十メートルもあるドラゴンが生息するなんて、物理的に不可能だと思うんだあ。どう見たってこの池、浅いしさあ、隠れるの無理じゃん? エサとか絶対足りねえと思うし。――と、いう訳で、この池の水を全部抜き出して、実際にドラゴンがいるのか確かめる。さあ、思い立ったら吉日、さっそく始めよう!」

 ノブナガ様は、鎧を脱ぎ捨て、上半身裸になると、水辺に放置してあった桶で、池の水を一杯一杯丁寧にすくい始めた。

「うおおおおお、こうしちゃいられねえ、オラ、村人を集めてくるがや!」

 ノブナガ様に指示をもらうまでもなく、モンキーが大急ぎで民家に向かって労働力を掻き集めに走り出す。そして私も、ノブナガ様に指示されるまでもなく、帳面と算盤を取り出し、池の水の総容積を目測で計算し、必要な桶の数や作業員、作業日数を算出し、食料などそれに掛かる費用の計算までをはじき出すのであった。


 村人総動員の、不眠不休の人海戦術により、十日ほどで池の水は抜き終わった。ノブナガ様と私とモンキーは、広大な池の、露わになった底の泥と藻を一望していた。やがて突如として意を決したノブナガ様が、腰の剣をハラリと抜き、


「オレンジ、モンキー、付いて来い!」


 と雄叫びを上げ、先陣を切って池に飛び込んだ。

 後を追う私らと共に、膝ほどの水位となった池を、ノブナガ様はバシャバシャと走り回る。時々怪しげと思われる場所を見付けると、剣を振り回して泥や藻を切り裂く。こうして、ノブナガ様は、小一時間ほど水の無い池を、四方八方に走り回り、


「……おらん」


 息を切らせ、輝くような笑顔でそう言った。


 それから、陸地で不安げに我らの様子を伺っている大勢の村人たちに向かい、


「村の者たちよ! 安心しろ! おらん! 直径五十メートルのドラゴンなど、この池にはおらんぞ!」


 と叫んで、カラカラと笑った。――陸から大歓声と大きな拍手が巻き起こる。


「オレンジ。モンキー。ご苦労であった」

『ありがとうございます』

「では、さっそく池の復旧にあたってくれ。こちらが、こちらの都合で始めた事業だ。当然、元通りに戻すべきだよね。いいか、絶対に工事の手を抜くなよ。抜いたら殺すぜ。あと、協力してくれた村人たちへの労いも忘れずにね」

「あの~、ちなみに、ノブナガ様はどちらへ?」

「俺? 俺のことなら心配するな。少々疲れた。寝る」

『はああああああ?????』

 こうして、私とモンキーは、また不眠不休で、池の復旧作業にあたるのであった。



【現実主義】



 本当に、ノブナガ様とは、厄介な存在だ。特に僧侶の私や、魔王使いのモンキーのように、術を使う者にとって、ノブナガ様は、その存在自体が死活問題なのである。


 我々は、見事に妻子を殺して(という表現は適正ではないな)故郷から戻ったポンポコと合流し、冒険の旅を続けていた。


 行く手に、モンスターが現れた。一つ目、一本角、青色の肌をした巨人のモンスターだ。片手にこん棒を持っている。

「直ちに戦闘態勢に入るぞ!」

『了解!』

 ノブナガ様に掛け声に、残りの三人が返事をする。さあ、戦闘開始だ。先ずはノブナガ様が鋼の剣で一つ目の巨人に一撃を入れる。巨人もただではやられない。巨大なこん棒を振り下ろす。その反撃をポンポコが避けようとするが、避けきれず右肩に喰らってしまう。「痛いっ!」ポンポコの右肩が赤く腫れあがる。


「おい、モンキー。火炎の術を使え」ノブナガ様が指示を出す。

「へ?」

「聞こえなかったのか? 茶化したりしねえから大丈夫だよ。はやく火炎の術を使えよ」

「へい、かしこまりました!」


 攻撃系の術を得意とするモンキーが、一つ目の巨人の前に立ちはだかり、手にした魔法の杖を天に振りかざし、ゆっくりと左右に揺らしながら叫ぶ。


「さあ、モンスターよ、この杖の先をよく見よ! 只今より、この杖の先から巨大な火の玉が呼び出し、瞬く間に貴様を丸焦げにするぞ! 皆の者もよく見るのだぞ!」


 ノブナガ様は、頬のあたりをポリポリと掻きながら、呆れ顔でモンキーの長ったらしい口上を黙って聞いている。


「火炎の術!」


 ゆらゆらと揺らしていた杖の先を、頃合いを見てピタリと止め、モンキーがこれ見よがしに雄叫びを上げる。一瞬で一つ目の巨人の動きが止まった。明らかに様子が変だ。瞳孔が開き、口を開けてボンヤリしてる。並びに、仲間のなかでは、ポンポコのみが、モンスターと同じ症状に陥っている。

 すると、モンキーは、慌ただしく腰の道具袋から「燃ゆる薬液」の入った瓶を取り出し、意識が朦朧としたまま動かない一つ目の巨人にそれをビチャビチャと浴びせ、カッチカチと火打石を打って火を起こした後、巨人の体に火をつけた。やがて一つ目の巨人は、悲鳴すら上げることなく、丸焦げになって倒れた。


 ここで、モンキーと同業の術者として、あまり公言したくないネタばらしをせねばなるまい。一般的な術者の「術」とは、要するに「催眠術」のことを指している。攻撃系の術、回復系の術、系統の違いはあれども、魔法使いや僧侶が、総じて催眠術師であることに違いはない。(ぶっちゃけた話、もし自分が、実際に杖の先から火の玉を発生させるような超常現象の使い手であれば、冒険者などという、常に死と隣り合わせのくせに、まったく金にならない仕事などしていないだろう。己の特殊能力を活かし、もっと割の良い仕事をしている筈だ。また、本当に超常現象を操る術者も世界中を探せばどこかにいるのかもしれないが、少なくとも今の私は存じ上げない)


 例えば、只今のモンキーの火炎の術の解説をしてみよう。モンキーは、魔法の杖と称するただの棒切れを、ものものしく天にかざし、周囲の視線をその杖の先に集めた。この時点で、周囲は既にモンキーの術中にはまっている。モンキーは、だたの棒切れをゆっくりと左右に揺らし、もっともらしい口上を述べつつ、周囲を徐々に催眠状態に陥れて行く。そして、頃合いを見て「火炎の術!」という合図を出し、催眠術を完了する。


 敵のモンスターと、味方のポンポコは、いとも簡単に術に掛かった。彼らは、朦朧とした意識の中で、モンキーの持つ杖の先から、轟音を上げて飛び出す火の玉の幻覚を見ている筈だ。もちろん、同業者の私は、催眠術には掛からない。でも同業者の最低限の礼儀として、モンキーがせっせと火打石で火を起こしてる姿などは、見て見ぬふりをしている。時には、相手の術に対して「うおおおお!」とか「すげえええ!」とか、わざとらしい歓声を上げて場の空気を盛り上げ、暗黙の助け合いをしたりもする。


 問題は、ノブナガ様である。


 出逢った初日に、あのお方は、我らの術の正体を見抜いた。それからも、戦闘中に、モンスターともども、幾度もノブナガ様を催眠術に陥れようと試みたが、駄目だった。微塵の隙もない現実主義者に、まやかしの術は通用しないのだ。「うおおお、さすがは火炎の術。一瞬でモンスターを焼き殺しましたね」と歓喜の声を上げるポンポコを横目に、ノブナガ様は、モンキーの所業を「ふん」と鼻で笑っている。


「モンスターは死んだ。戦闘は終わった。俺らの勝ちだ。みんなご苦労さん。さあ、オレンジよ。ポンポコの肩の腫れを治してやってくれ」


 今度は、私が術を披露する番だ。


「かしこまりました。それではポンポコよ。只今よりお前に、その肩の腫れを一瞬にして治す回復の術を掛ける。よいか。私が『回復の術!』と叫び、その後『はい!』と叫んで手を叩いたら、お前の肩の腫れは完治している」

 私は、ポンポコの瞳を一心に見詰めて話す。この時点で、ポンポコは、私の催眠術に八割方掛かっている。

「――それではまいるぞ。回復の術!」

 私の叫び声と同時に、ポンポコは、意識を失う。間違いなく相手が術中にいることを確認すると、私は腰袋から、腫れに効く薬草を取り出し、それをポンポコの肩に擦り込む。後は、小一時間ほど患部の様子を診ている。時々背後から、しらふのノブナガ様が、「おい、まだか?」とか「早く治せ」とか「僧侶っていうのは難儀な職業だなあ。何故に術を装うのだ? 俺なら『これは医学です!』と言い切ってしまうけどなあ……」などと、ちょいちょい小言を挟むので、やりにくいったらありゃしない。そんなこんなで、徐々に肩の腫れが引いてきた。薬草が効いたのだ。頃合いを見計らって、「はい!」と手を叩く。

「わ! 治っている! 相変わらず凄い術だ!」

 術を解かれたポンポコが驚く。純朴な彼は、いつも同じ熱量で感動をしてくれる。

「うお~、本当だ~、すげ~、本当に一瞬で肩の腫れが引いたあ~」

 同業者のモンキーが、白々しい相槌を打つ。

 ノブナガ様は、決して我々の仕事を営業妨害することはない。術そのものを全否定するわけでもない。それどころか、冒険や戦闘の重要な場面で、術を必要として下さる。ただし、いつも極めて醒めた態度で傍観をなさるので、私は、心が折れそうになる。



【聖エンリャクジ―大聖堂焼き討ち】

 


 私が、本気でノブナガ様を、パーティーからを追放しようと考え始めたのは、この騒動があってからだ。長かった夏が終わり、吹く風を心地よく感じられるようになった秋の始まりの頃。嘘を異常に憎悪する性格。徹底した現実主義志向。術を生業とする者たちへの醒めた態度。これまで、大抵のことは我慢してきたが、いよいよノブナガ様の常軌を逸した人柄を決定づける大騒動が起きたのだ。


「お~い、オレンジ~、モンキ~、ポンポコ~」

 冒険の途中。見晴らしのよい草原で休憩を取り、とある由緒正しき教会を眺めていたノブナガ様が、唐突に我々を呼んだ。

『はい、ノブナガ様、ご命令を』

 まるで良く躾けられたペットのように駆け寄り、従順に命令を待つ我々に対し、この日ノブナガ様は耳を疑う発言をした。


「えーっと、今から、あそこに見える教会、『聖エンリャクジ―大聖堂』を焼き払う。あそこにいる神父はもちろんのこと、シスター、子供に至るまで、一人残らず皆殺しにするからね」


「お待ちください! 血迷いましたか、ノブナガ様!」


 いつもはノブナガ様の命令に従順な私だが、この時ばかりは、即座に反論をした。


「血迷ってなどいねえさ。なあ、オレンジ、お前知らねえのか? あそこにいる神父のなかには、悪のモンスターと内通し、冒険者を教会に宿泊させては、夜な夜なモンスターに寝込みを襲わせ喰わせているという不届き者がいるって話だ」


「その噂は私も聞き及んでおります。しかし、噂はあくまで噂でございます。先ずは真実を確かめるべきかと」

「火の無いところに煙は立たない。これぞ真実。以上だ、オレンジ」

「恐れながら、ノブナガ様。仮にそれが真実であるとするならば、成敗すべきは、悪のモンスターと内通してる神父のみでよろしいかと。なにも大聖堂を焼き払い、あそこにいる者すべてを殺す必要はございますまい」

「黙れ! あそこの神父の多くは、武器を持ち、術を使うらしい。なぜだ? なぜ聖職者が、武器を持つ? なぜ術を使う? 聖職者ならば、黙って偶像に手を合わせていればよかろう。どうして戦いに備える必要がある? 悪しき企みがあるからに決まっているだろう!」

「武器を持ち、術を使う者たちは、厳しい修行を重ね、やがて、私のような僧侶になるのです。いつか、魔王から世界を守る存在となるのです」

「笑わせるな、オレンジ。お前は、現在のあの教会の、本当の姿を知らねえのか? 宗教の戒律は形式だけのものに成り下がり、聖職者どもは、市民から金を巻き上げ、酒を呑み、肉を食らい、女と交わり、毎日自堕落な生活を送っているんだぜ。俺、そういうの絶対に許せないんだよ」

「恐れながら、ノブナガ様。あの教会には、あまたの神々がおわします。大聖堂を破壊すれば、天罰は必定でありましょう!」

 私が声を荒げると、ノブナガ様は、目を細めて小首を傾げ、ゆっくりと私のところへ歩み寄り、私の鞄から、私が普段から神の御加護を得るために持ち歩いている直径三十センチほどの聖母の像を無断で取り出し――

「オレンジよ。お前は賢いやつだから、俺が直々に良いことを教えてやる」

 ――そう言って、私の聖母の像を、いきなりグワシャンと地面でたたき割った。草原の上に、白い破片が無残に飛び散っている。

「よく覚えておけ。これは石膏で作った中身が空洞の彫刻品だ。神じゃねえ」

 この男は、いったい何を言っているのだ?

「何をなされる!」

「あの大聖堂にもっともらしく飾ってある偶像も同じこと。ただの石膏であり、ガラスであり、絵画なんだ。神なんて、どこにもいねえんだよ」

 分からない。この男の言っていることが、私にはさっぱり理解出来ない。

「目に見えなくとも神は存在するのです! 神を冒頭なさるな! 天罰が下りますぞ!」

「上等だよ! 聖職者たちの職務怠慢を見過ごすとは、それこそ神の職務怠慢だ! この俺が、神に天罰を与えてくれるわ!」

 もう駄目だ。これ以上こいつと話していると、頭がおかしくなる。


「あの~、恐れながら、ノブナガ様」

 モンキーが、小さく手を上げて、恐る恐る私に助け船を出そうとする。普段はいけ好かないお調子者だが、頭が冴える男であることは否めない。どうやら、こいつも私と同じ反対意見のようだ。

「ここは、お二人がお話しているような善悪の判断ではなく、損得の勘定で考えてみよまい。ノブナガ様が、市民の心の拠り所である『聖エンリャクジ―大聖堂』を焼き討ちにすれば、市民の気持ちは、きっとあなた様から離れてまう。損か得かで言えば、こりゃあ、明らかに大損だがや」

「黙れ、モンキー!」

 ノブナガ様が、怒りに任せて、剣の鞘でモンキーの頭を叩き割る。モンキーの額から大量の血が噴き出す。

「ひぃ~。ノブナガ様、ご勘弁を~」

 モンキーが、いかにもノブナガ様の溜飲が下がりそうな大袈裟な悲鳴を上げ、わざとらしくピクピクと痙攣をして見せる。


「……恐れながら、ノブナガ様。僕には、難しい話しは、よく分かりませんが――」

 ずっと黙っていたポンポコが、ボソリと口を開いた。

「なんだ、下膨れ。文句があるなら言ってみろ!」


「――そもそも、我らの目的は何ですか? 魔王を倒すことではないですか?」


 ポンポコの言葉に、ノブナガ様が一瞬ひるんだ。そして、その正論過ぎる一言が、逆にノブナガ様を激怒させてしまった。鞘から剣を抜き、我らにその切っ先を突き付けて叫ぶ。


「そんなことは百も承知なんだよ! 知った風な口を利くんじゃねえ! いいかポンポコ、二度と俺に逆らうな。これより『聖エンリャクジ―大聖堂』を焼き討ちにする。これは命令だ。反論をした瞬間、貴様の首は飛ぶ!」

「……かしこまりました。ノブナガ様のご命令に従います」

「モンキー、貴様もだ! 次に逆らったら殺す!」

「か、か、か、かしこまりました~。オラ、ノブナガ様のおっしゃる通り、あの教会にいる神父、シスター、子供、一人残らず殺しまするううう」


「オレンジ、貴様は、誰よりも先頭に立ち、聖職者どもを皆殺しにしろ!」

「……」

「聞こえねえか、オレンジ。返事をしろ!」

「……」

「オレンジ、命令だ! 返事をしろ! 斬るぞ!」


 最後まで返事をしなかった。斬るなら斬れ、そう覚悟を決めていた。


 結局、『聖エンリャクジ―大聖堂』焼き討ちは決行された。私は、ノブナガ様に強引に戦場に駆り出され、強引に殺戮の先頭を任されてしまった。こうなってしまった以上……と覚悟を決めた途端、堅物で生真面目な性格が災いし、私はなりふり構わず、メンバーの誰よりも多く聖職者を殺した。シスターも、子供も、ノブナガ様のご命令通り、容赦をしなかった。後で知ったことだが、魔法使いのモンキーは、シスターと子供を、こっそりと教会の裏口から逃がしていたらしい。正直、私にその発想は無かった。モンキーのように、軽やかに機転を利かせられなかった。この時、私は深く反省をした。また自分の才覚に、ある種の限界を感じた。

 


【密約】



 その後、ノブナガ様の横行は留まるところを知らなかった。『聖エンリャクジ―大聖堂』が焼け落ち、心の拠り所を無くした市民を見かねたノブナガ様は、何を思ったか、我々に命じて、草原に転がる大きな石を、町の中央に運ばせ――

「町の者たちよ、よ~く聞け! みんな、なんや知らんけど、何かを拝みたくてしょうがないのね? ならば今日からこのただの石くれを拝め! この石を、俺だと思って毎日毎晩、厳粛に拝むべし! わははははは!」

 ――などと宣った。どだい正気の沙汰とは思えぬ言動だ。


 さらには、この頃より、私に対して、執拗に酷い仕打ちを重ねるようになる。故郷からはるばる私を訪ねて来た足の悪い実母を、モンスターのはびこるダンジョンに、わざと置き去りにしたり。節約家の私が、もしもの時のためにと、こつこつと貯めていたお金を、「金が貯まると、精神が守りに入る。保守的な冒険者に、魔王は倒せん」などと豪語して、全額を巻き上げてしまったり。ノブナガ様のご命令で、ポンポコの誕生日会を主催した時も、「ケーキが甘過ぎるんだよ! これ以上ポンポコを太らせてどうすんだ! 冒険に支障が出るだろうが!」などと世迷い事を申すので、「恐れながら、ノブナガ様、ケーキとは本来甘いものにござます」と苦言を呈すると、逆上して私のせっかくの手作りバースデーケーキを床にひっくり返して暴れまわったり。


 梅雨。鬱陶しい季節だ。宿舎の窓から、やまない雨を眺めている。この時期、私は、ノイローゼに陥っていた。心身共に疲れ果てていた。時折、自死という言葉が、頭を過ぎることもあった。

 追放しよう。ノブナガ様を、パーティーから追放しない限り、私が私として健全に存在し続けることは不可能だ。とは言え、追放とは一人で成し得ることではない。他のパーティーメンバーの同意及び協力が必要である。魔法使いのモンキーと戦士のポンポコに、相談をしよう。


「ノブナガ様を、パーティーから追放したい。オラ、そう思っとるんだわ」


 重大な相談を持ち掛けようと、宿舎の一室に他の二人を集めた時、おもむろにそう切り出したのは、私ではなく、魔法使いのモンキーだった。


「ノブナガ様は変わってしまわれた。昔から奇妙な人だったけど、最近はなんちゅ~の、狂気を帯びとるっちゅ~のかな、言動の全てが目に余る。このまま、あのお方と冒険を続けたところで、魔王を倒す前に、きっとオラたちが共倒れしてまうがや」

「うむ。それは、私も常々痛感していたところだ」

「僕も、同じく」

 私とポンポコは、彼の意見に激しく同意した。


「追放したろまい。日時は、三日後。六月二日の早朝。恐らくその日、ノブナガ様は、とある教会で宿泊をしとる筈だぎゃ。そこを三人で押し掛けて、これまでの悪事を問い詰め、その場で追放だがや」


「教会に宿泊? また教会にお泊りに? あのお方は、ちょくちょく協会にお泊りになられる。私には、解せん。だって、過去に『聖エンリャクジ―大聖堂』を焼き討ちにされたお方だぞ?」


「ノブナガ様は、教会がお嫌いではニャ~でよ。堕落した聖職者がお嫌いなんだわ。実は、オラたちのいないところで、美しい宗教画を愛でたり、パイプオルガンの幻想的な音色をうっとり聴き入ったりしとる。教会は、ノブナガ様の密かな癒しの場なのかもしれん。だから、オラたちを宿舎に泊めて、自分だけ教会に泊まるんだわ」


「しかし、何故三日後の早朝なのだ? 我々三人の意見がまとまったのだから、別に今からでもよかろう?」


「この町の天気読み士の情報では、三日後の早朝は、天候が不安定になり、ところにより雷鳴が轟き、稲妻が落ちると言う」


「それがどうした?」


「オレンジよ、術者のくせにピンとこんか? 神通力を得るだがや! 神通力を!」


「神通力?」


 モンキーは、「頼むで~。頼むで~」と私の肩をポンポンと叩き、意味深げに笑った。


「……で、その教会の名前は?」


 ずっと黙っていたポンポコが尋ねる。


「え~っと、何つったかな……そうそう思い出したわ。『聖ホンノージ大聖堂』という教会だ」


「聖ホンノージ大聖堂……」


 その名を聞いた時、私は、不思議な血のたぎりを感じた。



【聖ホンノージ大聖堂の変】


 

 六月二日、早朝。約束の時間はとうに過ぎたが、魔法使いのモンキーも、戦士のポンポコも、集合場所にやって来ない。おかしいな。何かあったのかな。私は、宿舎のポンポコの部屋を訪ねた。すると、彼は、床に臥せっていた。

「オレンジさん、申し訳ありません。追放を申し渡すというプレッシャーで、腹を壊してしまった。下痢が酷く、とても動ける状態ではありません。僕に構わず、教会へは、お二人で行って下さい」

「まったく、お前は、いつも肝心な時に体調を崩すなあ」

 致し方なし。私は、深い溜息をついて、お次は、魔法使いのモンキーの部屋を訪ねる。ところが、モンキーの部屋は、もぬけの殻。その代わりに、机の上に一枚のメモが置いてある。

『オレンジよ。すまない。西国のダンジョンで、モンスターが大量発生しているとの情報を得た。緊急事態につき、早朝より単身で対応に当たる。ノブナガ様への追放言い渡しの件は、あなたとポンポコで対応してちょーすか』


 何ということだ。まったくどいつもこいつも身勝手なものだ。


 結局、一人か……。


……行くべきか? やめるべきか? 


 私は、しばらく思案した後――


「敵は、聖ホンノージ大聖堂にあり!」



――体じゅうの細胞という細胞に焚きつけられるかのように、夜明け前の薄明るい空に向かい、一人そう叫んでいた。



【是非に及ばず】



「今、なんつった?」


 単身で教会に乗り込んだ私は、客室で就寝していたノブナガ様を起こし、要件を告げた。


「聞こえませんでしたか? では何度でも申しましょう。勇者ノブナガ、あなたを我々のパーティーから追放する」


「いや~、解せん。解せんな~。朝っぱらに叩き起こされ、何かと思えば……非常識にも程があるだろう。解せんぞ~、オレンジ~、お前のやっていることの何から何まで、俺は理解をし兼ねるぜ」

 ノブナガ様がベッドから起き上がり、客室の入り口に立っている私のところへ一歩また一歩と近づいてくる。相変わらずの威圧感に、私は思わず身構えた。

「てかさ、俺もよく知らねえけどさ、たしか追放ってやつは、パーティーのメンバー全員が揃って言い渡すものじゃねえの?」

「他の二人は、たまたま都合が悪く、今日ここに来れない。ただし、二人の考えは私と同じである。この件に関して、私はすべてを一任されている」

「ふ~ん、まあ、お前らが俺を追放するのは勝手だが、でも俺は、パーティーを抜けないぜ。だって、お前ら三人となら魔王を必ず倒せる、という計算が俺の中で成り立っているのだからね」

「話にならん。あなたは、どうしていつもそうなのだ。勝手なことばかり申すな。我々は、あなたの家来ではない。奴隷ではない。所有物ではない。もともと我々は、同じ志を持った仲間だった筈だ」

「昔も今も、俺たちは仲間だ。少なくとも俺はそう思ってるぜ」

「頭が痛くなってきた。勘弁して欲しい。我々はもう、あなたには付いていけないのです」

「それは、お前らの意思だろう。お前らの意思なんて知ったことじゃないんだよ。もちろん、俺の意思だってどうでもいい。俺たち冒険者は、世界中の人々の意思に突き動かされて生きてる。その意思とは何か? 魔王を倒して世界に平和をもたらすこと。違うか?」


「どうやら、これ以上、あなたと話しをしても、時間の無駄のようだ」


 気が付くと、私は、腰の剣を抜いていた。おい、自分、正気か。何をしているか分かっているのか。今朝は追放を言い渡しに来ただけであろう。なぜ戦わねばならん?


「ノブナガ様、あなたは、魔王退治に夢中になるあまり、いつしか自らが魔王になってしまわれた。以前あなたが焼き殺した占い師の予言を思い出されよ。『このなかで、一人だけが見事魔王を倒す』あの予言は大当たりのようだ。その一人とは私のこと。そして、魔王とは、勇者ノブナガ、あなただ」


「ほお、おもしれえ。剣術は素人、術はまやかしの僧侶様が、俺と一戦交えようってか」


 侮辱をされてカッとなった私は、突発的に剣を振り下ろし、ノブナガ様に一撃を入れた。「いてて、やべえ、本気で斬りやがった」ノブナガ様の寝間着の肩のあたりが血で赤く滲む。ああ、やってしまった。もう後戻りはできない。次の瞬間、私は、何者かに憑りつかれたように、ノブナガ様に向かって啖呵を切った。


「御大将に物申す! 出逢ってから今日までの、まるで己が主であるかのような身勝手な振る舞い! 足の悪い母を見殺しにしたこと! 全財産を巻き上げられたこと! 仲間の誕生日での御折檻など! 許しがたき記憶、多々あれども、この度の戦、私心にあらず! 天下国家のため! 天下万民のため! この僧侶オレンジが、魔王ノブナガを、天に代わって成敗する!」


「是非に及ばず」


「なに?」


「ここまで来たら、良いも悪いもあったもんじゃねえ。そう言ったんだよ、オレンジ」


 その刹那、ノブナガ様は私の隙を見て、私の剣を右足で蹴り飛ばす。放射線状に跳ね上がった剣が、床に転がる。ノブナガ様は素早くそれを拾い、私に切っ先を向ける。


「しまった!」

「さあ、どうする? まやかしの術でも念じてみるか? もっとも、俺に術は効かねえがな」

「くそっ」

 私は、逃げた。悔しいが、ひとまず退却をし、体制を立て直し、後日あらためて決戦を挑むより他はなさそうだ。大聖堂の入り口の扉をこじ開け、屋外へ出る。急げ、背後からノブナガ様が追いかけてくる。慌てた私は、屋外へ出たところにある階段で足を踏み外し、転倒をしてしまう。ノブナガ様が私に駆け寄り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ――

「貴様となら、必ずや魔王を倒せると信じていたのだぜ。悔しいよ、オレンジ。だが、このような抜き差しならぬ状況になった以上は仕方ない。さあ、まやかしの術者、僧侶オレンジよ、覚悟しろ」

――私に向かって、剣を天高く振り上げた。


 その時、凄まじい破裂音。 


 魔王ノブナガの最期が、突如として訪れた。


 早朝の空に雷鳴が轟き、一筋の稲妻が、天にかざした剣に、落ちたのだ。


「何だ、こりゃ?……何が起きた?……」


 一瞬で黒焦げになったノブナガ様が、呻いている。私も稲妻のあまりの威力に、ただもう後ずさりをするばかりで、しばらく状況を掴み兼ねている。

「……まさか、オレンジ、貴様、本当に術を使えるのか?」

 ノブナガ様のその言葉を聞いて、瞬時に魔法使いモンキーがほのめかしていたことを理解した。よ~し、ここは、一世一代の名演技を見せてやる。

「その通り! これは、私の術である! その名も、稲妻の術! 恐れ入ったか! 私には、神通力があるのだ!」

「すげえ……オレンジ、お前、マジですげえ。半端ねえ……」

 ノブナガ様が、どうと倒れる。教会のいたるところで、落雷で発生した小さな火災が起きている。よし、これも使える。

「喰らえ! お次は、火炎の術だ!」

 各所の小さな火が、一斉に燃え上がるタイミングを見計らって、私はもっともらしく大声を上げる。やがて教会は炎に包まれた。


「……でかしたぞ、オレンジ。さすがは、俺の仲間。そう俺たちは仲間。ずっと仲間……」


 激しい炎が、勇者ノブナガ様を、優しく包んだ。



【勇者殺し】



 勇者ノブナガは死んだ。予想外の事態だった。私は、残りのメンバーに、事の顛末を正直に伝えた上で、明日から彼らと冒険を再開するつもりだった。


 ところが、さらに予想外の事態が起きた。魔法使いのモンキーが、私のことを「この裏切者! メンバー殺し! 勇者殺し!」と罵り、あろうことか、私をパーティーから追放したのだ。なるほど、モンキーは、はじめから私にノブナガ様を殺させ、ノブナガ様亡き後のパーティーの実権を握るつもりだったのだ。もちろん、上のタンコブである私を追放することも計算の上で。すべては、やつの思惑どおりになったわけだ。


 あの日から私は、逃亡の日々を送っている。町から町へと逃げ回り、かろうじて命を繋いでいる。何故なら「勇者殺しの大悪人」として私の首には懸賞金が掛けられているのだから。どの村でも、どの町でも、わたしの似顔絵の描かれた壁紙を見ないことはない。いつ、どこで、誰が、私に襲い掛かってきても、おかしくない状況だ。


 ノブナガ様。私は、間違っていたのでしょうか?


 ノブナガ様。私は、これからどうしたらよいのでしょうか?


 ノブナガ様。私は、寂しい。


 日暮れ時、深い森に迷い込む。今夜はここで夜を明かそう。私は、草むらの陰に腰を下ろす。


 ――ん? ……痛い。


 ふと見ると、草むらにひそんでいた一人の農民が、竹槍で私の脇腹を刺していた。わ。槍が体を貫通している。痛い。やられた。どくどくと血が出ている。痛い。すごく痛い。どうしよう。このままでは死ぬ。どうしよう。きっとこの農民は私の首を切る。どうしよう。どうすればいい? 分からない。


 私は、流れ出る血を片手で押さえながら、前方の闇に向かってひざまずき、そこにいるはずのないあのお方にこう言った。



「ノブナガ様、ご命令を」



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

前世が織田信長だった勇者を追放したい Q輔 @73732021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画