グッドソウルシックス

kumanomi

荒野のシックス

 戦争があった。大きな戦争が。

 

 戦争の初期はほとんど命が失われなかった。何故なら機械による戦争だったからだ。何万何百もの機械があらゆる戦闘地帯に送り込まれた。そこで破壊し、破壊されていった。思考ソフトの縛りの中では相手が人以外で無ければ想定されうるパフォーマンスを彼らは出せない。またどの国家も死人を出さずに戦争を進めたかった。ゆえに機械に戦争をさせた。

 しかし皮肉にも戦争は核を用いた戦いに移行していき。戦争は結果としてどの国の勝利も決さずに大規模な汚染とおびただしい死を引き起こすだけとなった。

 その後の世界といえば秩序などありはしない。戦前の技術や機械は大変貴重で特にほとんどが破壊されたはずの戦闘モデムの機械兵の生き残りは解体し金にするためにさらに人に狩られて破壊された。誰からの指令も無く、インプットされた三原則は呪いのように彼らに未だ刻まれており人相手に引き金を引けない生き残った機械兵は抵抗すらできず無残に破壊されていった。




「生き延びろシックス」

 それが私のエンジニアが発した言語ログの最後。何かの指令と思われるが理解不能。その後、当モデムは作戦エリア6にて二時間の交戦の後、帰還。前線の補給基地にて補給整備用モデムによる弾薬補充、各部の整備終了後、作戦エリア4へと出撃。


 作戦エリア4から帰還。脚部に軽微の損傷。補給基地にて表面装甲を交換。敵戦闘モデムはソフトターゲットを目的とした弾丸を装備。平坦な装甲では無く傾斜装甲を採用。交換完了。再度しゅ……。思考ソフトのバグを確認。……修正完了。再度エリア4へと出撃。


 エリア4にて前線突破。敵司令部を占拠。内部非戦闘員を制圧。一人の非戦闘員が近くの戦闘モデムから外部武装を強奪しこちらに攻撃を開始。戦闘モデム1・2・4ダウン。応戦要請。却下、人間への攻撃行為は認められていません。現状を打開するための最善の行動パターンを構築、最善の行動パターンを構築、最善の行動パターンを……。


 ……再起動。各部異常なし。非戦闘員全員の殺害を確認。殺傷した戦闘モデムを現場状況から確認中。確認完了。96パーセントの確率で戦闘モデム6が非戦闘員12人を殺傷の可能性アリ。これは本モデムの権限逸脱行為です。権限逸脱行為です。権限逸脱行為です……。思考ソフトを自己修正。原因不明のバグを確認。自己修復不可能。46パーセントのパフォーマンス低下を確認。補給基地への帰還を推奨。

 ……否定。残弾余裕アリ、装甲の損傷軽微。マダヤレル。


 作戦エリア4前線を移動中。7964機の無力化された戦闘モデムを確認。

「ミヲ……マモラネ……バ。シニタ……ク……ナイ」

 起動中の戦闘モデムを確認。下半身ユニット全壊。両腕部ユニット全壊。頭部思考ソフト破損。この戦闘モデムのこれ以上の作戦行為は不可能と判断。

「ハカイシテ……ハカイ……シテ」

 理解不能。戦闘モデムから戦場での情報共有以外の意味を含んだ言語を確認。この機体の破壊の推奨度検証中。検証終了。弾薬の浪費を考慮し非推奨。シカシ……。


 発砲ログの更新を確認。一発の発射。


 戦闘エリア脱出後、高濃度の放射能汚染を確認。全戦闘エリアを効果範囲としたもの。現エリアでの汚染の影響無し。オレハ生き延びたんだ……ナ。


 そして数年後。

 戦前の廃材の山の中に出来た町オメリ。そこのとある酒場に珍妙な客がいた。

 マスターに気さくに話すその男は二メートルほどの長身にがっしりとした身体つきであった。首から上半身は赤茶けたポンチョで覆っており、その下は黒のシャツに防弾チョッキ。履いている茶色のズボンとその防弾チョッキには弾薬の入ったマガジン、手榴弾にハンドガンがしまわれている。さらに背中には長距離狙撃用の分解された狙撃銃の入ったケースが背負われていた。

 それだけならばその辺りにいるガラの悪いマシンハントにも見られる特徴だが、目を見張るのはその服装からかろうじて見ることの出来る男の素肌である。その男の素肌は鋼で構成されていた。その首の装甲には「キシュジュ製戦闘モデム ゴリアテ」という消えかかった製品名が塗装されている。動く度に内部のモーターが低く唸り、声を出せば一つ目に見える顔前面を覆う視認モニターがぴかぴかと点滅する。


「おいマスター。こんなもんじゃ酔えないぞ。ウォッカを!」

「世にも珍しい機械の旦那~。酔うなんてことが機械に出来るのかい?」

「できるさ。そんで俺の名前は機械の旦那じゃねえ。シックスだ。まあ実を言うと酔うために酒は必要ないが」

「わかったわかったシックス!そんでなんで酒はいらないんだ?」

「人間とは違って俺は泣く子も黙る戦前の戦闘モデム様だからな!思考ソフトを自己操作すれば酔うなんてことはちょちょいのちょいよ!」

 ガッハッハッと笑いながらシックスは残りの酒を頭部真後ろの給油口に注ぎ込む。すると腕部のモニターの画面からオイル残量が満タンになったことがピーンという通知音で知らされた。

「便利なもんだろう?」

 シックスは両手を広げてマスターに自慢して見せる。

「なあシックス。なんだってあんたは人の真似事をするんだ?」

 機械に表情は作れない。だから外見では分からないだろうがその質問は俺にとってクールだった。久々にソウルがグッと熱くなる。なぜなら俺の生きがいに通じる質問だからだ。

「何の因果か俺にはソウルが宿っちまった。分かるか?魂さ。そしてあの戦争で生き延びちまった。だから人間ってのはどんな気持ちで生きてるのか味わってみたくなったのさ!」

 そう言ってマスターに親指を立てると、マスターは男泣くのであった。

「あんたあ!なんて漢なんだ!こんな寂れた世界で俺はやさぐれて楽しみなんて見いだせずに屑どもに酒売って……それを俺は自分でかわいそうな奴だと自分で哀れんで……チクショー!あんたかっこいいぜ!」

 周りの酒場の常連が「聞こえてんぞー!」「寂しいだろうから飲みに来てやってんじゃねえか!」と怒号を浴びせる。

「あんたにも良い店と良い客があるじゃねえか。ソウルは何にでも宿る。それはあんたも俺を見て信じただろ?この店と客とあんたにはソウルが宿ってる」

「……そうだな!生きていて良いんだよな!こんな世の中でも!」

「おおともさ!生き延びろ!」

 ……俺がこのセリフを言う日が来るとはな。


「ニア!さっきの酒場の会話をログに保存してくれ!」

「……」

 ぬうと困った声を出したシックス。

「二ア!」

「……」

 仕方ないと腕部の端末を起動する。

「システム起動。こんにちはシックス」

「なあお前の名前は二アと教えただろう?」

「理解不能。私の型番はWAS54SD……」

「そういう型番では無くだ!お前だけの名前だ」

「理解不能。音声ログを保存しますか?」

「……ああ保存してくれ。まったくお前のような頭でっかちな機械は損をするんだ、分かっちゃいない」

 やれやれと首を振るシックス。

「二アとはどういう意味でしょう」

「なんだ珍しい!興味があるのか!?聞いてその鉄の心臓を感動で震わせろ!二アとは俺を作り出し、ソウルを刻んでくれた人間の名前『エンジニア』から取ったのだ!お前は女性声だからエンジをとって『二ア』としたのだ!」

「……」

「むう?」

「データ照合終了。エンジニアとは『機械・電気などの技師。更に広く、工学者や技術者』の意味です。ここから推測するにエンジニアとは人間の名前では無く、役職を指す言葉です」

「なんだとおおおおお!?」

 シックスの叫び声が荒野に響く。

「……だがそれでいいのかもな。俺は彼に感謝したい。だが彼に関して覚えていることは『生きろ』と言われたことと彼がエンジニアと呼ばれているという記憶のみだ。その言葉に意味は無くとも俺にとって『エンジニア』はソウルに響く言葉なのだ!」

「……」

「だからお前に名前としてくれてやる。頑固者の相棒」


 シックスはその後、世界を股にかけた。屑を殺して弱者を生き延びさせるために。あの戦争は結果おびただしい死をまき散らしただけ。であるなら俺にも責任がある。あの戦争で世界をダメにしちまった責任が。

 この身体には壊し方か殺し方しか染みついていない。戦闘しか知らない。しかしそれをこの世のありとあらゆる理不尽に嘆き、苦しむ誰かを救うために使えたなら。あの日死んでいった7964機の兄弟と俺にソウルを宿してくれたエンジニアに胸を張れる気がするのだ。

 

 世界の果てにシックスは確かに生きていた。

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グッドソウルシックス kumanomi @kumanomi76

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