社会人シリーズ
主任の秘密
「主任、すみません。どうしても、ここの数字が合わないです」
松野綾香は今にも泣きだしそうな声で、笹野主任に助けを求めた。
「どれどれ」
「ここの数字です」
笹野主任は隣の席から身を乗り出し、前髪を耳にかけながら画面をのぞき込んだ。その仕草が妙に色っぽい。
「合わない数字が9で割り切れるから、どれかの伝票を一桁多く入力してると思うよ。たぶん、これかな?交際費で3桁の訳がないから、もう一度伝票見直してもらってもいい?」
主任に言われ交際費の伝票がファイリングされてあるファイルをめくる。8時を過ぎていることもあり、オフィスは私たち二人がいるだけで他の社員はみんな帰宅している。
そんな静かなオフィスの中を伝票をめくる音と、主任のキーボードをたたく音だけが響いている。
「主任ありました。やっぱり8000円のところを800円で入力していました」
「そう、良かったね。修正おねがい」
「わかりました」
修正を入力して、再計算ボタンをクリックした。
「合いました。主任の分、何かお手伝いしましょうか?」
「お疲れ。こっちも、もうすぐで終わるから、先に帰っていいよ」
先に帰っていいと言われても、気が引けた。もうすぐ終わるというなら、待つことにした。
パソコンの電源を落とし、主任の作業が終わるのを見守ることにした。
右隣に座っている主任から、ほのかにいい匂いを香ってくる。
「主任っていい匂いしますよね」
「あっ、ごめん、匂いきつかった?」
「いや、いい匂いなんで気にならないです。いつも、主任っていい匂いするなって思ってたんですよ」
「香り付きの柔軟剤使ってるからね。きつい時やつらい時でも、いい匂い嗅ぐとテンション上がるでしょ」
「主任って、女子力高いですよね。振る舞いも上品だし、毎日スカートだし」
そう、主任は毎日スカートだ。寒い日でも必ずスカートかワンピースだ。
入社して2年になるが、一度も主任のパンツスタイルは見たことがない。
主任はコーデのセンスが抜群だ。仕事着ということでカジュアルではなくフォーマルな感じにしているが、レースやフリルなどどこかしらフェミニンな要素も取り入れていて女の子らしい。
「ようやくスカート履けるようになったからね」
「うん?どういう意味ですか?」
「いや、ほら、私って、松野さんが入社する前は太っていて、スカート似合わなかったの。ダイエットしてから、似合うようになったのが嬉しくて、毎日スカートにしてるの」
主任は説明してくれたが、どこか動揺していたし何か隠しているように早口になった。
「主任が太ってたなんて信じられないです。こんなにスタイル良いのに」
「まあ、昔よ。昔。5年ぐらい前にこのままだとダメだって、一念発起してダイエットしたの。ほら、私も終わったから、帰ろ」
主任があわただしく帰り支度を始めたので、私も帰り支度を始めた。
消灯して施錠した後セキュリティシステムを起動させて会社を出たところで、スマホを取り出し時間を見ると9時近くになっていた。
「お腹すいたね。松野さん、一緒に夕ご飯どう?このまま家に帰ってコンビニ弁当も寂しいしね」
「はい、ぜひ」
ちょうど私も同じことを思っていたところだった。せっかくの金曜の夜、一人で夕ご飯を食べるのは寂しすぎる。
お腹もすいていたのでお店を探す余裕もなく、駅前のファミレスに入ることにした。
「松野さん、お酒飲めたよね?」
「はい、むしろ好きな方ですけど」
「よかった、じゃ、ビール飲むの付き合って。一人だけ飲むのも悪い気がしてたの」
主任はタッチパネルを操作して、ビール2杯とフライドポテトを入力した。
「乾杯!お疲れさま」
主任が注文したミックスグリルセットと私が注文したハンバーグセットはまだ届いていないが、ビールとフライドポテトが届いたところで乾杯した。
「いや~、やっぱり決算月は忙しいよね。それなのに課長は、飲みに行っちゃうし」
「課長も今週はずっと残業続きだったから、息抜きしたかったんじゃないですか?」
「残業続きなのは私たちも一緒だけど、まあ、課長だと残業代付かないから可哀そうだから仕方ないか」
アルコールが入ったことでいつもより主任は饒舌だ。
クールビューティーな主任が、アルコールで頬がほんのりピンク色に染まってきたのをかわいく感じる。
今日の主任は薄紫のフリルブラウスに、紺色のレーススカートと同色コーデだ。適当にボーダーのトップスに黒のパンツを合わせている私とは対照的で、忙しい日々でも気を抜くことがない。
「主任って、彼氏いないですか?」
「いないわよ」
こんな美人できれいな主任に彼氏がいないのが不思議だった。
「主任だったら、すぐに彼氏できそうですけど」
「あまり男性から誘い受けることもないし、自分から彼氏ほしいって思ったことなくて。今の生活が気に入っているから、このリズムを邪魔されたくないっていうか。」
主任ほど美人だったら、男の側も声がかけにくいのかも知れない。それでも、彼氏がいないのは不自然な気もする。ひょっとしてという、期待がふくらむ。
「ごちそうさまでした。奢ってもらって、すみません」
「いいのよ。誘ったの私だし」
主任と駅までの道を並んで歩く。主任の横顔がきれいだ。お酒が入ったことで私の理性が抑えらず、もう、我慢できない。
「主任、奢ってもらったお礼にコーヒーどうですか?私の家、この近くだし、寄っていきませんか?」
主任のことがずっと好きだった。今まで同姓を好きになったことがなかったのに、主任だけは違った。
主任とどうにかなりたい訳ではないが、もう少し主任と一緒にいたかった。
「いいよ。ちょうど、私もそう思ってたところ」
主任が笑顔で応じてくれた。
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