天使の無茶振り

不手地 哲郎

前編

 空中を浮遊している人間を見たことがあるだろうか。少なくとも糸井いとい楓太ふうたとして一七年生きてきて、一度も見たことはなかった。テレビなどの手品で、浮いているように見える、というものがせいぜいだった。だが、高校から帰ってきて自室の扉を開けたら、今まさに、宙に浮かんでいる人間がいる。 

「おめでとう糸井君! 光栄に思いなさい、君は選ばれたの!」

「え、選ばれた? 何にだ?」

 視線が合うなり、要領を得ない宣告をされ、オウムのように言葉尻を繰り返すのが精一杯だった。

「そりゃ私によ!」

 求めていた疑問が晴れるような回答ではなかった。

 困惑しながらも、知り合いかと、頭の中で顔を照らし合わせるが、見覚えがない。空き巣などであったらすぐにでも、警察に駆け込むべきなのだろうが、家人に見つかっても堂々としているからには、そのような類でもなさそうだ。

 言葉に詰まっていると、無言なことに業を煮やしたのか、

「何よ、不満でもあるの?」

 と、なぜか詰め寄られる。不満も何も、何一つ理解できていないのだからあるはずがない。それでも何か言わなければならないと、やっとの思いで上擦った声を出す。

「あーっと。だ、誰なんだ?」

 向こうはこちらをを知っているようだったが、こちらは勝手に部屋に入り込むような人物に、全く心当たりがない。初めに、誰かだけでも知りたかった。

「見てわからない? 天使よ、天使」

「天使?」

 思い浮かぶのは美術の教科書なんかで載っているような、絵画の登場人物。赤ん坊のような大きさで、背中から羽が生えていて、頭に輪っか。

 それらの特徴と目の前の人物を比べてみる。同世代くらいの女の子で小人ではないし、羽も頭に輪っかも見当たらない。フワフワと浮かんでいることを除けば、袖の無い白のローブを着た、至って普通の人間に見えた。

「その疑いの眼差しは何?」

 こちらの考えを見透かしたように指摘される。

「いやー、天使にはとても見えないかな、と」

「まったく、しょうがないわねー。本来なら必要もないんだけど、あんたに分かり易いようにしてあげるわ」

 天使(?)は手を胸の前で組むと、背中に腕の長さと同程度の白い羽が現れた。

「どう? これで信じる気になったかしら?」

 にわかには信じられないが、確かに想像していたような真っ白な天使のような羽が現れた。

 非現実的なことが立て続けに起こり、何がなんやらだ。いや、これは夢に違いない。宙に種も仕掛けもなく浮ける人間はいるはずがないし、羽も唐突には生えない。なら、夢であれば何をしてもいいはずだ。

 助走をつけられるほど部屋は大きくないので、一歩目に渾身の力を込める。前に進むのと同時に背を後ろに倒し、片足を前に出して、スライディングの体勢になる。滑った先には天使と名乗った人物の足元。そして上を見上げる。

「何してんのよ!」

 顔が足によって踏まれ、視界が覆われる。後頭部が床に押し付けられる感覚。この足で踏まれている感覚は夢でもなんでもない、現実だと自覚するには十分だった。それと、見えなかった。

 

「今のはなんだったの? あんた」

「いや、夢の中かと思ってな」

 部屋の主が、なぜか正座をする羽目になっている。

 何が何やらわからず、頭がパンクした結果、なにかしら行動で発散したかった。他意はない。多分、ない。

「それよりも選ばれたというのは、どういう意味なんだ?」

「分かってなかったの? それじゃ、一から説明してあげるから、ありがたーく聞きなさい?」

 少し鼻につく話し方ではあったが、ようやく説明を受けられることに安堵する。

「あんたには二日間、無意味な行動をしてもらいたいの」

「無意味な行動?」

「そ。無駄、無意義とも言い換えられるわね」

 待ち望んでいた説明だというのに、早速、理解ができない。ここは率直な感想をぶつけることにする。

「なんで、そんなことをする必要があるんだ?」

「私のためよ」

 よりにもよって、この天使を名乗る変質者のためにしなければならないらしい。

 天使は話を続ける。

「天界は基本暇でね。よく他の天使達と色んな暇つぶしやってんのよ」

「ほぉ、それで?」

「今回の暇つぶしは、人間を使おうってなってね、私はあんたを選んだの」

「人間を使う?それと無意味な行動が関係あるのか?」

「大有りよ。天使達が選んだ人間が、無意味な行動をするたびにポイントになるから、それで競うの」

「行動をポイントに?」

「これを見なさい」

 天使は手にもったストップウォッチのようなものを見せつけてくる。画面には五千、と数値が出ている。

「勝手にあんたの今日の行動を測定させてもらったわ。普通の人間が十くらいだから、あんた普段から五百倍くらい無意味なことをしていることになるわね」

「ごひゃ、五百倍も⁉」

 なにやら勝手に測定されていたことよりも、別の事実に驚いてしまう。普通に生活していただけで、人の何百倍も無意味ことをしてしまっているらしい。

「だからあんたに決めたのよ。さあ、私の為に参加しなさい!」

「事情は分かったが、こっちは参加する意味がないしなぁ。天使だかなんだか知らないが、そっちの都合に巻き込まれるのは少しな」

「あら、いいの?これはあんたにも得がある話なのよ?」

「一体、どこに得があるんだ?」

 今の話を聞く限りでは、ただ天使とやらの都合の話だった。おまけにただの暇つぶし。

「褒美でね、一位になった人間の願いをなんでも叶えてくれるの」

「な、なんでもか?」

「なんでもよ」

 これまた嘘のような話が飛び出してくる。

「私たちの上、要は神様ね。神様も天使の暇つぶしを見物してたりするんだけど、今回、優勝賞品あるほうが人間は必死になるだろうからってことで、賞品として願いを叶えてくれるの」

 怪しいといえば怪しいが、本当ならおいしい話なのは間違いない。非現実的ではあるが、そもそも目の前の天使自体が非現実的なのだから、そんなこともあるかと納得してしまう。

 無意味なことをすると、意味のあることになる、というのも変な話だが、乗ってみる価値はありそうだ。

「よし、参加させてもらおう!」

「あら、乗り気になったわね。やっぱり賞品目当て?」

「あー、そんなとこだ」

「現金なやつね。ま、私的にはやってくれれば、どうでもいいんだけど」

「それで、具体的にはどうすればいいんだ?」

 参加の同意はした。しかし、詳しいルールはまだ教えてもらっていなかった。

「簡単な話よ。二日間、選んだ人間が無意味な行動をするたび、この無意味ポイントが加算されていくの。無意味であればあるほど大きく加算されるわ。そして最後に一番稼いだ人間が優勝なわけね」

 先ほど見せられたストップウォッチ状のものを指差す天使。確かにルールは至って簡素である。

「ほうほう。それで、いつから始まるんだ?」

「明日」

「明日ぁ⁉」

 思ったよりも急な話だった。

「まあ、あんたほどの普段から無意味な行動している人間なら、特別なことしなくても優勝狙えるはずよ」

 褒められているような、けなされているような、微妙に反応に困る。しかし、その通りかもしれない。なんたって普通に人に比べれば五百倍、五百倍もあるのだから。

「そういうわけで、明日から頼むわね!」

 こうして、天使達の暇つぶしに巻き込まれることになったのだった。




「起きなさーい!」

 ベットで寝ている時に、真横からの大声で起こされた。頭まで被っていた布団をずらすと、点けていた照明の明かりで少し目が眩む。薄目で窓の外を確認すると真っ暗である。

「なんだー?」

 深夜に起こされたのを理解して、出来る限り不機嫌そうな声を出す。深夜に起こされて機嫌がいい人がいるとは思えないが。

「日付が変わって始まったのに、なんで呑気寝てるのよ!」

「特別なことしなくても優勝狙える、っていってたのはお前じゃないか」

「だからって何もしないのは怠慢よ! 早く起きて、行動しなさい!」

 早くも後悔の念が湧いてくる。零時から開始とは聞いていたが、わざわざ起こされるとは思ってもみなかった。

「天使様には分からんかもしれんが、人間には睡眠が必要なんだ。だから、今は寝かせてくれ」

「私は監督よ。あんたは私に従う義務があるの」

「監督ぅ?」

 こんな監督がいる部活なら部員はすぐに逃げ出す。それどころか批難活動まで発展しかねない。それにしても、説得しなければ寝れそうにないみたいだ。

「安心してくれ。いくつか考えはある。そのために早く寝ないといけないんだ」

「本当でしょうね?」

 ずいっと顔を詰め寄せてくる。近くで見ても顔立ちは整っているだけに、性格が憎たらしいのが残念で仕方ない。

「ほんとほんと。ってわけで寝ていいか?」

「分かったわ。信じるわよ」

 まさか、日を越えた瞬間から急かされるとは思っていなかった。せっかくなので再び寝付く前に、携帯でソシャゲを起動する。

「よしよし、今の口論でも加算されてるわね」

 どうにも謀られていたらしい。元から折れるつもりで、無意味な説得をさせられたわけだ。




 白み始めたばかりの空模様。朝が早いためか、閑散としている住宅街を歩いていた。普段は自転車だから、ゆっくり通学路を過ぎるのが新鮮だ。

「しかし、本当に学校にまで着いてくるのか?」

 途中で、横で浮きながら着いてきている天使に尋ねる。

「近くでしっかり無意味なことをしているか、見張ってないといけないとだからね」

「夜中は信じるって言ってたのにか」

「それはそれ、今は今」

 選んだ、といっていた割には信頼されていない。もっとも昨日会ったばかりで、互いに相手のことは深く知らないのだから、信頼してなくても当然かもしれない。

「ところで、本当に見えてないんだよな?」

 家を出る際に聞いた話が半信半疑だったので、念のため再確認する。

「しつこいわね。言ったでしょ、あんた以外からは見えないし、声も聞こえてないわ」

「便利なもんだな、天使ってのは」

 朝早い時間ではあるが、既に何人かの人とすれ違っている。にも関わらず、驚かれてはいないので、本当に他の人からは見えてはいないのだろう。空中に浮いている人間を見て、ノーリアクションでいられるはずはない。昨日の実体験だから、間違いないはずだ。

「そういえば、羽出しっぱなしなんだな。必要ないとか言ってなかったか?」

「ん、まあ、天使って紹介した手前ね。ちょっと気にいったし。変?」

「そうなのか。別にいいと思うぞ」

 別に評論家というわけではないが、美しい羽だと思う。真っ白で、ふんわりとした優しい印象を受ける。触り心地も気になるくらいだ。

 会話をしているとようやく学校に着いた。ポイントを稼ぐためとはいえ、徒歩では自転車の数倍、通学時間がかかるのは少し辛いものがある。

「で、これがあんたの言ってた考えってわけ?」

「いい考えだろう?」

 誰もいない教室に一番乗り。自分の席に着席すると、腕を枕代わりにして、頭を机の上に突っ伏す。

「んじゃ、おやすみ」

「本当にまた寝るのね」

「当然。そのための早起きだったんだからな」

 自転車があるにも関わらず、徒歩で通学。さらにわざわざ早起きまでして、学校で悪い姿勢で寝直す。我ながら無意味すぎる行動だと思う。




「おーい、起きろー」

 呼ばれる声に反応して、目が覚める。一日に二度も人の声で起こされることになるとは珍しい日だ。顔を上げれば、親友の堀井ほりいがいた。

「なんだ、お前か」

「なんだとは、なんだ。お前が珍しく、こんな時間から教室にいるから声かけてやったってのに」

 堀井から視線を外して、教室に飾られている時計を見れば、始業時間までは三十分ほどあった。いつもは始業開始五分前に滑り込んでいるので、疑問を持たれるのも当然かもしれない。

「まあ、早起きしちまってな」

「で、結局、教室で寝てたわけか。早起きの意味ないな、そりゃ」

 軽く笑いながら、茶化してくる。その意味がないことをするため、とはさすがに親友であっても口に出せない。そこの天使が見えていなければ、説明しても狂人を扱うような目で見られるだけだろう。

「全く以てその通りなんだが、わざわざそれを言うためだけに、起こしたんじゃないだろうな?」

「いや、その通りだ。珍しかったからつい、な」

「お前なぁ」

 会話をしたせいで、完全に目は覚めてしまった。周りにも登校した人が会話し初めていたので、遅かれ早かれ起きることになっていたとは思うが。

「ああ、そうだ。丁度、聞きたいことがあるんだが」

「宿題なら見せねーぞ。前、問題になったろ?」

 ひと月前、クラス内で宿題の答えを携帯でやり取りしていたのが先生に気付かれ、問題になった。間違いがあると一様に大多数が同じ問題で間違えることになるので、気付かれるのも当たり前ではある。

「そうじゃないから安心してくれ」

「じゃ、なんだ?」

「お前さ、無意味な行動ってなんか思いつくか?」

「無意味な行動か?」

 昨日の説明を受けた時の自分と同じく、素っ頓狂な声を出す。

 自分でもいくつか思いついてはいたが、周りの意見も聞いておきたかった。手札は大いに越したことはない。

「そうだなぁ。やっぱあれだな、パチ屋でだな」

「お前、まだパチンコ屋行けてるのか」

「おう、バリバリ稼働中だぞ」

 堀井はパチンコ屋に行くことを稼働する、なんて言い方をしている。そっちのほうが通っぽいと言う理由らしい。当然、高校生は未成年なのだから立ち入り禁止のはずなのだが、通い詰めている。

「よくバレないもんだな」

「案外、制服じゃなきゃバレないもんよ。お前もそろそろ来てみるか?」

「あー、何度も言ってるがパスしとく」

 さすがにこんなことで法を犯すつもりはない。未成年だとバレて、親に連絡がいくのはさすがに遠慮したいところだ。

「そっか。で、なんだっけか」

「無意味だと思う行動を教えてもらいたかったんだが、その様子じゃパチンコ屋に入らないといけないんだろ?それじゃ、もういいかな」

「そうか?目の前でやってもらえれば、俺は嬉しいんだがな」

 どうにも損得が絡む話のようだった。

「友達に損をさせようとするなよ、まったく。パチンコ屋行き過ぎて、別れちまえ」

「おいおい、男の嫉妬は見苦しいぞ。それに今となってはパチ屋に行くのも彼女のため、さ」

 これまたひと月前に堀井には彼女ができた。まったく、羨ましい限りだ。

「ま、お前にもいずれできるさ。なんなら、もう身近にいたりしてな」

「なら、いいんだけどな」

 諦めたような声音で同調する。残念ながら身近にいるのは、そこで宙に浮いている、人を顎で使うことしか考えていない性悪自称天使様くらいだった。

 校舎内に放送でチャイムが鳴り響く。

「そろそろHRみたいだぞ。自分の席に戻ったらどうだ?」

「おっ、そうだな。じゃまた休み時間に」

 追い払うように席に着くように催促すると、堀井は素直に席に戻っていった。


 朝のHRが終わると一時限目の授業が始まる。

 教科担当の先生が何やら雑学を交えながら、黒板に書き込んでいく。

「ねえねえ」

 さっきまで宙を漂っていただけの天使が話しかけてきた。さすがに人が多い状況で会話するわけにはいかない。ノートの端に返答を書く。

『どうした?』

「こんなことしてないで、学校サボって無意味なことしてくれない?」

 今更ながらのサボりの提案であった。しかし、

『勉強、学生の本分。サボれない』

「あんたねぇ、優勝する気はないの?」

『それはそれ、学生は学生』

 意趣返しで朝の発言を返してやる。

「知らないわよ?優勝逃しても」

 優勝賞品は魅力的ではあるが、授業も大事だ。それに、そろそろ黒板に書かれた内容をノートに書き写さなければ、消されてしまう。そうそう見返すことのないノートに黒板の内容を書き写していく。

「あら、ポイント増え始めた」

 計測機器を見ていた天使が呟いた。

『なんでだ?』

「私に聞かれても困るわよ。確かなのは、無意味ポイントが増えてるってことだけね」

 天使も詳しいことは分からないらしい。どの行動で稼げているのかは分からないが、ポイントが増えているのは嬉しいことである。

 そろそろ、返答に使っていた文字が余白を圧迫してきたので、消しゴムで書いた文字を消していく。必然的に出てくる消しカス。筆箱の中から、練り消しを取り出す。練り消しをノートの上で転がして、消しカスを巻き込んでいく。

「お、さらに増えた」

 天使の様子ではしっかりとポイントが増えているようだった。使い道のない、最近作り始めた練り消しがこんなところで役に立つとは。




 そんなことをしていると午前の授業が全て終わり、昼休みになった。

「楓太ー、飯食おうぜー」

「悪い、今日は一人で食わせてくれ」

 いつも堀井と食べているのだが、今日ばかりは断った。これから行う行動を考えれば、人目はないところに行きたい。

 教室から出て、目星をつけていた屋上に出る。普段は立ち入り禁止なので閉鎖されているのだが、最近、施錠を忘れたのか、密かに解放されていた。普段閉鎖されているだけあって、誰も来ることはない。好都合な空間だった。

「計測機を見ててくれるか?」

「うんうん、熱心で感心するわ。で、何するの?」

「ちょっと待ってくれ」

 立ち入り禁止の場所なので誰かに目撃されないよう、下から見えない位置に座り込む。そして、買ってきていた菓子パンの一つを袋から取り出して、指で手頃な大きさに千切る。

「これを、こうだ!」

 口を空に向けて大きく開けると、千切ったパンを上に軽く投げる。山なりの軌道を描きながら、口の中に収まった。

「うわぁ、下品な食べ方」

「これもポイント、ひいては優勝のためだ」

「うん、まあ、ポイントは増えてはいるんだけどね」

 こんな食べ方をするのはポップコーンくらいだとは我ながらに思う。しかし、下品との評価を受けようと、全ては優勝のため。

 次々と千切っては山なりに口に入れていく。毎回、口に収めるためにあらぬ方向に飛ばさないよう、適度な力を指に込めるのは、なかなかに緊張感がある。

 口の中が乾いてきたので、水分補給のためにお茶のペットボトルの蓋を外す。

「ねえねえ、良いこと思いついたんだけど、鼻から飲まない?」

「ぶほ!」

 予想外の提案に飲んでいたお茶を噴き出してしまう。

「汚っ!」

「お前が突拍子もなく、変なこというからだろ⁉」

 鼻と口は奥でつながっているのは中学だったかの教科書で知ってはいたが、いくらなんでも、そんな飲み方までする気はない。そんなことしたら、鼻がツーンとなってしまう。

 そんな提案をされながらも、パンは一回も落とさずに無事に完食できた。

「どうだ、そこそこポイント溜まったんじゃないか?」

 午前中からいつにも増して、無意味なことばかりしているので、自信がある。

「そうね、昨日のあんたと比べると倍はあるわね」

 確か、五千ほどと言っていたはずなので、一万は超えているということか。午前中だけで普段の倍なら順調なぺースだろうか?

「そりゃよかった。で、優勝できそうなのか?」

「初日の終わりにある中間発表待ちね。それまでは分からないわ」

 天使にも現在の順位は分からないらしい。そうであれば、思いついたのをできる限りやっておくしかないだろう。




 昼休みが終わり、クラス全体が気だるそうな雰囲気の中、再び授業が始まる。

「相も変わらず、ノート書いてるだけで無駄ポイント溜まるのね。なんでかしら?」

『聞かれても知らん』と書こうとしたところ、黒い線は引かれず、ノートに筆圧だけが残ってしまった。シャーペンの先端を見ると、芯が出ていない。何度かノックするが一向に出てこない。中の芯がなくなったようだ。

 補充しようと、筆箱から替えの芯の箱を取り出したところで、ここでも無意味ポイントを稼ぐアイディアが閃く。

 あえて、芯を入れるのに邪魔なキャップと円柱状の消しゴムを、外さずに補充することにした。ノック部を押しっぱなしにして、普段出ることしかしない先端部から芯を入れていく。途中で折れないようにゆっくりと、慎重に入れていく。無事に奥まで入れることに成功した。

 早速、ノートに文字を書く。そして、天使にノートを見て欲しいと、トントンとノートをペンで叩いて伝える。

「どうかしたの?」

『出るところに入れるって、エロいと思わないか?』

「何言ってんのよ、あんた」




 校舎にチャイムが鳴り響き、今日の授業が全て終わったことを告げる。ようやく、放課後になったのだ。

「楓太ー、遊びに行こうぜー」

「あー悪い、今日はすぐ帰りたいんだ」

 今日は誘われても、断って帰ることに決めていた。

「なんか今日ノリ悪いな、お前」

「まあ、色々あってな。明日までこんな感じでな。すまん、すまん」

「いいんだけどさ。そんな時もあるよな」

 鞄を掴んで、早々と教室から出ていく。もちろん、誘いを断ったのは無意味なことをするためだ。

「ようやく自由になったわね。もちろん、無意味な行動してくれるのよね?」

「家に帰ってからだな」

 まだ腹案はある。家に帰れなければできないことではあるが。

 朝と同じく、ポイントの為に徒歩で普段の何倍かほどの時間をかけて帰る。帰宅すると、すぐさま寝間着に着替えてベットの上で横になる。

「ちょっと、優勝する気ないの⁉」

 布団を被ったあたりで、天使に聞かれる。

「大丈夫だ。寝れば、ポイントが加算されるはずなんだ」

「どこがよ。ただ寝ようとしてるだけじゃない」

「まあ、聞いてくれ。こんな言葉を聞いたことはないか?青春は貴重な時間である、的な」

「自信の割には、あやふやね」

「細かい部分は忘れたが、そんな感じの言葉があるくらい学生時代ってのは貴重なんだ」

「ふーん。それで?」

「その貴重な時間を費やして、眠くもないのに寝ることにしたんだ」

「なるほど、そういうことだったのね。だったら早く寝なさい。ポイントが加算されなかったら、叩き起こすけど」

「それは勘弁してくれ」

  日に三度も人に起こされたくはない。自分の気の済むまでゆっくりと眠りたいのだ。寝ることは許可されているので、寝ることに変わりわないが。

 天使に説明を終えて、目を閉じる。しかし、なんだろうか。寝るところを枕元に立たれながら見られるのは不思議な気分だ。


「ぜんぜん寝ないじゃないの!」

「全然、眠くないからな!」

 かれこれ、何度も寝返りを打ちながら、なんとか寝ようとして二時間ほど経った。寝ようとして寝られたら、人間苦労しないものだ。

「こんなんじゃ無駄ポイントが増え……てる?」

「えっ?」

 メーターに目をやった天使が驚いていた。まだ、予定通りに寝つけていないので、ポイントは増えないはずだ。

「ああ、そうか! 寝ようとして寝付けないのも、無意味な時間なわけか!」

 結局、普段通りに夕食を食べて、風呂に入ってから眠ることができた。

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