第4話 記憶の邂逅① ひとりぼっちの皇帝竜

「いったいどうしたんじゃ?」


タニアが右手にハーディの首根っこをひっつかんでぶらぶらさせながら部屋から出てきた。

ハーディはとにもかくにもお腹が満足したのか、全身脱力でダラーンとしていた。


「ホントに勇者様なのかねぇ、コレ」


いきなり不遜なことを言うタニアに仰天したトーリ。


「な、何をいきなり言っとるんじゃ? だいたい赤ん坊を買い物袋でもぶら下げるように持っておるのは一体どういうことじゃ?」


あまりの状態にトーリはタニアから部屋の中での出来事を説明してもらう。



・・・・・・・・・



「フォッフォッフォッ。さすがは勇者様。健啖家であらせられる」


「そーいう問題かい!?」


完全に予言の勇者だと信じて疑わないトーリに、タニアはため息をつくのだった。






(・・・さて、エネルギーもチャージできたことだし、これからのことでも考えようか・・・)


ハーディは枯渇しそうだったエネルギーが充填できたことにより飢餓感が解消されていた。

最も人間の赤子に転生したわけなので、ただ単に腹が膨れて空腹感が満たされただけのことであるが。



(・・・それにしても先ほどの液体、恐ろしいほどのエネルギーであったわ。我の枯渇したエネルギーを一気に満たしおった・・・)


この村の人たちは知らないことであるが、ニーナの母乳は特殊な事情によりとても貴重なものであった。さる事情から『聖女の乳母』として特殊な神聖魔法での儀式を受けた母乳であったため、そのエネルギーたるやとんでもないものであるのだが、ハーディは知る由もない。


(・・・それにしても、何故・・・我はこのようなことになった・・・?)


ハーディはお腹いっぱいになり、眠くなりそうな脳に活を入れ、記憶を探ってゆく・・・





・・・・・・





「んんっ!?」


皇帝竜カイザードラゴンハーデスはまどろみから目覚めて、視線を上に向けた。


そこにはデモンズ・アイが報告に訪れていた。


ちなみにデモンズ・アイというのは魔物の一種で、目玉から触手が何本も生えたような形状をしている。普段は迷宮及び竜王の居城至る所に潜んでいる。主な役目は伝令と防犯カメラの代わりである。


「竜王ハーデス様。勇者一行のパーティと思われる一団がこの城に入りました。」


「なに?」


迷宮はともかく、この居城に侵入者など100年ぶりくらいではないか?

ハーデスは頭をもたげると、デモンス・アイに向かい合った。


ちなみにハーデスはその種族が唯一無二の皇帝竜カイザードラゴンであるが、世間での呼び名は二つ名の「竜王」をつけて竜王ハーデスと呼ばれていた。


「すでに死神の騎士アルフレッド・トーラス様が部隊を率いて迎撃に向かいました」


「む?まて、なぜアルが直接迎撃に出る?アルは我が軍団をまとめる軍事最高責任者だぞ。他の部隊長にでも迎撃させればよかろう?」


ハーデスの疑問にデモンズ・アイは淡々と答える。


「アルフレッド・トーラス様よりの伝言です。現在六軍を率いる軍団長がそれぞれ部隊を率いて出陣しております。竜王城より西、デイルの村で精霊爆発と思しき現象が発生、事態収拾のため軍を率いて遠征中です。東のトランス村奥の墓地でも大量のアンデッドが発生、しかも制御を受け付けないとのことで死霊軍が軍を率いて遠征しております。」


「トラブルが続いておるのか?」


ハーデスの問いにデモンス・アイはさらに続ける。


「はい。デイルの村のさらに北では魔獣の大量発生もあり、魔獣軍が遠征しております。

勇者一行とともに人間の国から討伐軍も出ており、迷宮にて軍が迎撃に出ております。

勇者一行はその間隙を縫って居城まで進軍したと思われます。こちらがその時の映像です」


そう言うと悪魔の目玉に映像が映る。

確かに居城入口に四名の人間が見えた。


「こざかしいわ。仕方ない、我も百年ぶりくらいに運動してみるかぁ」


ハーデスは「竜の叡智」と呼ばれる特殊技能があった。


これは転生を繰り返しながら、遥か古代生まれし時からのありとあらゆる知識をためておけるというものである。もはや何万年前からの知識があるのかハーデスでも不明だ。


しかも、この「竜の叡智」は使えば使うほど知識の引き出しがスムーズになる。


逆に言えば百年近くゴロゴロと寝続けていたハーデスはほとんど「竜の叡智」を使いこなせないと言ってもよかった。竜の叡智が使えないということは、竜の叡智をベースとした考察、推論などもできないということだ。いかに自分に絶対の自信があるとはいえ、一番信頼を寄せている右腕のアルフレッドまでもが迎撃に出たという事実、つまりは手駒のほとんどが居城から出撃させられている異常事態に危機感を覚えないということ自体、ハーデスの脳みそが回っていないという事の証明でもあった。


ハーデスは過去記憶している限りでは、人族を殺害したことは一度もない。もともと皇帝竜カイザードラゴンハーデスは生物界の頂点に位置する竜種の中でもその最上位に君臨している。


イタズラ好きで他の生物の世界を驚かすことはあっても、殺戮することはなかった。


大体において、世界に充満する「マナ」をエネルギー吸収できる竜種の中でも上位の存在は食事というものの必要がない。


だが、ハーデスとて聖人君子ではない。襲われればそれなりに対応する。

というか、それなり以上に対応する。たとえ命を取らなかったとしても。


「またフルボッコにして城から叩き出してやるかぁ。わっはっは」


すいぶんと呑気なセリフを吐くハーデスであった。

ただ、ハーデスは少々気にかかっていることがあった。百年前までもそうだ。


力比べでかかってくる連中がどうもいかついセリフを吐いてくる。


曰く、魔物の王め! 天誅を下す!


曰く、邪竜よ! 潔くこの聖剣の錆となるがよい!


曰く、悪しきドラゴンよ! 貴様を倒して世界に安寧を取り戻す!


・・・我、城でゴロゴロしてるだけで邪悪って(泣)


だいたい聖剣って錆びないだろうし。ゴロゴロしてる竜を倒しても世界に安寧は戻ってこない気がする。なぜだ?なぜ我はこれほど文句を言われねばならんのか?


やはりヒキコモリはなかなか認められないということか。


正直溜息しか出ない。


一体世間の見る目とはどうなっているのか?


ずいぶん昔は「竜薬」としていろいろな素材を求められたことあった。

面白可笑しい話を聞いて、その対価に鱗や涙を渡してやったこともある。

あまり興味はなかったが金銀財宝と我の爪のひとかけらを交換したこともあった。


どれも、それなりに皇帝竜カイザードラゴンハーデスを敬っての対応が基本であった。

それが、ここ数百年ほどで変わってきた。

明らかにハーデスに敵対して来ている。明確に殺意を持って人間どもがやって来ている。



「なぜだ?」



この竜王の城は比較的山奥にあり、その入り口は山のふもとにある大きな湖にかかる橋を渡るか、森の中を迂回してこなければならない。あまり立地条件の良い場所ではないだけに、場所欲しさというのもイマイチ理由としては弱い。


最もこの居城もハーデス自身で用意したものではない。


アルフレッド・トーラスが用意したものだった。


何でも「竜王様たるもの、野宿や洞窟暮らしではカッコがつきません!」ということらしい。


「それほど嫌われるような事をした覚えはないのだがな・・・」


それでもここ三百年は静かだった。


ちょうど三百年前、各地で暴れていた魔獣や死霊、魔族などのトップをまとめてシバキ回したことがあった。・・・うむ、些細なことだ。


その時、それぞれのトップを軍団の長として指名し、それぞれをまとめ上げてハーデスの下に付くという申し出を行ったものがいた。それが現在の死神の騎士アルフレッド・トーラスであった。各集団がそれぞれ小競り合いを起こすくらいなら、ハーデスの元、集まってお互いの存在を確認し、認め合い協定を結ぶ方が良いという提案に、それぞれのトップも反対しなかった。そこで各軍団を横並びに結成し、それぞれの軍団をまとめる軍団長を抜擢した。それが竜王軍六大軍団長であった。その軍団長の中でも軍団長をまとめるリーダとして、また竜王ハーデスの片腕としてアルフレッド・トーラスが対応することで合意した。この間ハーデスは特に一言も発していない。最終的に決まった際、「良きにはからえ」と伝えたきりだ。内心はボッチだった我にも一気にたくさんの部下が!と狂喜乱舞しそうだったのだが、威厳が大事と耐えたのであった。


「それにしても、誰もいないのか・・・寂しいではないか。というか、その勇者どもをフルボッコにする我の活躍を誰も見られないということではないか。大体にして我が相手をフルボッコにすると「ハーデス様!それ以上はやりすぎにございます!」とかいってアルが止めに来るのだ。それがいないとすると・・・」


ハーデスはニヤリとする。ドラゴン面で悪い笑顔を見せるのはかなり怖い。


「今宵の勇者たちはちと可哀そうな事になるのう・・・」


まるで悪代官のような笑みを浮かべ、ハーデスは笑った。

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