因果応報
俺が放った
やってしまった。
俺だって、抗おうとした。快楽に流されまいと努力した。でも、無理だった。
──抵抗したら、先輩のこと嫌いになります。
そんな亜美の一言で、簡単に俺の心は折れてしまった。
その後は簡単だった。俺に快楽を与えるためだけのねちっこい腰の動きを前に、俺は簡単に果ててしまった。
「……先輩の赤ちゃん、出来ちゃったかもしれませんね」
「……その時は、責任を取るよ」
思わず頭を抱える。今更あれこれ考えても後の祭りだが、そうせざるを得なかった。
「……」
沈黙を貫く亜美の様子を伺うと、彼女は無言で下腹部を撫でていた。その表情は決して明るいものとは言い難い。
「少しは冷静になれたか?」
「……はい」
「なら良かったよ」
「……その、先輩……ごめんなさい」
亜美はベッドの上で正座をして深々と頭を下げた。
その謝罪は、俺に行為を強要したことに対してか、それとも高校生である俺に父親になるリスクを背負わせたことか、はたまたそのどちらもか。
何にせよ、俺にも責任の一端がある。俺に亜美を責める権利は無い。
「謝らなくていい」
簡潔に、そう一言添えておく。
体がベトベトだ。お風呂でも貸してもらおうかと思案していると、背中に二つの山が押しつけられる感触を覚えた。
「……私に、失望しましたか?」
「そんなことないさ」
「……私のこと、見損ないましたか?」
「見損なってない」
「私のこと………嫌いになっちゃいました………か?」
亜美の声は、震えていた。
「そんなことないって。……でも、無理矢理は嫌だったな。こんなことが何度もあったら、いつかは嫌いになっちまうかもなー、なんて」
暗い雰囲気をなんとか変えるために、冗談めかしながらも諭してみる。その冗談の部分の何が面白いんだと言われたら何も言い返せないが、俺なりに努力をしたが故の結果である。
それに、亜美が行為中に俺に放った"先輩のことを嫌いになる"旨の発言への意趣返しの意味も含んでいるので、自分自身ではなんだか満足していた。
……のだが。
「……亜美?」
様子がおかしい。亜美の醸し出す雰囲気が明確に変化したのが分かった。思わず振り返って亜美の様子を確認する。
「……先輩が悪いんだ」
俯いた彼女の顔色は窺い知ることは出来ない。ただ、俺に言えることがあるとすればそれは一つ。
俺は確実に地雷を踏み抜いてしまった、ということだ。あのふざけた冗談は言うべきではなかった。
亜美が大きく息を吸ったと同時に、彼女の肩に力が入ったのが分かった。それは、正しく噴火の合図。
「先輩が悪いんだ!先輩はずっと私だけだったのに!他の人間に目もくれなかったのに!私だけを愛してくれたのに!」
「あんなに独占欲をむき出しにして私を支配しようとしていたのはなんだったんですか!散々私以外は何もいらない風に振る舞って!私も段々とそれに引っ張られて!心がどんどん先輩だけになっていって!」
「……」
「最後になんとか振り絞った
「私の気持ちを弄ぶのも大概にして!私だけを見て!私だけを愛してるって言って!他の女と仲良くしないで!嫌いになるだなんて言わないで!……今の私には先輩しかいないってこと、分かってよ!」
誰に対しても敬語を使い、清楚で優雅な亜美が、俺に対して思いを爆発させた。涙交じりで俺への暴走した愛を発露した。
そして、彼女の願いは正に、過去の俺が亜美に求めてきたこと、そのものだった。
亜美のターンは終わらない。彼女は今さっき取り乱したのが嘘のように、冷静さを取り戻した事を示すかのように、柔和な笑みをその端正な顔に張り付けた。
背中に、悪寒が走った。
「……分かってくれなきゃ、私、どうなってしまうか分からないです。……もしかしたらここで、先輩に見せつけるように腕に切り込みを入れてしまうかも」
自分の顔が、歪んだのが分かった。
いや、違うな。歪んだのは俺の顔だけじゃない。きっと彼女の心も、だ。
そしてきっと、それは俺がそうさせた。
まるで花を愛でるかのような柔らかい笑みを浮かべている今の彼女は、"歪み"という言葉からは到底かけ離れていると誰もが感じるだろうが、その目はどす黒い何かで燃えていた。
ならば、内心激情が暴れ回っているだろう彼女を収める義務を、俺は負わなければならない。
手は、ある。
「少し、ごめんな」
後方から回された亜美の手を優しく引き剥がす。亜美は一度抵抗して、離さぬと言わんばかりに俺を抱きしめてきたが、優しくあやすように手を握ってやると、そんな抵抗も簡単に弱まった。
ドアの前に置いておいたバッグからプレゼントを取り出す。
「亜美、受け取って欲しいものがある」
「……せん、ぱい?」
先程とは打って変わって、虚を突かれたように呆け顔を晒す亜美。彼女の顔に"何故、今?"と書いてあるようだった。
そりゃそうだ。誰だってこの状況で脈略もなく渡したいものがあると言われても、上手く事の整理が付かないだろう。
それでも、俺はここでこのカードを切る。
これを"亜美の気持ちを宥めるため"のような打算的な使い方をしたくはなかった。純粋に亜美に喜んでもらう為に渡したかった。けれど、それが出来ないのは自分自身の不甲斐なさ故。
プレゼント用にラッピングしてもらってはいたが、中身を直接渡したいが為に俺自身の手でラッピングを解いて包装を破る。
中から小さな箱を取り出す。
「言い訳にならないかもしれないけど、
箱の中身を開ける。亜美の反応を伺うと、中身を認知した瞬間、目を見開いたのが分かった。
「先輩……これ……!」
「指輪だな」
「……うそ」
亜美が驚いたように目を輝かせる。そんな彼女の反応が心地良かった。
「付けてみてくれないか?」
そんな彼女に装着を促す。
完全サプライズでのプレゼントの故に、当然指周りのサイズなど確認していない。その為、記憶の中の亜美の滑らかで可愛らしい指を想像して購入したのだが……どうだろうか。
亜美は指輪を恐る恐るつまんで、左手の薬指に通した。
「凄い……ぴったり……」
その輪っかは亜美の指に合わせて作られたのだと言われても違和感が働かないくらい、傍目から見ても完全にフィットしていた。
サイズがあまりにも合わない場合はサイズ直しをしに行くつもりだったが、それではきっとサプライズとしては締まらなかっただろうから、こうもしっかり合ってくれたのは僥倖だった。
「この指輪が示す言葉、分かるか?」
「……示す、言葉?」
俺の言葉に歯切れ悪く反応した亜美は、その後可愛らしく首を傾げてみせた。
指輪だなんて送られ慣れる品物ではない。一介の高校生ならば尚更。亜美が知らないなら無理もない。
「この指輪、よく見るとダイヤが埋め込まれてるだろ?」
「ほんとだ……」
「これをエタニティリングって言うらしい。それが示す意味は──」
──永遠の愛。
「ちょっと重いかもなって思ったんだけど、気持ちは大袈裟な方が相手に伝わりやすいかなって──」
言葉は続かなかった。声が出ないほどに、それこそ華奢な亜美が込めたとは到底思えないような力で、強く、締め付けるように体を抱きしめられたからだ。
今日は何度も亜美から抱きしめられているが、その意味合いが違うように思われた。先程までのは、まるで飼い主に無視をされた子犬がするような、縋るような抱擁。
けれど今は、まるでもうこれを離さない、自分の手から零れ落ちる事は許さないと言わんばかりの、独占欲を爆発させたような、そんな抱擁。
「もう、この幸せを手放したりなんかしない。この気持ちを燻らせはしない。……受け止めてくれますよね、先輩?」
それは、確かに亜美の透き通るような声だった。けれども、その響きは何処か体に絡みつくようで。
そこで俺は確信した。
あぁ、俺はしくじった。亜美の機嫌を直すために、彼女に愛の品物を贈るだなんて事は、間違っていたのだ。
彼女の愛執が、濃く、深くなっていくのが、言葉も無しに伝わった。
==========
あとがき
もうすぐ終わります。
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