側から見たら
大型商業施設の前。時刻は12時00分。集合時間になったがまだ2人の姿は見えないので、ベンチに移動して携帯に目を落とす。
誰からの連絡も無し。
遅刻の連絡を2人が俺に入れていないということは、もう既にここ近辺にいるのかもしれない。そう思って顔を上げると、今まさに俺に声を掛けようとしていたのだろう2人を視界に捉えた。
「よっ!」
「お待たせ!ごめんね、少し待ったよね」
「……いや、大丈夫」
2人がそれぞれ挨拶をしてくれて、俺もそれに応えるべく返事をするものの、小っ恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
その最たる原因が"服装"である。普段の集まりはいつも学校帰りに開かれているため、必然的に皆制服を着用している。その為、俺は今の今まで2人の私服というものを見たことがなかった。
だからこそ、面食らってしまった。
杏奈は黒を基調としたギャルコーデ。トップスは胸元がカットアウトされていて、ボトムスは丈が限りなく短いデニムショートパンツ。帽子から垂れる杏奈の艶やかな金髪が暗い色とマッチしていて非の打ち所がない。
対する美里は明るめの清楚コーデ。
淡い青色のブラウスに、丈の長い白のフレアスカートの組み合わせ。杏奈と違って露出が抑えられているが、ブラウスに付いたフリルや猫の髪留めなど、至る所に彼女の可愛らしさを強調させるワンポイントが仕組まれてあった。
「どう?可愛い?」
「……似合う、かな?」
杏奈はそんなことを聞きながら、俺の視線に合わせるように顔を動かしてきた。
俺が2人の服装をジロジロ見ていることはバレていたらしい。
「……2人とも似合ってる。信じられないほどに」
なんとかエッジを効いた褒め言葉を言おうと思ったが、亜美以外に女性経験のない俺が特段良い言い回しがすぐに浮かぶはずもなかったので、思った事をそのまま話すに留まった。
「よっしゃー!」
「えへへ、ありがとね」
杏奈は全力で喜びを表現するのに対し、美里は少し照れたように笑う。この対照的な表現の違いが少し面白かった。
「2人がこんなにレベルが高いと俺が肩身狭くなっちまうよ」
「確かに、聡太は"無難"って感じのファッションだね」
「うるせ」
「私は聡太くんのファッション、凄く似合ってると思うけどなぁ」
クスクスと笑いながら俺を遠慮なくイジる杏奈に対し、俺にすぐさまフォローを入れてくれる美里。その"いつも通り"が心地よかった。
=======
「よし、まずはポップコーン買っちまおうぜー」
「そうしよー!」
当たり前だと言わんばかりに迷いなく歩みを進める2人。状況が飲み込めず、思わず声をかける。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。……え、映画?」
2人に中の店を適当に見て回ろうかと提案しようとする俺の手を掴んで2人が連れてきたのは、この施設の中に付属する映画館。
休日だからか、多くの人で賑わっていた。
「買い物だけじゃ味気ないっしょ?」
「聡太くんとここにくるって決まってから、2人で映画とか行けたらいいなって話してたんだ。でも折角行くならサプライズでって話し合って……迷惑、だったかな」
「……いや、少し急でびっくりしただけで、実際めちゃめちゃ嬉しい」
申し訳なさそうに美里は俺と目を合わせてくる。身長差から必然的に向けられる上目遣いも伴って、しょんぼりした子犬のような様相を浮かべる美里に対して、何かを言うだなんてことは出来なかった。
それにそもそも今日は俺の買い物に2人は付き合ってくれているのである。俺に2人が脳死で着いてくる構図が一般的なはずなのに、2人は俺にサプライズをしようと能動的に動いてくれた。それだけで喜ばしく、感謝するべき事なのである。
「ちなみにチケットはもう取ってあるから安心しろー」
杏奈は不敵な笑みを浮かべてヒラヒラと3枚の、恐らくは映画のチケットだろう紙で顔を仰ぐ。
「何円だった?」
金額を聞きながら財布を出そうと手を動かしていたら、その手をガシッと掴まれる。
「最近落ち込んでる聡太に免じて今日の映画はウチらの奢り。……ちなみに、聡太が前に見たいって言ってたあのSFモノだよ?」
ウィンクを一つ落として俺にチケットを渡す杏奈。2人は、前に俺が今上映してるSF映画に興味があるとポロッと溢したことを覚えてくれていたのだ。
「本当に最高だよ、お前ら」
ここでお金を払う、払わないと一方通行になるのはきっと2人も面白くないと思うので、素直にその好意を受け取ることにした。
=====
「よっしゃあ!1000枚勝ち!」
「杏奈ちゃん、……私メダル無くなっちゃった」
「あーおっけおっけ。半分ぐらい持ってっていいよー」
「……いいの?」
「当たり前っしょ。親友なんだからな」
「……杏奈ちゃん!」
俺は2人の穢れを知らない美しい友情を傍目に写しつつ、じゃんけんを挑む。リターンが大きい上級に挑む為、メダルを20枚入れた。
じゃーんけーん──
機械からどの手を出すか迫られる。じゃんけんは機械相手ならば心理戦もクソもないので、結局は運である。適当にグーのボタンを押すと、少し遅れて画面の敵がパーを出す。つまるところ、負け。これで5回連続敗北。
あいこを挟まずストレートで5回連続負ける確率は3分の1の5乗で243分の1。このじゃんけんを司る確率が同様に確からしければ、俺は酷く運の悪い男ということになるのだろう。
なんだろう、少し萎えてしまった。集中が切れたと同時に顔を上げて周りを見渡すと、射的ゲームに興じている2人の姿がもう一度視界に入ってきた。
映画を鑑賞した後にフードコートで遅めの昼食を食べた後、ボチボチプレゼント選びをするために館内を回っている最中に通りがかったゲーセンのメダルゲーム広場。
何気なく話題になった際、美里が一度もメダルゲームで遊んだことがないというので、少し嗜んでみようという流れになった。
初めての体験であろう美里はともかく、"高校生にもなってメダルゲームをやるハメになるなんて"とか自分の精神年齢には合わないと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた杏奈まで、しっかりハマっているみたいだ。
勿論、俺の買い物に付き合っているだけじゃきっと2人もつまらないと思うので、全く構わないのだが──
「中々終わらなそうだな」
杏奈の手元に視線を向けると山盛りのメダルが入った容器が3つ。彼女が持ち前の豪運でメダルを増やしに増やしまくった結果の表れである。
きっとメダルを増やすつもりなく適当に使ったとしても長く遊べるだろう。
それに、映画、遅めの食事、少しの店回りにゲーセンと時間を使っていたら、既に時刻は17時15分前。美里が家族に夕飯は自宅で食べると言ってここに来たらしく、18時30分には解散したいと先ほど言っていたのでなんだかんだ時間もない。
「……今のうちに自分で決めちまうか」
彼女達にメダルゲームを中断してもらって俺の買い物に付き合ってもらうのも一つの手だと思うが、考え直す。
きっと2人も顔も分からない俺の恋人へ向けたプレゼントを決めるより、こうしてメダルゲームに興じていた方が楽しいだろう。
……それに、2人に今日のお礼を用意するなら、1人で行動した方が都合がいい。
俺はコッソリゲーセンから抜け出す。もし我に帰った2人から連絡があったら、その時に弁明すればいいよな。
=====
「ちょっと!なんでウチらのこと置いてって、しかも勝手にプレゼント決めちゃうの!プレゼント選ぶの楽しみにしてたのに!」
「……言ってくれたらすぐにやめてついて行ったんだよ?」
──と、軽く考えていた時期も俺にはあった。
「ごめん。確かによく考えたらちゃんと伝えるべきだった」
君達があまりにも熱中していたから、声をかけれなかったと言おうか迷ったが、まるで2人に責任転嫁しているように聞こえてしまう為、やめておいた。
それに俺は、"2人は俺のプレゼント選びに付き合うという行為を面倒に感じている"と勝手に解釈していたが、2人がそれを一種のイベントとして捉えてくれているという可能性を考えていなかった。
相手の気持ちを察したつもりになって、勝手に行動して失敗する。……ほんと、こういう所だよなぁ、俺って。
「……もう、時間も時間だし帰ろっか」
美里に言われて改めて時間を確認すると、時刻は18時前。確かに解散してもおかしくない時間だが、予定していたより少し早い。
「そーしよそーしよ。もう予定も無くなっちゃった訳だし」
杏奈はあからさまにご立腹だ。それを示すように少し投げやりに美里に同調する。
「……分かった」
2人に従うしかない。心に暗雲が刺すような感覚に襲われながらも、2人の後をついて行く。
周りの騒がしさが唯一の救い。それが無くなれば俺たちの間に広がるのは沈黙。
気づけば、施設に程近い駅に着いていた。
「じゃあウチら、こっちだから」
「じゃあね、聡太くん」
俺の帰路とは反対方向のホームに2人は向かおうと歩みを進める。
……ダメだ、このままじゃ終われない。日和ってんじゃねぇ。渡すものがあんだろ、俺。
「待ってくれ!」
今日イチデカい声が腹から出た。
2人が驚いたように足を止めてくれたのを確認して、俺は袋の中に頭を覗き込む。中に入っていた3つの包装されたプレゼントの中から2つを取り出す。残りの1つと買ったお店が異なったため、包装の柄の違いですぐに識別することができた。
「……その、さっきの謝罪って訳じゃないんだが……えっと……実は2人にも、買っていたものがある」
意を決して俺は2人にプレゼントを渡す。2人は何事かと言った様子で少しの間フリーズしていたが、それが自分達へ向けたものと分かると、探るように手を使って形を把握していた。
「……開けていい?」
「……おう」
杏奈と美里は結ばれたリボンを引っ張った後、ゆっくりと包装を解いてゆく。
「……ネックレス?」
「しかもお揃い……いや、ちょっと形が違う」
俺が買ったのはパズルのピースのネックレス。
安物だが、ちゃんと凹凸は対応している。
「俺自身の分も買ってあるから、3人お揃いだ」
「「……お揃い」」
「2人には本当に感謝してもしきれないし、これからもずっと友達でいたいと思ってるからさ、あんま高いものじゃないけど、その証にと思って。……嫌だったらごめん」
2人はネックレスをまじまじ見つめていた目をほぼ同時に俺へと向けてきた。
「聡太さ」
杏奈がゆっくりと口を開く。
「な、なんだ?」
「あんま、こういうことしない方がいいよ」
杏奈が俺に顔をグイッと近づける。
「3人でおそろじゃなかったら、君に彼女がいるって知らなかったら……勘違いしてるから」
「……そう、だよ?」
ぴょこんと後ろから美里が顔を出す。2人は照れたように俺に笑顔を溢した。
2人が嬉しそうにしてくれていることが、俺にとっても嬉しくて。
あくまで仮の話だが。
誰かが俺達に向かってシャッターを切っていたとしても、俺は気づくことが出来なかっただろう。
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