支え


「要は聡太は元激重彼氏で、彼女さんを強く束縛していたら相手が耐えきれなくなって拒絶されて、そのことについて謝罪したけどまだ許されていないらしく、無視されたって感じ?」


「まとめるの上手いな。まあ、簡単に言えばそういうことだ。……ほら、肉焼けたぞ」


某焼肉店。焼けた肉を杏奈の取り皿に持っていきつつ助言を乞う。


「さんきゅ。てか2人席ってのもテンポ良く肉焼けてヤバくね?ウチのファインプレーっしょ」


「確かに大人数席みたいにわちゃわちゃすることは無くなるな」


いつもの集まりからの流れで予約もせずに大人数で来てしまったため、焼肉屋の席の容量的に2人溢れてしまう構図になってしまった。そこで杏奈が"聡太と2人席に座るから"と言い張って俺達だけみんなとは別に、焼肉店としては珍しい2人席に座る事になったのだ。


「てか聡太がヤンデレ気質だってのがウチには1番ウケるんだけど!」


「……悪いかよ」


手を叩いて大爆笑する杏奈。特段怒るとまではいかないが、ほんの少し嫌だ。


「別に悪いなんて言ってないじゃん!ちょっと意外だっただけ」


「そーかい」


焦げそうになっている肉を取って食らう。噛んだ途端に口の中に油が広がり俺の舌を喜ばせる。


「これからどうするかなぁ」


「ぶっちゃけ謝罪しかできることないし、その謝罪も受け入れてもらえなかったなら、やっぱ彼女の機嫌が直るまでもうちょっと距離取るしかないんじゃね?」


「まあ、だよなぁ」


異論の余地無しである。他に何かすると言っても何も思い浮かばない。菓子折りを持って行ったり、許してもらえるまで粘着したりするのも違う。


もしかしたら、亜美が不満を爆発させたあの日の翌日ぐらいにすぐさま謝りに行けば何か変わったのだろうか。とりあえず距離を置くだなんて選択をせずに、誠心誠意謝りに行くのが正解だったのではないか。


言っても仕方がないが、そんな事を思ってしまう。


どのみち今は、待つことが最善なのだろう。


「……辛いなぁ」


机の上に据えた自分の腕に顔を埋める。どうにもならない現状が苦しかった。


「よしよーし」


頭頂部から伝わる温かな手の感触。思わず顔を上げると美里がテーブルの横に立っていた。


「来ちゃった」


「さっきからドリンクバーの近くで様子伺ってたもんねー」


「えへへ、杏奈ちゃんにはバレてたか。……あっ、もっと頭撫でてほしい?」


「…‥恥ずかしいし、亜美に悪いからいい」


正直、悪くはなかったけれども亜美がこれを知ったらきっと悲しむだろうから、やめておく。






……本当に、悲しんでくれるだろうか。


もしかしたら、もう俺に嫉妬すらしないぐらいにはほとほと愛想を尽かしているのではないか。


俺の謝罪に一言も反応しない、冷めた目をした亜美を思い出す。あながち、間違っていないのかもしれない。


ダメだ、思考がどんどんネガティブな方に傾いていく。


「聡太くん」


美里に呼びかけられて思考が中断される。美里の方を向くと、彼女は母性を感じさせるような優しい目で俺を見ていた。


「もし彼女さんと上手くいかなくても、私たちがいるからね」


「そうだぞ!もしフラれてもウチらが慰めてやっから!」


「……ありがとう」


ただただ、2人が心強かった。


===


「───んで慰めてから2週間が経過して、未だに進展しないってワケね」


「2週間なにもないのは辛いよね……」


焼肉屋に集まってから2週間。こうしてまた杏奈と美里に相談に乗ってもらっているのは、結局亜美からなんの音沙汰も無く、俺から距離を取る事が耐えられそうになかったからである。


「……そういうことになるな」


「彼女さん冷え冷えじゃんねぇ。これもう別れる流れなんじゃねぇのー?」


「杏奈ちゃん、そんなこと言わないの」


杏奈の頭をコツンと叩いて諌める美里。杏奈が俺に失礼を言ったと感じたらしい。


でも、正直──


「事実じゃん!2週間連絡取らないなんてどんなに大きな喧嘩でも珍しいっしょ」


「……まあ、そうだよな」


2週間。


亜美が俺の教室に来たあの一回を抜いてしまえば1ヶ月。長い、長すぎる。


「マジで、どうすればいいんだ」


俺が頭を抱えていると、2人は真剣に考え込んでくれる。少しの間が空いた後、杏奈は再び俺の目に焦点を合わせた。


「もうさ、マジで?」


「ち、ちょっと、杏奈ちゃん」


「一回美里は黙ってて」


「むぅ……分かった」


杏奈は美里を一旦手中に収めて会話の対象を俺に設定する。真剣な目つきだ。


「確かこの空白の期間の前にも距離置いてたんしょ?」


「それも2週間」


杏奈はなるほどね、と一言漏らして続ける。


「正直、そこまで長く物理的な期間が空いてるってことは、心の距離も開いてる可能性は大いにあるっしょ。相手の女の子は誰かをフったりするのが得意じゃなくて自然消滅を狙ってる、みたいな可能性もあるよね」


「考えたくないけど、あるかもしれない」


「だからこっちから関係を清算するのもありなのかなってウチは思ったんよ。……まあ、少なくとも前回の接触から2週間経って何もないんじゃ、こっちから動くしかないよね。もう距離を置くフェーズじゃないのは火を見るより明らかってやつ」


「なるほどな」


このまま亜美の事を受動的に待っていてもきっと何も始まらない。"亜美のため"という免罪符を使って亜美と向き合う事を避けるのはもうやめにしないといけない。


「えーっと、もう私も喋っていいよね」


先ほど杏奈に口を閉ざされたからだろう、美里は恐る恐ると言ったように挙手をする。


杏奈と俺が美里に視線を送ると、彼女は話し始めた。


「杏奈ちゃんの言ってる事は確かにありえそうだけど、やっぱり推測の域を出ないと思うんだ。だから安易に結論を急ぐよりしっかり彼女さんと話し合ったほうがいいと思うな」


「……確かに。話し合えたらそれに越したこと無いよな。ウチ、それが頭から抜けてたわ」


美里の意見に杏奈も同調する。確かにここで俺らが談合したところで、亜美の真意は分からない。それを知るためには、結局のところ亜美自身から聞き出すしかない。


「そうだな。話し合わないことにはなにも解決しない。……連絡でも入れてみる」


善は急げだ。スマホを取り出して早速メッセージを送ろうとするも、白い手がそれを妨害する。


「……何故なにゆえ?」


美里の意図を探ろうと彼女に視線を向けると、彼女は自信満々と言わんばかりにニカっと笑ってみせた。


「やっぱり彼女さんに一回拒絶されたのは事実としてある訳だよね?だからさ、彼女さんのご機嫌をちゃんと取るのも大事だと思うんだ」


「……というのも?」


「プレゼントだよ!お詫びの品ーみたいに仰々しく渡すんじゃなくて、仲直りの印として何か彼女に渡せたら効果的だと思う!だからプレゼントするものを決めるまで連絡しないか、連絡するとしても会う予定は少し遅らせて!」


プレゼントか。確かに俺の亜美に歩み寄ろうとする姿勢をモノとして具現化するのも立派な一つの手段である。


「アリ。まあ購入は通販でいいんじゃね?」


「杏奈ちゃんダメだよ!彼女さんがそんなこと知ったら悲しむよ!」


「……バレなきゃよくね?」


「ダーメー!」


どうやら美里はこういう類のプレゼントを通販で済ませるのは反対らしい。俺はどちらかというと杏奈側だが、まあ言ってることは分かる。


「意外と美里ってめんどくさいのな。こんなに一緒にいるのに気付かなかったわ」


「うるさーい!……とにかく、聡太君は彼女のためにしっかりお店に足を運んで、ラッピングしてもらって、その上で渡そうね?」


通販で頼むよりかは面倒ではあるが、確かに店舗で購入すればラッピングサービスを利用できるというメリットもある。今回は実際に足を運んで買ってみようと決意する。


のだが。


「おう。……だけど、どんなもん渡せばいいか分かんねぇ」


恥ずかしい話、今までも亜美にプレゼントを渡したことは何度もあるが、ふと思い返せばセンスがないなと感じるものばかり。実際俺がプレゼントしたものを亜美が使っている所を見た事がない。それに加えて今回の状況である。ここでふざけたものを渡したらそれこそシャレにならない。


「じゃあ私と杏奈と一緒に買いに行こうよ!」


俺の言葉を聞いた美里がそんな提案をしてくる。


「えっ!?ウチも?」


「当たり前じゃん!」


「……まぁ、乗りかかった船だからな」


どうやら2人とも乗り気らしい。


「……2人共、いいのか?」


「勿論だよ!」


「おう!最後まで付き合ってやらぁ!」


知り合って数週間の男の、しかも男が彼女に渡すプレゼントを見繕う為の買い物に、2人は同行してくれるらしい。


俺はどれだけ良い友達を持ったのかよく理解できた。


===

あとがき


遂に書き溜めが無くなってしまいました。次のお話を投稿するまで少しお時間を頂くかもしれません。何卒よろしくお願いします。


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